- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- タイ、選挙戦の火ぶたが切られるなか、中銀は漸進的な引き締めを維持
- Asia Trends
-
2023.03.29
アジア経済
新型コロナ(経済)
アジア金融政策
タイ経済
為替
タイ、選挙戦の火ぶたが切られるなか、中銀は漸進的な引き締めを維持
~総選挙の行方は見通しが立たないなか、中銀はインフレ長期化を警戒も利上げ局面の休止に含み~
西濵 徹
- 要旨
-
- タイでは、プラユット首相が議会下院の解散を決定し、5月14日の次期総選挙実施が発表されるなど選挙戦の火ぶたが切られた。親軍政党は事実上の分裂選挙となる一方、「タクシン派」は9年ぶりの政権奪還を目指している。現状はタクシン派が優位に選挙戦を展開しているが、タクシン派と親軍4党の支持率は拮抗するなど総選挙の行方は混とんとしている。仮に政権交代となればタクシン元首相が年内の帰国の意向をみせるが、帰国後に恩赦となれば政治対立が再燃する懸念もあり、政局争いが激化する可能性はくすぶる。
- 同国経済はコロナ禍からの回復の動きをみせたが、昨年末にかけては再び頭打ちした。ただし、中国によるゼロコロナ終了は外需の追い風になるとともに、対外収支の改善を促すことが期待される。商品高は同国においてもインフレを招いており、バーツ安や景気回復の動きもインフレを上振れしたため、中銀は昨年8月以降断続利上げに動いた。足下のインフレ率が鈍化している上、バーツ相場にも底堅さがうかがえるが、中銀は29日の定例会合で5会合連続の利上げを決定した。中銀は需要圧力によるインフレ長期化を警戒する一方、先行きは利上げ局面の休止に含みを持たせる考えをみせた。ただし、今後の政策運営は外部環境に加え、選挙結果などにも左右される可能性があり、これまで以上に難しい対応を迫られることも考えられる。
タイでは、今月20日にプラユット首相が議会下院(人民代表院)の解散を決定したほか、翌21日に選挙管理委員会が次期総選挙を5月14日に実施することを発表したことで、選挙戦の火ぶたが切られた。2019年の前回総選挙では、2014年の軍事クーデターを経て誕生したプラユット暫定政権を支持する親軍政党(国民国家の力)が第2党となり、少数政党との連立形成を経てその後の議会上下院での首相指名選を経てプラユット政権が正式に発足した。しかし、今回の総選挙で国民国家の力は党首のプラウィット副首相を首班候補に立てて選挙戦に挑んでおり、一方のプラユット氏は自身の支持派が結党した新党(タイ団結国家建設党)の首班候補として首相続投を狙うなど、親軍政党による『分裂選挙』となっている。他方、ここ数年のタイ政界では『タクシン派』と『反タクシン派(親軍政党)』による対立構図がみられるなか、いわゆる『タクシン派』の最大野党・タイ貢献党はタクシン元首相の次女であるペートンタン氏を首班候補に据えて9年ぶりの政権奪還を目指す姿勢をみせる。また、前回の総選挙で大躍進した『第3極』をうかがう新未来党は、その後にタナトーン党首の議員資格はく奪に加え、解党命令を受けたため、後継政党となる前進党がタナトーン氏の盟友であるピタ氏を首班候補に据えて選挙戦を戦っている。なお、直近の世論調査では、タイ貢献党が単独政党として最も高い支持率を得るなど有利に選挙戦を展開しているものの、国民国家の力やタイ団結国家建設党など親軍派4党を併せた支持率と拮抗する展開が続いており、選挙後にプラユット氏による首相続投ないし、親軍派政権が継続するか政権交代となるかは予断を許さない状況にある。また、世論調査では次期首相にふさわしい人物についても調査が行われているが、こちらはペートンタン氏が圧倒的な1位となる一方、現職のプラユット氏は大きく水をあけられるなど同氏への直接的な人気は極めて乏しいのが実情である。とはいえ、最終的に次期首相は議会下院の選挙結果に加え、その後に任命される上院議員を併せた投票を経て選出されるが、上院議員は大宗を親軍派が占めると予想され、政権交代の実現にはタイ貢献党が圧倒的勝利を収めることが前提となる。しかし、上述のように支持率が親軍4党と拮抗している状況はそうした可能性が必ずしも高くないことを意味する。2006年のクーデターにより政権を追われるとともに、その後は首相在任中の汚職容疑で有罪判決を受けるも国外での逃亡生活を続けるタクシン元首相は、マスコミへの取材で次期総選挙でのタイ貢献党の勝利、ペートンタン氏の次期首相就任を念頭に年内にも帰国する意向を示している模様である。しかし、その動静については依然不透明な上、仮にタクシン氏が帰国して服役した後に次期政権の下で恩赦を受ければ、再びタクシン派と反タクシン派の対立構図に火が点くことも予想されるなど、総選挙後のタイ政界は混乱する可能性にも留意する必要がある。
一方、昨年の同国の経済成長率は+2.6%と前年(+1.6%)と伸びが加速するなど、コロナ禍で疲弊した経済の底入れが進んでいるようにみえる。事実、感染一服を受けた経済活動の正常化や国境再開に加え、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復の動きが景気の追い風となる動きがみられるなど、内・外需双方で景気の底入れを促す動きが確認された。しかし、同国はASEAN(東南アジア諸国連合)内でも経済の輸出依存度が相対的に高い上、財、サービスの両面で中国経済への依存度が高い特徴を有するなか、昨年末にかけては中国による突如のゼロコロナ戦略の変更とそれに伴う景気減速の影響を大きく受ける格好となった。結果、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲5.90%と5四半期ぶりのマイナス成長に転じるとともに、実質GDPの水準もコロナ禍直前を再び下回るなど、足下の実体経済は完全に『ふりだし』に戻った格好である(注1)。ただし、昨年末以降の中国によるゼロコロナ終了、年明け以降の国境再開による人の往来自由化は、上述のように財・サービス両面で中国への依存度が高い同国経済にとって追い風となることが期待される。さらに、ここ数年はコロナ禍による外国人観光客数の下振れを受けて赤字基調が続いた経常収支は昨年末にかけて丸3年ぶりの黒字に転じるなど対外収支は改善しており、中国によるゼロコロナ終了により一段と改善すると見込まれる。昨年来の商品高を受けた世界的なインフレは同国においても食料品やエネルギーなどを中心とするインフレを招いており、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨バーツ安に伴う輸入インフレに加え、経済活動の正常化も重なりインフレは上振れしてきた。よって、中銀は物価や為替の安定を目的に昨年8月に約4年ぶりの利上げ実施に舵を切るとともに、その後も断続的な利上げに動いてきた。なお、昨年末にかけては米ドル高の動きに一服感が出てバーツ相場は底入れして輸入インフレ圧力が後退したことに加え、原油などの国際価格が頭打ちの動きを強めていることを反映してインフレ率は頭打ちの動きを強めている。さらに、年明け以降は米ドル高の再燃を受けて頭打ちに転じたバーツ相場は対外収支の改善期待を追い風に底堅い動きをみせており、幾分インフレ懸念は後退している様子がうかがえる。こうした状況ながら、足下のインフレ率は依然として中銀の定める目標上限を上回る推移が続いており、中銀は29日の定例会合において5会合連続で25bpの利上げにより政策金利を1.75%とする決定を行っている。会合後に公表した声明文では、今回の決定も全会一致の上、即日実施することが示された。その上で、同国経済について「観光関連や家計消費がけん引役となるなか、年後半には輸出も拡大する」としつつ、「世界経済を巡る不透明感が高まっている」として「景気と物価動向を勘案して緩やかな金融政策の正常化を進めることが適切」との認識を示した。その上で、今年及び来年の経済成長率について「今年は+3.6%、来年は+3.8%」と昨年11月時点(今年は+3.7%、来年が+3.9%)からわずかに下方修正する一方、物価見通しについては「年半ばに目標域に回復する」として「今年は+2.9%、来年は+2.4%」と昨年11月時点(今年は+3.0%、来年は+2.1%)から今年について下方修正している。ただし、物価動向について「需要圧力による上振れリスクがある」とした上で「高インフレの持続がリスクとして残り得る」との認識を示した上で、バーツ相場についても「米FRBの政策運営や国際金融市場におけるボラティリティの拡大による影響を注視する」との考えを示した。先行きの政策運営については「景気や物価動向が現時点における評価と変化した場合、正常化の規模やタイミングを調整する用意がある」として、昨年8月以降の利上げ局面の停止に含みを持たせた格好である。よって、今後の中銀はこれまで以上に外部環境に注意を払った政策運営を迫られると予想される一方、総選挙後に行われる次回会合以降は選挙結果の動向も影響すると見込まれるなど、難しい対応を求められることになろう。



注1 2月17日付レポート「タイ、政治は政局モードの背後で実体経済は「逆戻り」の様相」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
オーストラリア、4月インフレ率は鈍化も、根強いインフレ圧力を確認(Asia Weekly) ~韓国や台湾の4月の半導体生産は堅調な動きが続いている~
アジア経済
西濵 徹
-
南ア中銀、インフレ顕在化で3年ぶりの利上げに舵 ~実体経済に不透明要因山積も、ランド相場は引き続き金相場がカギを握る展開が続く~
新興国経済
西濵 徹
-
韓国中銀は利上げシフトを鮮明に、申総裁はやはり「タカ」だった ~政策委員は引き締め方向で一致、総裁は「借金投資」への警戒感もにじませる~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認 ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認
アジア経済
西濵 徹
-
インド政府、「Z世代」の支持を集めるSNSへの警戒を強める ~不満を募らせる「ゴキブリ」を若年層が支持、政治的な動きに発展するかが注目される~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
オーストラリア、4月インフレ率は鈍化も、根強いインフレ圧力を確認(Asia Weekly) ~韓国や台湾の4月の半導体生産は堅調な動きが続いている~
アジア経済
西濵 徹
-
韓国中銀は利上げシフトを鮮明に、申総裁はやはり「タカ」だった ~政策委員は引き締め方向で一致、総裁は「借金投資」への警戒感もにじませる~
アジア経済
西濵 徹
-
ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認 ニュージーランド中銀は僅差で金利据え置きも「タカ派」傾斜を確認
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシア・プラボウォ政権、サイバー空間の「予測」に敏感に反応 ~同国では賭博は違法だが、「言論の萎縮」が一段と進む可能性も~
アジア経済
西濵 徹
-
フィリピン中銀のレモロナ総裁、緊急利上げの可能性に言及 ~ペソ安圧力へのけん制か、日本が主導する「パワーアジア」の取り組み加速は重要に~
アジア経済
西濵 徹

