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- 英国の財政再建への曖昧な道筋
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- 財政運営の信頼回復を目指す英国のスーナク政権は17日、2027-28年度までに550億ポンドの財政再建策を盛り込んだ秋季予算を発表した。所得税の最高税率の適用対象拡大やエネルギー企業への課税強化などの増税措置で250億ポンド、各種の歳出削減措置で300億ポンドを捻出する。金融市場は今のところ新政権の財政方針転換を好意的に受け止めているが、中期的な財政再建の行方には不透明感も漂う。秋季予算の前提となる予算責任局の経済・財政見通しでは、財政緊縮が本格化する2025年以降に成長率の加速を見込んでおり、その実現は疑わしい。また、財政再建策の多くは総選挙後の開始を予定しており、計画通りに財政緊縮措置が行われるかも不透明だ。
トラス前政権による財政規律を度外視した大型減税とエネルギー料金の凍結が金融市場の激しい動揺を招いた英国では17日、スーナク政権でも財政再建を託されたハント財務相が、2027-28年度までに年550億ポンド相当の財政再建策を盛り込んだ秋季予算を発表した。5年後の2027-28年度までに、公的部門の純借り入れ(財政赤字に相当)を対GDP比率で3%未満に圧縮するとともに、公的債務残高の対GDP比率が低下経路を辿ることを新たな財政規律に掲げ、今回の秋季予算の想定では前倒しでの達成を目指す(図表1)。

総額550億ポンドの財政再建策のうち、250億ポンドが増税を通じて、300億ポンドが歳出削減を通じての実現を見込む。主な税制変更策としては、トラス前政権の減税策の大半を撤回したうえで、①2023年4月から所得税の最高税率(45%)が適用される所得区分を15万ポンド以上から12万5140ポンド以上に引き下げ、約600万世帯を最高税率の課税対象に加える、②2023年1月から2028年3月までの時限措置として、資源高で高収益を上げるエネルギー企業の利益に対して適用される税率を25%から35%に引き上げる、③2025年4月から電気自動車に対する物品税を導入する、④株式の配当や譲渡益への課税を強化するなど。これにより、税収の対GDP比率は第二次世界大戦時以来の高水準に達することが見込まれる(図表2)。

歳出削減策の多くは2025年1月までに実施予定の総選挙後に先送りされ、目先は生活費高騰に苦しむ家計への財政支援を強化する。10月からの半年間、一般的な世帯で年2500ポンドで凍結されることが決まっているエネルギー料金は、来年4月からの1年間は年3000ポンドに引き上げたうえで凍結される。エネルギーの調達価格と販売価格との差額は財政で補填する。また、年金生活者や障害者への付加給付、年金給付のトリプルロック(年金給付の積算時に、インフレ率、賃金上昇率、2.5%のうち最も高い伸び率を用いる)などは維持される。
秋季予算の前提となる予算責任局(OBR)の経済・財政見通しによれば、英国の実質GDP成長率は2023年に▲1.4%に落ち込んだ後、2024年に+1.3%とプラス成長に復帰、2025年に+2.6%、2026年に+2.7%と成長加速を見込んでいる(図表3)。この間、消費者物価は2022年に+9.1%に上昇率が加速、2023年に+7.4%と高止まりした後、エネルギーや食料品価格が下落に転じることを背景に、2024年に+0.6%、2025年に▲0.8%、2026年に+0.2%と沈静化を見込んでいる。2025年以降の財政緊縮措置の強化にもかかわらず、成長率の加速を見込むのは、物価沈静化による実質購買力の改善で、家計消費や企業投資の回復が後押しされることが背景にある。

このようにスーナク政権は、トラス前政権の失敗に倣い、中期的な財政再建へのコミットメントを示すと同時に、目先の財政緊縮の程度を抑制し、景気の一段の落ち込みによる財政悪化や保守党の支持率低迷に歯止めを掛けようとしている。金融市場は新政権の財政方針転換をひとまず好意的に受け止めているが、中期的な財政再建の行方には不透明感も漂う。第1に、秋季予算の前提となるOBRの見通しは、財政緊縮が本格化する2025年以降に成長率の加速を見込んでいる。これは11月3日にイングランド銀行(BOE)が発表した最新の金融政策レポートの見通しと比べてかなり楽観的だ。第2に、財政再建策の多くは総選挙後の開始を予定しており、計画通りに財政緊縮措置が行われる可能性は低い。景気の想定が崩れた場合、支持率回復と政権維持を目指す保守党が、さらに厳しい財政緊縮措置を公約に掲げることは難しい。野党・労働党が政権を奪取した場合、政策の継続性が担保されないばかりか、過去の経済政策を考えれば、保守党政権と比べて拡張的な財政運営に傾く可能性が高い。
田中 理
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