タイ経済は未だコロナ禍を脱せず、観光業以外に明るい材料は乏しい

~4-6月は前期比年率+2.73%とプラス成長続くも、依然コロナ禍前を▲1.1%程度下回る水準に留まる~

西濵 徹

要旨
  • タイ経済は商品高による物価上昇に加え、国際金融市場を巡る環境変化を受けたバーツ安がインフレ昂進を招く懸念が高まっている。4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.73%と3四半期連続のプラス成長となるも、実質GDPの水準は依然コロナ禍前を下回るなど回復途上の状況が続く。感染一服による国境封鎖解除を受けて外国人観光客は拡大する一方、中国のゼロ・コロナ戦略への拘泥などは財輸出の足かせとなる状況が続く。行動制限の解除によるペントアップ・ディマンド発現は家計消費を押し上げる一方、内・外需を巡る不透明感は企業部門の設備投資の重石となっている。先行きは物価高と金利高の共存が内需の足かせとなり得る上、欧米など主要国の景気減速懸念も外需の重石となり得る。先行きも外国人観光客の増加は観光業の追い風となると期待されるが、内・外需双方で不透明感がくすぶる展開が予想される。

足下のタイ経済を巡っては、欧米など主要国を中心とするコロナ禍からの回復に加え、ウクライナ情勢の悪化を受けた幅広い国際商品市況の上振れを受け、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレに直面している。さらに、商品高に伴う世界的なインフレを受けて、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派傾斜を強めるなか、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国に資金流出が集中する動きがみられるなか、コロナ禍を受けた外国人観光客の低迷に商品高が重なり、タイでは経常収支が赤字基調を強めている。結果、通貨バーツ相場は先月末に一時16年強ぶりの安値を付けるなど資金流出に直面した。なお、資金流出が強まった背景には、同国経済がASEAN(東南アジア諸国連合)内でも観光関連などサービス業への依存度が相対的に高く、結果的にコロナ禍からの景気回復が周辺国に比べて遅れており、インフレが顕在化しているにも拘らず政府が中銀に対して低金利政策を維持すべく『けん制』を掛けたことも影響したと考えられる(注1)。こうした政府の取り組みにも拘らず、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.73%と3四半期連続のプラス成長で推移するも前期(同+4.97%)から拡大ペースは鈍化しており、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+2.5%と前期(同+2.3%)からわずかな加速に留まっている。実質GDPの水準もコロナ禍の影響が及ぶ直前の2019年末時点と比較して▲1.1%下回ると試算されるなど、タイ経済は引き続きコロナ禍の影響を克服出来ていないと捉えられる。国境封鎖の解除に伴い外国人観光客数は底入れの動きを強めたことでサービス輸出は大きく加速している一方、中国の『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥はサプライチェーンの混乱を通じた財輸出の足かせとなっているほか、中国人観光客の回復の遅れに繋がっている。また、年明け直後は変異株による感染再拡大の影響が懸念されたものの、3月末を境に感染動向は改善に転じるとともに、行動制限の緩和が進んでいることも追い風にしたペントアップ・ディマンドの発現も重なり、家計消費は大きく拡大して景気を下支えしている。一方、家計消費の堅調さとは対照的に固定資本投資は早くも下振れしており、国際商品市況の上振れなどが重石となる形で公共投資の進捗が遅れていることに加え、企業部門による設備投資意欲の伸び悩みも足かせになっているとみられる。分野別では、家計消費の堅調さや外国人観光客の拡大の動きなどを反映してサービス業の生産が拡大しているほか、農林漁業関連の生産も堅調な動きをみせる一方、製造業や鉱業の生産は弱含む推移が続くなど足下の景気回復は本調子にほど遠い状況にあると判断出来る。さらに、製造業における生産鈍化にも拘らず、4-6月は在庫投資による実質GDPの押し上げ幅が前期比年率ベースで+3.59ptと成長率を上回る水準と試算されるなど在庫の積み上がりが懸念される。よって、先行きについては在庫調整の動きが景気の足を引っ張る可能性に注意が必要である。また、中銀は10日の定例会合で3年強ぶりとなる利上げを決定しており(注2)、先行きもインフレは高止まりが見込まれるなど一段の金融引き締めも予想される。同国は家計債務がアジア太平洋地域でも突出しており、金利上昇は家計消費に悪影響を与えやすい一方、小幅な金融引き締めに留まればバーツ相場の重石となることで輸入物価を通じたさらなるインフレ昂進も懸念される。先行きの景気を巡っては、外国人観光客の拡大による観光業の回復期待はある一方、中国のゼロ・コロナ戦略への拘泥も続くなか、欧米など主要国景気を巡る不透明感の高まりも外需の足かせとなり得るなど、内・外需双方に不透明感がくすぶる展開が続くと予想される。

図 1 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 1 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

図 2 外国人観光客数の推移
図 2 外国人観光客数の推移

図 3 民間消費動向の推移
図 3 民間消費動向の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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