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猛暑が欧州のエネルギー危機に拍車

~ロシアばかりではない、欧州のエネルギー供給の不安材料~

田中 理

要旨
  • ロシアがガス供給を絞る欧州では、それ以外にもエネルギー供給の不安材料が目白押しだ。日照りが続くドイツではライン川の水位が低下し、ロシア産化石燃料の代替エネルギー源である石炭の水上輸送が困難な水準に近づいている。水力発電の余剰電力を英国やドイツなどに輸出するノルウェーでは、ダムの貯水量が低下し、輸出向け発電量を制限することが検討されている。猛暑が続くフランスでは原子炉の冷却に用いる河川の水温上昇が著しい。政府は非常対応として、冷却に用いた水の河川放出の継続を認めたが、今後も水温上昇が続いた場合、原発稼働が制限される恐れがある。再気化したガスを海底パイプライン経由で欧州本土に輸出する英国では、ガス中に有害物質が含まれているとして、欧州本土のエネルギー企業がガス輸出の拡大に反対している。

5日付けレポート「ドイツのエネルギー危機に伏兵」では、猛暑による渇水が続くドイツでライン川の水位が低下し、冬場のガス不足を乗り切る代替エネルギー源である石炭の水上輸送が困難になりつつあることを伝えた。ライン川の水位は週末にかけて一段と低下し、中流の観測地点カウプでは一時40センチ台を記録し、大型船の就航が難しくなる40センチに近づいている(図表1・2)。通常、夏場の気温がそこまで上がらない欧州の一般家庭ではエアコンがそれほど普及していない。今のところ夏場の電力不足が懸念される状況ではないが、ロシアが欧州向けのガス供給を絞っていることもあり、冬場のガス不足が懸念されている(図表3)。ガスは一般家庭の暖房用に加えて、産業向けのエネルギー源としても利用されている。

欧州のエネルギー供給を不安定化しかねない要因は他にもある。冬場の降雪量が少なかったノルウェーでは、最近の渇水による影響も加わり、ダムの貯水量が例年に比べて低い状況が続いている。ノルウェーは自国の電力供給の多くを水力発電に依存しており、余剰電力を英国、ドイツ、オランダなどの欧州諸国向けに輸出している。8日付けのブルームバーグの報道によれば、輸出向けの発電に利用されるノルウェー南部のダム貯水率は現在49.3%と、2000~19年平均の74.9%を大きく下回っている。欧州がロシア産化石燃料依存の脱却を急ぐなか、ノルウェーの水力発電の輸入需要が増えており、取引価格が高騰している。エネルギー価格の高騰による国民生活への打撃に対する不満も高まっており、輸出を制限し、国内供給を優先すべきとの声が浮上していた。ノルウェーはEU加盟国ではないが、EUの単一エネルギー市場の一員で、電力供給の制限は非常時に限り認められる。英ファイナンシャル・タイムズ紙は、ノルウェー政府が8日、自国内の冬場の電力不足を回避するため、ダムの貯水量が一定水準を下回った場合に輸出向けの発電量を制限する方針を固め、来週中に具体的な仕組みを決定すると伝えている。

8日付けのロイター通信によれば、猛暑が続くフランスでは、原子力発電所の原子炉冷却に用いる河川の水温が上昇している。通常、自然環境や生態系への影響を考慮し、気温が著しく上昇した際には、原子炉冷却に用いた高温の水を河川に再放出することが制限され、原発の稼働停止を余儀なくされる。フランス政府は8日、エネルギー不足回避に向けた緊急措置として、7月中旬に開始した一時的な制限緩和を9月11日まで延長することを決定し、冷却に用いた水の河川放出の継続を認めた。フランスは原子力発電の余剰電力を輸出しているが、今年の夏は老朽化や点検・補修のために原子炉の半分近くが停止しているため、近隣諸国から電力を輸入している。欧州各地で記録的な猛暑が続いており、河川の干上がりや更なる水温上昇で原発稼働が制限される場合、エネルギー不足に拍車が掛かりかねない。

8日付けの英ファイナンシャル・タイムズ紙は、このところ英国経由で欧州本土に送られるガス中に、空気に触れると引火する恐れがある有害物質などが通常以上に多く含まれており、ベルギー、ドイツ、フランスのエネルギー関連企業が英国のガス供給会社に早急な対応を求めていることを伝えている。欧州本土のエネルギー企業は、有害物質の除去に追加コストが掛かるうえ、有害物質の影響でパイプライン関連施設の修繕が必要になったと指摘している。ロシアによるウクライナ侵攻後、英国は欧州本土向けのガス輸出を拡大している。米国やカタールなどから輸入したLNGは英国の陸揚げ港で再気化され、英国のガス供給網を経由して、ベルギーやオランダと結ぶ海底パイプラインに送られる。ガスの貯蔵設備が少ない英国は、夏場に欧州本土向けにガスを輸出し、欧州本土で貯蔵されたガスを冬場に再輸入する。冬場のガス不足を回避するため、英国のガス供給会社は欧州本土向けの輸出上限の引き上げを規制当局に申請している。欧州本土のエネルギー企業は有害物質への対応が先決として、輸出量の引き上げに反対している。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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