深刻化する石炭価格上昇の影響

~輸入量減らなければ今年度の名目GDP▲4.8兆円押下げの可能性~

永濱 利廣

要旨
  • 既に、日本の円建て輸入石炭価格は直近2月で前年比2.5倍になっているが、日本の現地通貨建て石炭輸入価格に5カ月程度先行する関係がある南アフリカの石炭価格は、ウクライナ戦争に伴うロシアへの経済制裁の影響もあり、直近3月時点で前年の3倍以上の高値になっている。
  • 今後も世界の石炭価格が足元の水準で推移すると仮定すれば、石炭の輸入量が不変とした場合に、輸入金額の押し上げを通じて名目GDPを▲4.8兆円(▲0.9%)程度押し下げる。
  • 石炭価格の上昇は、コークスや舗装材料等の「石炭製品」や「再生資源回収・加工処理」、石炭を燃料とする火力発電等の「電力」「セメント」、銑鉄・粗鋼、熱間圧延鋼材、鋳鍛造品、鋼管等の「鉄鋼製品」、有機化学基礎製品や化学肥料等の「化学製品」を中心に価格を押し上げる。
  • 石炭輸入価格が10%上昇した場合、企業物価指数はタイムラグを伴わず+0.54%押上要因となるのに対し、企業向けサービス価格は2カ月遅れて+0.07%、消費者物価は11カ月遅れて+0.13%の押し上げ要因になる。石炭価格の上昇は「電力」や「小売」「飲食店」等の価格上昇といったパスを通じて家計にも影響を及ぼすことが予想される。
  • ウクライナ戦争の影響が長期化すれば、今後も化石燃料や穀物、金属をはじめとした資源価格が高水準で推移する可能性が高い。こうした中では、資源の多くを輸入に頼る一方で、先進国で最も早いスピードで人口減少が進み、国内市場の拡大が抑制される日本経済は構造的に苦境に立たされやすい環境にある。
目次

高騰の背景には需要拡大と供給の寡占化

政府は、ロシアからの石炭輸入を段階的に削減し、全廃を目指す方針を打ち出した。既に他のG7諸国ではロシアへの追加経済制裁としてロシア産石炭の輸入停止を打ち出しており、それに日本も足並みをそろえる形となった。

経産省のデータに基づき、2021年における日本の石炭輸入割合を見ると、主に発電用に使われる一般炭で13%、原料炭で8%をロシアに依存している。このため、今回の措置によって、日本経済に影響が生じることは必至だ

既に、日本の円建て輸入石炭価格は直近2月で前年比2.5倍になっているが、日本の現地通貨建て石炭輸入価格に5カ月程度先行する関係がある南アフリカの石炭価格は、ウクライナ戦争に伴うロシアへの経済制裁の影響もあり、直近3月時点で前年の3倍以上の高値になっている。

日本の石炭輸入割合(2021年)
日本の石炭輸入割合(2021年)

原油や穀物に続いて石炭までもが値上げとなれば、今後の日本経済に及ぼす影響が注目される。石炭の価格上昇は、原料として使用する企業にとってはその分コストが増加するため、製品価格に転嫁できなければコストの増分が営業利益に比べて大きい部門になるほど企業収益への悪影響が大きくなる。つまり、石炭価格の上昇が企業収益に及ぼす影響は、石炭への依存度や企業の価格転嫁率如何で大きく異なる。

そこで本稿では、輸入石炭の価格が足元の水準で高止まった場合に、物価や家計負担などを通じてマクロ経済に及ぼす影響を試算してみた。

世界の石油価格と石炭輸入価格
世界の石油価格と石炭輸入価格

名目GDPを▲4.8兆円押し下げ

まずは、石炭価格の上昇が名目GDPに及ぼす影響について試算してみよう。具体的には、今後も世界の石炭価格が足元の水準で推移すると仮定して、石炭の輸入量が不変とした場合に輸入金額の押し上げを通じた名目GDPへの影響を試算した。これによれば、輸入金額の押し上げを通じて、名目GDPを▲4.8兆円(▲0.9%)程度押し下げることになる。

また、石炭価格の上昇が製品やサービス価格に及ぼす影響について試算してみた。具体的には、日銀が公表する企業物価指数の中の石炭・同製品価格の円建て輸入価格を用いて、各物価統計への弾性値を試算した。そして、石炭輸入価格が10%上昇した場合の各物価統計への影響についてみると、企業物価指数はタイムラグを伴わず+0.54%押上要因となるのに対し、企業向けサービス価格は2カ月遅れて+0.07%、消費者物価は11カ月遅れて+0.13%の押し上げ要因になると計測される。

したがって、石炭価格の値上げは、幅広い部門のコスト増を通じてマクロ経済全体にも悪影響を及ぼす可能性が高い。

石油輸入金額見通し
石油輸入金額見通し

石炭値上げによる影響は家計にも波及

続いて、この影響の背景について直近2015年の産業連関表(総務省)を用いて分析した。すると、やはり石炭の依存度が高い部門を中心に製品価格の上昇圧力が高くなることが推察される。最も影響が大きいのは、石炭の投入比率が最も高い「石炭製品」となる。それに続くのが、石炭製品が燃料として使われる「再資源回収・加工処理」である。それ以外にも石炭価格上昇の波及は大きく、石炭を原料とする「電力」、「セメント」となる。同様に石炭を原料とすることから「銑鉄・粗鋼」「熱間圧延鋼材」「鋳鍛造品」「鋼管」「有機化学基礎製品」「化学肥料」というように幅広い分野に影響が出る。 このように、石炭価格の値上げは、石炭製品をはじめ、電力、窯業・土石、鉄鋼、化学といった部門を中心に製品価格を押し上げることになる。

また、石炭価格の影響は価格面から家計部門に及ぼす影響も無視できないことがわかる。事実、産業連関表を基に分野別に見れば、「電力」を筆頭に「小売」「飲食店」「娯楽サービス」「医療」といった品目の消費価格に上昇圧力がかかることになる。

このように、我々の日常生活に及ぼす影響まで考慮すれば、石炭価格の上昇は電力や小売価格の上昇といったパスを通じて家計にも影響を及ぼすことが予想される。以上より、石炭価格の上昇はコスト増の面から見ても甚大であるといえよう。特に、我々の日常生活に関連する分野としては、電力や小売等の価格上昇を通じて購買力を阻害する可能性も否定できない。従って、石炭価格の上昇は減速局面にある日本経済に対する大きなリスク要因と考えられる。

構造的苦境に立たされやすい日本経済

足元ではウクライナ戦争が続いており、物価がこれまでの水準よりも高く決まりやすくなっている。コロナショック以前の世界の物価は低位安定してきたが、この背景には、中国や他のアジア諸国など急速に生産能力を拡大させてきた国々が安価な製品の供給を通じて先進国の価格動向にも大きな影響を及ぼしてきたことがある。しかし、新興諸国が経済成長率を高めて以降はむしろ、実体・金融両面を通じて商品市況の押し上げ要因として作用している。そうした中で、今後もロシアに対する経済制裁が持続すれば、世界の商品市況は更なる供給不足の状態になる可能性があろう。従って、今後もトレンドとしては、企業の原材料価格が高止まりする可能性が高い。

これは、日本のように化石燃料をはじめとした資源の多くを海外に依存する国々とっては、所得が資源国へ移転し続ける環境にあることを意味する。ただ、資源を海外に依存していても、世界経済の成長ペースを上回る成長を実現していれば、資源国への流出を補って余りある所得の拡大が可能だろう。しかし、先進国でも最も早いスピードで人口減少が進み、国内市場の拡大が抑制される我が国では、内需主導の景気回復は高いハードルであり、所得の拡大も困難な状況が続く可能性が高い。このため、世界中で資源の争奪戦が繰り広げられる限り、日本経済は構造的に苦境に立たされやすい環境にあるといえる。

永濱 利廣

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済長期予測、経済統計、マクロ経済の実証分析

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