韓国大統領選は尹氏勝利で政権交代も、期待値を上げない対応が肝要

~具体的な行動を冷静に見極めつつ、チャネルの再構築を図る取り組みが必要になろう~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では9日に大統領選が実施され、保守系最大野党の国民の力から出馬した尹錫悦氏が勝利して政権交代が実現する。韓国を巡っては様々な経済問題や外交問題が顕在化するなど課題山積ながら、選挙戦では有力候補が中傷合戦を展開するなど政策論争は深まらなかった。結果、選挙結果は大接戦となるなど国民の間の分断が深刻化しており、尹氏は勝利宣言で革新系野党にも協力を求めるなど国民の結束を呼び掛けた。ただし、尹氏は政治初心者ながら大統領として取り組むべき課題は山積している。外交問題では日韓関係の「包括的解決」を目指す姿勢をみせるが、主要テーマに上がらず、政策運営には革新系野党の協力が不可欠な上、政治が国民の意識に揺さぶられる傾向が強いなかで事態が円滑に進むかは不透明である。期待値を上げず、尹新政権の具体的な行動を見極めつつ、チャネルの再構築に取り組む必要がある。

韓国では9日、5年に一度の大統領選挙が行われ、保守系最大野党である国民の力から出馬した前検事総長の尹錫悦(ユン・ソギョル)氏が勝利し、5年ぶりの政権交代が実現する。大統領選を巡っては、尹氏と革新系与党の共に民主党から出馬した前京畿道知事の李在明(イ・ジェミョン)氏に加え、『第3極』を目指す中道右派政党の国民の党から出馬した安哲秀(アン・チョルス)氏など計14人が出馬した。ただし、選挙戦は一貫して事実上の尹氏と李氏という保革候補による一騎打ちの様相をみせるなか、最終盤に安氏が出馬を辞退するとともに、尹氏に候補者を一本化することを表明したことで選挙戦は一段と激戦の様相を強めた。なお、今回の大統領選においては、文在寅(ムン・ジェイン)政権下で首都ソウルを中心とする不動産価格の急騰が社会問題となっているほか、雇用の不安定化が進むなかで資産価格の急騰も追い風とする社会経済格差の拡大、若年層を取り巻く環境の厳しさを受けて少子化が加速化するなど、経済問題が争点となってきた。さらに、文政権は中国への接近を進める一方で米中摩擦の激化を受けて『板挟み』の状態が強まっているほか、北朝鮮問題もこう着した状態が続くなど、外交面でも政策が行き詰まる展開が続いてきた。また、朴槿恵(パク・クネ)前政権が政官財を巡る汚職問題を理由に退陣に追い込まれ、そうしたことへの反発が文政権誕生の原動力となったにも拘らず、文政権下でも政権幹部の様々な問題が噴出するなど、与党は政権維持に向けて難しい選挙戦を余儀なくされた。こうしたことも影響して選挙戦では政策論争は脇に追いやられ、李氏には京畿道城南市長時代に実施した都市開発事業に絡む不正疑惑が噴出したほか、夫人とともに選挙法違反や職権濫用、名誉棄損などを理由に多数の訴訟を抱える一方、尹氏も夫人の経歴詐称問題のほか、親族が不正に利益を得ていた疑惑が出るなど、中傷合戦が行われる『泥仕合』の様相を呈してきた(注1)。結果、尹氏と李氏の支持率は拮抗した展開が続く一方で両候補ともに『不支持率』が高まるなど、上述したように内政、外交両面で課題が山積であるにも拘らず政策に関する議論は一向に深まることのないまま投票日を迎えた。投票率は77.1%と2017年の前回大統領選(77.2%)並みの水準を維持したものの、尹氏の得票率は48.49%、李氏の得票率は47.83%と両者の差は1pt未満となるなど最も僅差となるなど、国民の間の分断が広がっている様子もうかがえる。こうしたことから、尹氏は勝利宣言において『国民の統合』を呼び掛けるなど、革新勢力と協力して国民の結束に取り組む考えを示している。この背景には、大統領選では保守の尹氏が勝利して5年ぶりの政権奪還を果たしたものの、議会において保守勢力は少数派である『ねじれ状態』となっていることも影響している。さらに、尹氏自身は政治経験がない『初心者』であるものの、尹氏が勝利を収めた背景には、文政権下で様々な経済問題が表面化したことが政権交代を望む動きに繋がったとみられるなか、如何に問題に対応するかが問われることになる。また、文政権下での対中接近を受けて米国との関係に『すきま風』が吹くとともに、日本との関係も元慰安婦及び元徴用工問題のほか、輸出規制などをきっかけに悪化して『過去最悪』とも称される状況にある上、北朝鮮による挑発行動も頻発するなど外交関係の立て直しも急務となっている。尹氏の陣営によれば、日本との関係改善に向けて首脳間のシャトル外交の復活を含めて『包括的な解決』を目指すとしている。しかし、日韓関係については政権の政治姿勢のみならず、歴史認識や国民の意識が影響してきたほか、今回の大統領選において日韓関係が主要テーマに上がっていない状況を勘案すれば、事態が円滑に進展するかは見通しにくい。さらに、上述のように大統領と国会はねじれ状態にあり、政策運営に当たっては革新勢力の協力が不可欠となるなか、国民の間に大きな議論を巻き起こす動きに出る可能性は低いと見込まれる。地理的に隣国である上、挑発行動を続ける北朝鮮の動きなどを勘案すれば、日本と韓国の関係は良好であるに越したことはないものの、歴代の韓国政権による「ゴールポストを動かす」対応が繰り返されてきたことを勘案すれば、期待値を上げることには注意が必要である。その意味では、尹新大統領及び政権による具体的な行動を冷静に見極めつつ対応を模索する必要があるとともに、冷え切った両国関係の再構築に向けたチャネル作りという『一歩目』を進める方が良いと捉えることも出来る。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ