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ドイツでショルツ氏率いる信号連立が誕生へ

~気候変動対策を強化、財政規律維持も柔軟運営の余地~

田中 理

要旨
  • ドイツでは社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党による連立協議がまとまり、現政権で財務相兼副首相を務めるSPDのショルツ氏が率いる「信号連立」政権が近く誕生する。注目を集めた財務相ポストはFDPが、外務相と新設の気候・経済相ポストを緑の党が手にする。2030年代の早い段階での脱石炭の実現など、気候変動対策を大幅に強化する。財政運営は全般に規律重視の姿勢を維持しながらも、柔軟運営の余地を残している。成長促進や気候変動対策に関連した歳出拡大は可能となる。また、メルケル時代と比べて中国やロシアに対する外交姿勢は厳しくなろう。新政権にとっての目下の課題は、感染が再拡大するコロナ対応。コロナ危機克服後は、気候変動対策、デジタル化の推進、所得再分配の強化が政権の重点課題となる。

ポスト・メルケルを占うドイツの連立協議は24日、中道左派の社会民主党(SPD)、環境政党・緑の党(Grüne)、リベラル政党・自由民主党(FDP)の間で最終合意が交わされ、SPDのショルツ財務相兼副首相が近く次期首相に就任することが固まった。今後、連立合意の受け入れを巡る各党の党内手続き(SPDとFDPは党大会での承認、緑の党はオンライン党員投票を予定する)を経て、12月第2週の連邦議会でショルツ氏の首相任命投票が行われる。3党は連邦議会の過半数の議席を持ち、ショルツ氏が率いる「信号連立(各党のイメージカラーの配色が赤緑黄色であることから)」が誕生するのは確実な情勢。

国政レベルで3党が手を組むのは初めてなうえ、財政運営や気候変動対策を巡って緑の党とFDPの間の政策距離が遠く、当初、連立協議は難航が予想された。だが、9月の連邦議会選挙の直後に始まった協議は予想以上に順調に進み、想定されたなかでは最短の日程で3党間の合意に漕ぎ着けた。信号連立以外に議会の過半数を確保可能な連立の組み合わせは、これまで政権を率いてきた中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)の統一会派(CDU・CSU)、緑の党、FDPによる「ジャマイカ連立(各党のイメージカラーの配色がジャマイカの国旗に似ていることから)」か、SPDとCDU・CSUの伝統的な二大政党による「大連立」以外になかった。史上最低の支持に沈んだCDU・CSU内では、党首兼首相候補のラシェット氏が引責辞任の意向を固め、次期党首の選出に向けた準備が進められている。CDU・CSUが次期政権を率いることは世論の賛同も得られず、SPDが主導する連立政権に参加するのは同会派内からも反発も多い。信号連立以外の政権選択肢が事実上消滅するなか、3党は政策相違を乗り越え、政権発足を優先した。

177ページに及ぶ連立合意文書の主な内容は、①気候変動:2030年代の早い時期までの脱石炭、2045年までの脱天然ガス、2030年までに再生可能エネルギーの割合を80%に引き上げ、承認が遅れている新たな天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム2」にはEUルールを厳格に適用、②財政運営:財政黒字化を義務付ける「債務ブレーキ」の維持、コロナ危機対応で免除してきた債務ブレーキを2023年から再適用、気候変動に関連した投資を促進する「エネルギー・気候基金」を債務ブレーキの厳格適用の対象から除外、EUの財政規律である「安定・成長協定」の柔軟運営を通じて債務の持続性を保ちつつ成長や気候関連投資を促進、欧州復興基金(次世代のEU)が規模や時期を限定したものであることを確認、EUの銀行行政を一元化する「銀行同盟」の完成に向けて銀行の債務健全化を条件に共通預金保険スキームを支持、③国内政策:最低賃金を時給9.6ユーロ→12ユーロに引き上げ、年間40万戸の住宅建設など。

注目を集めた閣僚ポストの配分は、SPDが首相、内務相、保険相、国防相、労働・社会相など7ポスト、緑の党が外務相、気候・経済相、環境相など5ポスト(うち副首相を兼任する)、FDPが財務相、司法相、交通相を含む4ポストを得る。首相に次ぐ重量級ポストである財務相は通常、連立内の第2党(ここでは緑の党)に配分されるが、予てより財務相に意欲を見せてきたFDPのリントナー党首が手にする可能性が高い。また、シュタインマイヤー大統領(SPD出身の元政治家)の再任、次期欧州委員を緑の党が指名することも合意した。FDPが財務相を率いることでドイツ伝統の財政規律重視が保たれ、左派政権誕生による財政拡張路線への歯止め役となる。EUの財政規律の抜本的な見直しや復興基金の恒久化議論には逆風となる。ただ、国内・EUともに財政運営は全般に規律重視の姿勢を維持しながらも、柔軟運営の余地を残している。人権問題を重視する緑の党が外務相(共同代表で首相候補だったベアボック氏が有力視)を率いることで、メルケル時代と比べて中国やロシアに対する外交姿勢は厳しくなる。気候変動対策を取り仕切る新設の気候・経済相は、緑の党の共同代表のハーベック氏が就任する可能性が高い。

新政権にとって目下の課題は、足元で感染が再拡大するコロナ対応となる。ドイツではここにきて新規の感染者が過去最高を更新し続けており、過去の感染拡大時と比べて重症患者や死者の数は抑制されているとは言え、徐々に病床逼迫のリスクが増しつつある。二度のワクチン接種を終えた割合は67%まで上昇したが、他の主要欧州諸国(ポルトガル88%、スペイン80%、イタリア73%、フランス69%)と比べて伸び悩んでいる。メルケル首相が率いる暫定政権は先日、ワクチン未接種者を対象に行動制限を強化する方針を打ち出しているが、隣国オーストリアのようにワクチン接種を義務化するなど、より踏み込んだ対応が取れるかに注目が集まる。コロナ危機克服後は、気候変動対策、デジタル化の推進、所得再分配の強化が政権の重点課題となろう。ショルツ次期首相は現政権の財務相兼副首相として堅実な政策運営に定評があるが、国内外でメルケル首相と同様のリーダーシップを発揮できるか、その手腕に注目が集まる。

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田中 理


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