韓国、ソウルを中心とする「第5波」で内需を巡る不透明感は急上昇

~ウォン安は外需を支える一方で物価や対外債務負担が内需の重石となるなど難しい対応が迫られる~

西濵 徹

要旨
  • 足下のアジアでは変異株による新型コロナウイルスの感染拡大の動きが広がっている。韓国は年明け以降の変異株による感染再拡大を受け、行動制限の強化やワクチン接種を進めることで対応した。しかし、6月末以降は変異株の流入による「第5波」が顕在化しており、感染動向は悪化している。ワクチン接種の遅れに加え、行動制限の強化にも拘らず人の移動は拡大が続くなど、感染動向は一段と悪化する可能性がある。
  • 外需の拡大期待は企業マインドを下支えする一方、感染動向の悪化を受けて底入れした家計マインドは頭打ちしている。物価の高止まりも相俟って内需を取り巻く環境は厳しさを増している。中銀は物価抑制などを理由に金融政策の正常化を模索する一方、国際金融市場では感染悪化を理由にウォン安が進んでおり、感染動向如何では政策対応の必要性及び方向性は大きく変化する可能性に注意が必要と言えよう。

足下のアジアにおいては、ASEAN(東南アジア諸国連合)を中心に感染力の強い変異株による新型コロナウイルスの感染が再拡大しており、強力な感染対策やワクチン接種などを追い風に感染収束が進んだ中国にも逆流して感染が広がるなど(注1)、域内全体で感染拡大の中心地となる事態となっている。こうしたなか、地理的にも経済的にもアジア諸国との結び付きが深い韓国においては昨年末以降、変異株の流入を受けて新規陽性者数が拡大傾向を強める動きが出たため、政府は行動制限の再強化に加えてワクチン接種の加速化を通じて感染抑制に取り組む動きをみせてきた。結果、今月10日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は15.73%と世界平均(15.79%)並みの水準となっている上、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は42.20%と世界平均(30.26%)を大きく上回るとともに、感染者数が急減する『閾値』と見做される40%を上回る水準となるなどワクチン接種は着実に進められている。ただし、足下で感染拡大の動きが広がっている変異株を巡っては、上述のようにワクチン接種が進んでいる中国でも感染が広がるなどワクチンの効果が低いとの見方があるなか、6月末以降は韓国においても変異株の流入を受けて感染が再拡大する『第5波』が顕在化しており、昨日(11日)には新規陽性者数が過去最高を更新する事態となっている。なお、足下における新規陽性者数の急拡大にも拘らず、死亡者数の拡大ペースは依然として緩やかな水準に留まっており、医療インフラに対する圧力は高まっていないと見込まれる。なお、政府は感染拡大の『第4波』が落ち着く動きをみせたことを理由に、先月1日には首都ソウルを除く大半の地域を対象に行動制限を緩和する一方、首都ソウルについては行動制限を維持してきた。こうした状況にも拘らず、足下において新規陽性者数が拡大傾向を強めている背景には、感染拡大の中心地となった首都ソウルや周辺地域のみならず、地方においても感染拡大の動きが広がっていることも影響している。さらに、政府は先月半ば以降に首都ソウルや周辺地域を対象とする行動制限を厳格化する対応をみせたものの、行動制限措置が長期に亘っていることに伴う気の緩みなども影響して人の移動は拡大傾向を強める展開が続いており、こうしたことも感染拡大を招く一因になった可能性も考えられる。感染動向の悪化にも拘らず人の移動は引き続き拡大傾向を強める動きをみせており、ワクチン接種の遅れや変異株に対する効果の乏しさなどを勘案すれば、しばらくは感染動向が一段と悪化の度合いを強める可能性が考えられる。

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韓国経済を巡っては、アジア新興国のなかでも構造的に財輸出に対する依存度が高く、世界経済、とりわけ中国経済の動向の影響を受けやすい上、近年は財輸出に占めるIT関連財の比率が高いことも相俟って欧米など主要国経済の動向と連動しやすい傾向がある。結果、上述のように感染動向は急速に悪化しているものの、足下の企業マインドは引き続き好不況の分かれ目となる水準を上回るなど景気拡大を示唆する様子がうかがえる。他方、企業マインドの改善を受けた雇用環境の回復などを追い風に、昨年半ばを境に家計部門のマインドも改善の動きを強める展開が続いてきたものの、感染動向の急激な悪化を受けて一転して調整する動きをみせており、昨年後半以降における国際原油価格の上昇などを理由に足下のインフレ率が中銀の定めるインフレ目標を上回る水準となるなど、実質購買力に対する下押し圧力が強まっていることも影響しているとみられる。なお、4-6月の実質GDP成長率(速報値)は前期比年率+2.70%と4四半期連続のプラス成長となるなど景気が着実に底入れしている。外需は底入れの動きが一服する一方、政府による景気対策や行動制限の緩和などを理由とするペントアップ・ディマンドの発現が家計消費を押し上げるなど内需の堅調さが景気を下支えする動きが確認された(注2)。ただし、足下における感染再拡大や首都ソウル及び周辺地域を対象とする行動制限の動きは家計消費など内需の重石となることは避けられず、景気の先行きに対する不透明感は急速に高まっている。他方、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続いている上、長期に亘る低金利政策などを理由に不動産価格は上昇傾向を強めるなどバブル化が懸念される動きがみられるなか、中銀は先月の定例会合で政策金利を据え置く一方、今月末に開催予定の定例会合以降は金融政策の正常化の可否について検討する考えを示した(注3)。しかし、その後の感染動向の急激な悪化を受けて国際金融市場においては資金流出圧力が強まり通貨ウォン相場は大きく調整しており、ウォン安の進展は価格競争力の向上を通じて財輸出を押し上げると期待される向きもある。ただし、足下のインフレ率が上振れするなかでのウォン相場の調整は、輸入物価を通じてインフレ圧力を増幅させることが懸念されるほか、対外債務を巡る負担の増大が企業活動や家計消費の重石となるなど、幅広く内需の下押し圧力となる可能性もある。その意味では、上述のように中銀は将来的な金融政策の正常化を検討する姿勢をみせているものの、その決定の行方は景気回復が続くなかで物価抑制を目指す『前向き』なものとなるか、景気に対する不透明感が強まるなかでウォン相場の防衛を目的とする『後ろ向き』なものとなるかの岐路に直面していると判断出来る(注4)。よって、当面は韓国国内における感染動向の行方は金融市場を揺さぶる可能性もあるなど、慎重な対応が求められることになろう。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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