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集団免疫獲得シナリオへの不安

~感染再拡大でも行動制限解除を進める英国~

田中 理

要旨

英国ではワクチン接種が進んでいるにもかかわらず、デルタ株の感染が広がっている。新規の感染者はワクチン接種が終わっていない若者が中心で、過去の感染爆発期と比べて病床逼迫度合いや重症患者の増加は限定的だ。だが、ワクチンの2回接種者の感染や過去に感染した人の再感染の報告も増えている。抗体の持続性が想定対比で短かったり、承認済みのワクチンが効かない新たな変異株の感染が拡大する場合、集団免疫獲得でパンデミックを克服するシナリオが崩れる。

新型コロナウイルスの変異株の感染拡大が広がっている。ワクチン接種の加速で集団免疫を獲得し、欧米では秋にもパンデミックを克服するとのシナリオに死角はないのだろうか。ここではワクチン接種で先行しながらも、感染再拡大に見舞われている英国を例に、リスクの所在を確認する。

まず、英国のワクチン接種の状況を確認する。少なくとも1回ワクチンを接種した人口の割合は、7月24日時点で68.6%と世界有数で、2回目の接種を終えた割合も54.7%と、イスラエル(61.3%)やカナダ(55.2%)と遜色がない。18歳以上に限ると、少なくとも1回接種した人口の割合が88.1%、2回目の接種を終えた割合も70.5%に達する(7月25日時点)。中高齢者の多くがワクチン接種を終えている(図表1)。なお、英国では医薬品規制庁(MHRA)がファイザー製ワクチンの12歳以上への使用を承認しているが、政府にワクチン助言を行う専門家委員会(JCVI)は、自らが基礎疾患や重篤な疾患を持つ場合と免疫抑制状態にある家庭内接触者がいる場合に限り、18歳未満へのワクチン接種を推奨しており、政府もその助言に従っている。

図表
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現在、英国の1日当たりのワクチン接種数(7日移動平均)は約20万回(人口の約0.3%)と、ピーク時の3分の1程度にペースダウンしてきているものの、このペースが続けば1ヵ月当たりの接種数は約600万回(人口の約9%)となる。単純化のため初回と2回目の接種間隔(英国は他国と比べて長めの接種間隔を空けている)を無視すれば、現時点で2回目の接種を待つ人(人口の68.6%-54.7%=13.9%)が接種を終えるには1ヵ月半程度を要する計算となる。18歳以上で1度もワクチンを接種していないのは7月18日時点で約1000万人、現在は800万人前後と考えられる。新規に接種する人が2回の接種を終えるには倍の時間が掛かるため、18歳以上の全人口が2回のワクチン接種を終えるには、さらに2ヵ月半程度を要する。集団免疫の獲得にどの程度の人口割合のワクチン接種が必要となるかは幅を持って考える必要があるが、英国では接種を希望する人の大多数が向こう数ヵ月で2回の接種を終える可能性が高い。

次に新規感染者の状況を確認する。1日当たりの新規感染者数(7日移動平均)は年始に6万人近くでピークを付けた後、大きく減少して一時は1000人台で推移していたが、5月下旬以降に再加速し、7月中旬には約半年振りに4万人を超えた。その後はやや減少しているものの、7月25日時点で3万8千人と引き続き高水準にある。英国では現在、ほぼ全ての新規感染者が従来型と比べて感染力の高いデルタ株となっている。新規感染者の年齢構成(7月5~18日の集計結果)は、20代が全体の28%と最も多く、次いで10代(23%)、30代(18%)、40代(12%)と続く(図表2)。10代と20代で新規感染者の半分以上を占める。中高齢者の感染割合が減っており、ワクチン接種が感染抑制に一定の効果を発揮していることが窺える。新規感染者の多くはワクチンを未接種か、1回目の接種を終えたが、2回目をまだ接種していない人と推測される。中高齢者の多くがワクチン接種を終え、新規感染者の多くが相対的に重症化リスクの低い若者が中心のため、過去の感染爆発時と比べて入院患者や重症患者の増え方は限定的だ。感染再拡大にもかかわらず、英国政府が7月19日に行動制限の全面解除に踏み切ったのも、そうした背景がある。

図表
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気掛かりなのは、2回のワクチン接種を終えたにもかかわらず、新型コロナウイルスに感染するケースが相当数、報告されていることだ。例えば、アストラゼネカ製ワクチンを2回接種済みのジャビド保険相は7月17日、陽性反応が出たことを明らかにしている。欧米で接種されている新型コロナウイルスのワクチンは、何れも感染予防に高い有効性が確認されているが、感染を100%防げる訳ではない。さらに、デルタ株に対する有効性は従来型に比べてやや低下するものの、重症化を防ぐ効果が確認されている。また、感染者の再拡大に合わせて、新型コロナウイルスに1度感染した人が再感染するケースも徐々に増えている(図表3)。イングランドでは7月4日までに約430万件の累積感染者が出ているが、このうち約2万3千件に再感染が疑われる事例が報告されている。全体の感染者に占める再感染者の割合は0.5%程度とそれほど高い訳ではない。ワクチン接種後の感染や再感染の多くは症状が比較的軽微にとどまるとの報告もある。ただ、感染やワクチン接種後に抗体がどの程度持続するかは十分に分かっていない面もある。抗体の持続性が想定対比で短かったり、承認済みのワクチンが効かない新たな変異株の感染が拡大する場合、集団免疫獲得でパンデミックを克服するシナリオが崩れる。

図表
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以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 主席エコノミスト
担当: 欧州・米国経済

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