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離脱後の英国を襲う分裂の危機

~スコットランドの独立機運と北アイルランドの緊張が再燃~

田中 理

  • 欧州連合(EU)からの離脱を果たした英国に、スコットランドの独立と北アイルランド紛争再燃の危機が迫りつつある。2014年の住民投票で英国への残留を選択したスコットランドで独立機運が再燃しており、その行方を左右するスコットランド議会選挙が5月6日に近づいている。また、昨年末の移行期間終了後に品不足や物流混乱が発生している北アイルランドでは、英国から切り離されることを警戒するユニオニスト(英国との一体性を主張する主にプロテスタント教徒)の若者による暴動事件が、今年に入って複数の都市で発生している。

スコットランドの独立機運が再燃

英国から独立した後の国家運営への不安もあり、2014年の住民投票では最終的に無難な現状維持を選択したスコットランドだったが、その後に英国がEUを離脱したことを受け(スコットランドは残留支持が62%で多数を占めた)、改めて独立機運が再燃している。スコットランド政府と議会には、医療や教育などの分野で一定の自治が認められているものの、外交や安全保障は勿論のこと、住民生活に関わる税や福祉の一部、産業政策や消費者保護などに関する権限を今も英国政府と議会が持つ。スコットランドの住民の間では、イングランド選出議員が数の上で圧倒する英国議会(ウェストミンスター議会)で決まる政策がイングランド寄りであるとの不満も根強い。また、スコットランドでは近年スコットランド民族党(SNP)が議会の第1党の座を独占するが、それ以前は労働党が牙城とし(ブレア元首相やブラウン元首相もスコットランド出身)、社会福祉や公共サービスの充実を政策の柱に掲げる中道左派政党を支持する有権者が多い。英国では2010年以降、保守党政権が続いており、英国政府の政策方針がスコットランドの民意と大きく食い違うことも、スコットランド住民の英国政府に対する不信感につながっている。

2014年の住民投票後のスコットランド住民を対象とした世論調査では、英国残留を支持する割合が英国からの独立を支持する割合を一貫して上回っていたが、2016年の国民投票後に独立支持が追い上げ、英国がEUから正式に離脱した昨年1月末頃を境に独立支持が逆転している。独立支持の世論は、独立を支持するSNPの支持率とほぼ連動している。独立支持の勢いは、サモンド前第一首相(SNPの前党首)のセクハラ疑惑問題の余波で、年明け以降にやや失速気味だが、今も独立支持が数%ポイントのリードを保っている。

複数の女性からセクハラ被害を告発されたサモンド氏は最終的に裁判で無罪を勝ち取ったが、裁判の中でSNP幹部がサモンド氏を政治的に不利な立場に陥れようとしたと主張した。その一環で、サモンド氏の当時の側近で後を継いだスタージョン現第一首相(現SNP党首)がセクハラ被害に関連した会合記録を残さなかったことや(これは大臣規範に違反する可能性があり、場合によっては首相辞任に追い込まれかねない事象とされる)、SNPの幹事長(スタージョン氏の夫)がサモンド氏に対する捜査の開始を警察当局に働きかけていたことなどが発覚した。独立の調査委員会が設置され、その報告によれば、スタージョン氏がサモンド氏の疑惑を巡って議会を誤った方向に導いたとしたものの、大臣規範に違反する行為はなかったと結論づけた。その後、野党が提出したスタージョン氏に対する内閣不信任案も否決されたが、SNPにとっては投票直前に明るみに出た一連の問題が大きな打撃となった。

スコットランドの自治政府を率いるSNPは、2016年のスコットランド議会のマニフェストで、「スコットランドがその意志に反してEUからの離脱を余儀なくされる場合、英国からの独立の是非を問う二度目の住民投票の実施が正当化される」と主張して勝利した。15日に発表した今回の議会選のマニフェストでも、「議会選で過半数の議席を獲得した場合、二度目の住民投票を行う関連法制を立法化し、コロナ危機が収束していることを前提に2023年遅くに投票を行う」としている。

スコットランドの地方自治を定めた「1998年スコットランド法」によれば、スコットランドとイングランドの連合に関する取り決めは“留保事項”に該当し、それに関連する立法行為を行うには、同法第30条に基づき、スコットランド議会(ホーリールード議会)に一時的ないし恒久的に立法権限を付与する必要があると定められている。2014年の住民投票はこの第30条に基づいて行われ、今回も同様のプロセスでの投票実施を求めている。但し、今回のマニフェストには、「英国政府が投票を阻止する場合、スコットランドの民意を守るために法的手段を取る」ことが明記されている。

スコットランド議会は2017年に同法第30条に基づく住民投票の実施を求める法律を可決したが、当時のメイ首相もその後を継いだジョンソン首相も近い将来の投票実施を拒否している。ジョンソン首相は今年1月、英国がEU離脱の是非を問う二度目の国民投票を行うまでの年月(初回投票が1975年で、二度目の投票が2016年)を引き合いに出し、2050年代まではスコットランドの二度目の住民投票が行われない可能性を示唆した。SNPは5月6日のスコットランド議会選挙で過半数の支持を獲得し、投票再実施に向けた世論の付託を得たと主張することで、英国政府に対して投票容認に向けた圧力を強めようとしている。

議会選の世論調査(小選挙区)では、独立を支持する現与党のSNPが50%前後で圧倒的な支持を集めている。前述のセクハラ疑惑問題の余波で、SNPはやや支持を落としている。ただ、環境政党・緑の党、サモンド前第一首相が旗揚げした新党・アルバ(Alba)を合わせた独立支持政党の獲得議席は過半数を上回る可能性が高い。サモンド氏はアルバの協力があれば、独立支持派が圧倒的な過半数を確保できると呼びかけている。

新党アルバの結党が選挙結果とその後の住民投票要求に与える影響は今のところ流動的だ。定数129のスコットランド議会は、73の小選挙区から1人ずつ(計73人)と8つの比例区から各7人(計56人)の議員を選出する。アルバは比例区だけで候補を擁立するため、小選挙区で独立支持の議員の間で票が分散し、残留支持の議員に有利に働くことはない。他方、比例区ではSNPや緑の党の支持の一部がアルバに流れそうだ。アルバの支持率は2~6%と調査によってバラツキがあるうえ、現状では1~2議席を獲得するのが関の山といった状況にあるが、その数議席がSNPの単独過半数を阻止する可能性もある。また、アルバの参戦で選挙期間中もサモンド問題が尾を引き、SNPの支持離れが続く恐れもある。

SNPが単独過半数の獲得に失敗した場合も、ごく僅かの過半数割れであれば、政権発足には恐らく支障がないだろう。2016年の前回スコットランド議会選でSNPの獲得議席は63にとどまり、過半数(65)に僅かに届かなったが、一部の政党が政権発足時の投票に棄権し、スタージョン氏が第一首相に再任された。他方、議会選での過半数獲得で英国政府に投票実施で圧力を掛ける戦略は軌道修正を余儀なくされる可能性が出てくる。SNPはアルバとの共闘に否定的で、緑の党やアルバを含めた独立支持政党の合計議席が過半数を上回ったと主張するかは今のところ不透明だ。それとは逆に、より強硬な独立を主張するアルバの協力が必要になることで、英国政府に対する独立要求が強硬度合いを高める可能性もある。

英国政府が選挙後もあくまで投票実施を容認しない場合、スコットランドが二度目の住民投票を行う方法はあるのだろうか。サモンド氏など強硬な独立派の一部は、英国政府の同意を得ないまま、法的拘束力のない住民投票を行うことや、スコットランドが自らの未来を決める権利を巡って法廷闘争に持ち込むこと、さらには投票実施を要求する大規模なデモ活動を行うことを主張しているが、スタージョン第一首相はこうした提案からやや距離を置いている。スコットランド政府は公式見解として、英国政府の同意なしに独立の是非を問う住民投票を行うことができないと認めた訳ではないが、これまでも法的拘束力のある投票を行うことが望ましいとの立場を繰り返し表明している。万が一、英国政府の同意を得ずに住民投票を断行した場合、それが拘束力を伴わない諮問的なものであったとしても、合法と認められる可能性は低い。仮に拘束力を持たない住民投票として合法性が認められた場合も、残留支持派の多くが投票を棄権する可能性が高く、英国政府が投票結果を受け入れることはないだろう。

こうしてみると、5月6日のスコットランド議会選で独立支持派が過半数を占めたとしても、早期に独立の是非を問う住民投票が行われる可能性は低い。ただ、英国政府が非対話的な態度でスコットランドの住民投票要求を拒否し続ければ、かえってスコットランド住民の独立感情を高める恐れもある。調査会社Ipsos Moriが4月1~7日に英国全土を対象に行った調査によれば、「SNPが議会選で過半数を獲得した場合、向こう5年以内にスコットランドが住民投票を行うことを認めるべき」と回答した割合は51%と、「認めるべきではない」とする割合の40%を上回った。政治環境次第では将来的に英国政府が住民投票を許容する可能性も出てこよう。具体的には、スコットランドの自治や民意を軽視し、投票を拒否し続けることがジョンソン首相の求心力低下や政治生命を脅かすような場合や、次の下院選挙で労働党が保守党を破るが、単独過半数の獲得に失敗し(ハングパーラメント)、SNPの連立参加や閣外協力の見返りに投票実施を約束する場合が考えられよう。そうした場合も英国政府が無条件で投票実施を認める可能性は低く、投票のタイミング、投票権者の対象範囲、質問の内容、投票キャンペーンの在り方などを巡って、一定の関与を求めることが予想される。

2014年の住民投票の直前には、スコットランド出身の首相経験者が相次いで現地入りし、残留支持を呼び掛けたほか、残留を選択した場合にスコットランドへの更なる権限移譲を英国政府が約束した。逆にスコットランドが独立した場合、イングランド銀行(BOE)が通貨ポンドの利用を認めない可能性を示唆したことで、EUの単一通貨ユーロを導入し、欧州中央銀行(ECB)の金融政策下に入るまでの間、独自通貨と中央銀行制度をどのように運営するかを巡って不安が広がった。また、エジンバラ(スコットランド)に拠点を置く大手金融業者の多くが独立を選択した場合にロンドンに拠点を移す可能性を示唆した。スコットランド政府は今回も、独立後の国家運営を巡る説得力のある未来像を描くことはできずにいる。独立時に英国が抱える政府債務の一部がスコットランドに移管されることになり、コロナ禍で膨れ上がった債務負担も重く圧し掛かる。前回投票後に原油価格が大幅に下落しており、北海油田の原油収入に依存した経済財政運営にも限界がある。独立後のスコットランドがEUに加盟する場合、イングランドとの間に陸続きの国境が出現する。スコットランドはイングランドへの貿易依存度が高く、税関手続きや規制の違いが貿易活動の打撃となることも予想される。2016年のEU離脱投票の様に経済的な合理性だけが投票結果を左右する訳ではないが、スコットランドで再び投票を行う場合、予想される経済的な打撃に対してスコットランド政府がどのような解決策を提示できるかも投票を左右しそうだ。

脅かされる北アイルランド和平

3月末以降、北アイルランドの複数の都市でユニオニストの若者等による暴動事件が立て続けに発生している。直接の引き金となったのは、昨年夏に2000人余りが参列したアイルランド共和軍(IRA)の元幹部の葬儀に出席したシンフェイン党(北アイルランドのナショナリスト政党)の政治家等を、新型コロナウイルスの集会制限に違反していたにもかかわらず、北アイルランド警察が起訴しないと暴動前日に発表したことだった。ユニオニスト住民の間では、昨年は毎年7月に行われるオレンジマンの日(名誉革命とボイン川の戦いでのオレンジ公ウィリアムの勝利を祝う北アイルランドの祝日)の伝統行事がコロナの感染予防を理由にキャンセルされ、家族や友人の葬儀に参列できなかった住民もおり、ナショナリスト政治家への取り扱いが不平等であるとの不満が高まった。ただ、暴動に加わったのは紛争時代を知らない若者が中心で、コロナの行動制限で社交場が軒並み閉鎖された鬱憤が暴力行為につながったとの見方もある。暴動が起きたのは主にユニオニスト系の民兵組織が大きな影響力を持つ地域に集中しており、民兵組織の関与を指摘する声もある。

また、昨年12月末にEU離脱の移行期間が終了した後、北アイルランドでは英国本土との物品取引に通関や規制上の検査が必要となり、物流混乱や食料品不足が発生している。EU離脱後に英国とEUが陸続きで接する北アイルランド(英国の一部)とアイルランド(1930年代に英国から独立したEU加盟国)間の国境は、1998年の北アイルランド和平合意(ベルファスト合意)の趣旨に則り、いかなる物理的な国境も設けることができない。この地域ではかつてナショナリスト系住民とユニオニスト系住民との緊張が激化し、住民間の激しい武力衝突が頻発した。EUは英国の離脱後、南北アイルランド間の国境が規制の抜け道となることを警戒し、英国側に和平合意と調和可能な解決策を提示することを求めた。英国政府は北アイルランドの港湾施設で英EU間の国境管理を行うことを提案し、北アイルランドには離脱後も部分的にEU規則が適用されることになった。

北アイルランドを英国から事実上切り離す取り決めに、英国との一体性を重視するユニオニスト住民の間で不満が高まっている。EU離脱後の北アイルランドの取り扱いを定めた「北アイルランド議定書」の見直しや撤廃を求める声が高まっている。ユニオニスト系の民兵組織は、北アイルランドの港湾施設での国境管理が廃止されるまでの間、ベルファスト合意の支持を留保することを表明している。ブレグジット関連の検査を行う港湾職員の襲撃予告を受け、今年2月には港湾職員を一時退避させ、国境検査が中断した。

英国政府は暴動が発生する以前から、移行期間終了後の北アイルランドでの混乱発生を受け、EUの動植物検疫などの適用を免除する猶予期間を一方的に延長することを決定していた。EUは英国側の一方的な決定に法的措置を取ることを示唆している。こうした英国側の一方的な決定と北アイルランドでの緊張激化を受け、英国のフロスト離脱担当相とEUのセフコビッチ欧州委員が15日に面会し、北アイルランド議定書の運営を巡る協議を加速させることを示唆した。EU側は北アイルランドの港で英国本土との国境管理を行う原則を修正するつもりはなく、北アイルランドでの混乱回避に必要な規則の運営上の見直しが検討されることになる。何らかの見直しで合意できたとしても、ユニオニストの不満が解消されることはないだろう。特にEUの動植物検疫に関しては、EU側が英国に対してEUルールへの動的な調和(将来にわたって同様のルールを採用すること)を求めているのに対し、英国側は米国との自由貿易協定(FTA)締結を睨み、EUルールと距離を置きたい。

来年5月には北アイルランドの議会選が予定されている。現在、北アイルランド議会(ストーモント議会)の最大会派で、自治政府を率いるユニオニスト政党・民主統一党(DUP)は、今回の離脱合意でユニオニストの権益を守れなかったことで、支持を落としている。最近の世論調査では、アイルランドの再統一を主張するナショナリスト政党・シンフェイン党がリードしている。ナショナリスト政党が北アイルランド議会の最大会派となったことはなく、このことも北アイルランドの不安定化を加速する恐れがある。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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