「再びのトルコ・ショック」は新興国を揺らすか

~トルコの対応、世界経済の回復を挫き得るイベントの行方がカギを握る~

西濵 徹

要旨
  • 昨年後半以降の国際金融市場は全世界的な金融緩和に伴い「カネ余り」の様相を強めるなか、世界経済の回復期待も追い風に活況を呈してきた。より高い収益を求める一部のマネーは新興国に回帰する動きもみられたが、米長期金利の上昇を契機に環境が変化するなか、トルコでは中銀総裁の更迭を理由に通貨リラ相場が急落する「トルコ・ショック」が再燃している。トルコは経済のファンダメンタルズが脆弱であり、仮に利下げに動けば格下げのほか、通貨安の進展がデフォルトリスクを高める可能性にも注意する必要があろう。
  • 国際金融市場を取り巻く環境変化を受けて新興国市場を巡る状況は変化しており、新興国の景気回復の足を引っ張る懸念もある。ただし、足下の世界経済は新型コロナ禍からの回復局面にあり、短期的には今回のショックが危機的状況に至る可能性は低い。他方、世界的に感染拡大の動きが広がりをみせており、スエズ運河の航行不能状態が長期化すれば、世界経済の回復の行方を挫くリスクもある。新興国市場の行方については、トルコの対応に加え、世界経済を取り巻く状況にこれまで以上に注視する必要が高いと言えよう。

昨年後半以降の国際金融市場は全世界的な金融緩和により『カネ余り』の様相を一段と強めていることに加え、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けて大きく調整した世界経済の回復が進んでいることも追い風に活況を呈する展開が続いてきた。こうした市場を取り巻く環境に加え、世界的な経済活動の正常化による世界貿易の活発化は経済構造面で輸出依存度が相対的に高い新興国経済にとり追い風となる傾向がある。さらに、全世界的な金融緩和を受けて世界的に金利が低下したことから、一部のマネーはより高い収益を求めて新興国に回帰する動きもみられ、結果的に国際金融市場が活況の度合いを強めてきた。しかし、このところは米国の景気回復期待の高まりを背景に米長期金利は上昇傾向を強めており、昨年半ば以降の資金流入を追い風に上昇してきた新興国通貨や株式は調整する動きをみせるなど、新興国金融市場を取り巻く環境に変化の兆しが出ている

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。また、トルコではエルドアン大統領との金融政策の方向性を巡る対立を理由にアーバル前中銀総裁が更迭されるなど、同国の政策運営に対する不透明感が高まり通貨リラ相場が急落するなど再びの『トルコ・ショック』とも呼べる動きに見舞われている
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。なお、同国では一昨年に米国との関係悪化などをきっかけに通貨リラが暴落する『トルコ・ショック』に直面したほか、その余波は国際金融市場を揺さぶるとともに新興国金融市場にとっては資金流出圧力が強まる事態に発展した
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。一昨年のトルコ・ショックについては、トルコ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は極めて脆弱ながら、上述のようにそのきっかけが外交問題であったことに加え、世界経済自体も拡大局面にあったことも重なり、その後の外交問題の収束や中銀による金融引き締め対応などを受けて国際金融市場は平静を取り戻すに至った
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。他方、今回については大統領による中銀総裁人事への介入という中銀の独立性に対する懸念に端を発する上、後任総裁となったカブジュオール氏は与党・公正発展党(AKP)所属の元国会議員であるほか、エルドアン大統領と同様に低金利政策を志向する姿勢をみせており、昨年末以降にアーバル前総裁の下で金融引き締めに転じて国際金融市場からの信任回復に努めてきた流れが一変する可能性がある。仮に中銀が次回以降の定例会合で利下げ実施に踏み切れば、主要格付機関が格下げを実施することが予想されるほか、そのことをきっかけに資金流出圧力が強まるとともに、リラ相場は短期資金の動向に一段と揺さぶられやすくなることは避けられない。なお、アーバル前総裁による『敢然たる利上げ実施』など金融引き締への転換を受けて、昨年末以降は資金流入の動きが回帰するなど外貨準備高も増加に転じる動きはみられたものの、IMF(国際通貨基金)による国際金融市場の動揺に対する耐性を示すARA(Assessing Reserve Adequacy)に照らせば「適正水準」の下限を大きく下回るなど耐性の乏しい状況は変わらない。さらに、足下のリラ安圧力の高まりを受けて為替介入を実施している可能性を勘案すれば、外貨準備高は急速に減少していると見込まれ、国際金融市場の動揺に対する脆弱さが増していることは想像に難くない。また、リラ安は対外債務残高の膨張を招くとともに、債務負担の増大が幅広い経済活動の足かせとなる可能性があるほか、仮に債務不履行(デフォルト)に陥る事態となれば、同国向けに多額のエクスポージャーを抱えるスペインやフランスのほか、英国やドイツなど欧州系金融機関を中心に悪影響が得ることは避けられず、これらに次ぐエクスポージャーを抱える日系金融機関も無関係ではいられない。その意味では、当面はトルコ中銀の対応やそれに伴う国際金融市場の反応を注視する必要性が高まっていると言える。

図1 リラ相場(対ドル)の推移
図1 リラ相場(対ドル)の推移
 図2 トルコの外貨準備高とARAの推移
 図2 トルコの外貨準備高とARAの推移

上述したように、このところ国際金融市場を取り巻く環境が大きく変化していることを受けて、昨年半ば以降は全世界的なカネ余りに加え、世界経済の回復期待も追い風とする資金流入を反映して底入れの動きを強めてきた新興国の通貨及び株式は頭打ちしており、新興国への資金流入の動きは一服している様子がうかがえる。なお、昨年の世界経済の急減速を受けた国際原油価格の調整に伴い原油を輸入に依存する国々では経常収支が改善する動きがみられたものの、その後の底入れを受けて経常収支は圧迫されるなど対外収支構造は再び脆弱さが増しており、資金流入の動きが先細りすることは経済活動の足かせとなることで景気回復の足を引っ張ることが懸念される。さらに、ここ数年に亘って新興国では米ドルをはじめとする外貨建てでの資金調達の動きが活発化してきたが、昨年半ば以降は国際金融市場がカネ余りの様相を一段と強めていることに加え、全世界的に金利が低下したことも相俟って外貨建てによる資金調達の動きは大きく後押しされている。こうしたことから、足下において新興国通貨に対する調整圧力が強まっていることは、多くの新興国にとって債務負担の増大に繋がるとともに、資金流入の先細りが経済活動の足を引っ張るなかで景気回復の勢いを挫くことが懸念される。他方、上述したように一昨年のトルコ・ショックに際しては、世界経済が拡大の動きを維持したことで、結果的に国際金融市場の動揺が収束する動きに繋がっており、足下の世界経済も新型コロナウイルスのパンデミックからの回復の動きが景気拡大を後押ししていることを勘案すれば、現時点においては今回のトルコ・ショックが『危機的状況』に至るリスクは低いと判断出来る。ただし、足下では欧州で新型コロナウイルスの感染再拡大により行動制限が再強化される動きが広がっており、景気回復が期待された流れに悪影響が出るほか、多くの新興国でも変異株による感染拡大の動きが確認されるなど、全世界的に感染が再拡大する可能性が高まっている。世界的にワクチン接種の動きが広がりをみせていることを勘案すれば、昨年のような全世界的な行動制限の動きに繋がる可能性は低いと見込まれるものの、景気回復の足かせとなる動きが顕在化することで国際金融市場が動揺に敏感になるリスクはある。さらに、国際海運の要衝であるエジプトのスエズ運河では大型コンテナ船が座礁して航路を塞ぐ事態となっており、復旧作業は長期化する可能性が懸念されている上、運河の周辺では多数のコンテナ船が大渋滞を引き起こす事態となっている。また、スエズ運河の航行不能状態が長期化すれば、コンテナ船は喜望峰を回るルートでの航行を余儀なくされるなど時間及びコストの両面で負担増要因となることから、世界的な物流の動きに悪影響が出ることは必至である。よって、これらの動きが早期に改善出来るか否かは世界経済の行方に加え、国際金融市場を取り巻く状況にも影響を与える要因となり得るとともに、活況を呈してきた新興国市場を巡る状況の一変させる可能性がある。再びの『トルコ・ショック』が新興国市場を揺るがすものとなるか否かは、今後のトルコの対応に加え、世界経済を取り巻く状況にも注意を払う必要が高いと言えよう。

図3 MSCI新興国通貨及び新興国株式指数の推移
図3 MSCI新興国通貨及び新興国株式指数の推移
図4 新興国における債券発行残高の推移
図4 新興国における債券発行残高の推移

以 上
【参考文献】

1 今月 11 日付レポート「新興国金融市場に変化の兆し、米国など主要国の動向がカギに(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2020/nishi210311emerging.pdf)」

2  今月 22 日付レポート「やはり、エルドアン大統領の堪忍袋の緒は切れた...(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2020/nishi210322turkey.pdf)」

3  2018 年8月 13 日付レポート「「トルコ危機」で再燃する新興国リスク(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/nishi180813emerging.pdf)」

4  2018 年 10 月 17 日付レポート「「トルコ・ショック」収束であらためて考える新興国の課題(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/nishi181017emerging.pdf)」

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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