ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

なぜ、虐待はなくならないのか?

~「個人の責任」から「社会構造」の問題へ~

後藤 博

目次

1. 虐待問題の本質は

児童、障害者、高齢者——。支援やケアを必要とする人々が、最も安全であるはずの家庭や施設で心身を傷つけられるという痛ましい報道が後を絶たない。こうしたニュースに触れるたび、加害者の非人間性や異常性を非難し、「信じられない」と裁くことで問題を処理しようとしがちである。

しかし、虐待を「特定の悪意ある個人」の問題としてのみ捉える限り、その根本的な解決には至らない。なぜなら、「孤立」「ストレス」「無理解」という社会の構造的な歪みによって生まれる多くの虐待 (注1) は、弱い立場の人々をケアする現場で最も顕著に現れ、噴出した現象だからである。

本稿の目的は、虐待という深刻な人権侵害を、加害者の「個人の資質」の問題として切り捨てるのではなく、その背景にある問題を「社会的孤立」「構造的ストレス」「当事者への無理解」という3つの視点から考察し、明らかにすることである。そのうえで加害者と被害者の双方を生み出さない社会のあり方を探り、私たち一人ひとりの意識と行動の変革を促すことにある。

2. 数字が示す虐待の現状

厚生労働省やこども家庭庁の最新の統計によれば、虐待の相談・認定件数は高止まり、あるいは増加の一途を辿っている。

2023年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数は22万件を超え、過去最多を更新した(図表1)。

厚生労働省「令和5年度福祉行政報告例(児童福祉関係の一部)の概況」によると、主な虐待者は「実母」(48.7%)、「実父」(42.3%)であり、実父母が約9割を占めているのが実態である(図表省略)。

また、障害者への虐待に目を転じても、状況は深刻である。厚生労働省の調査によれば、2023年度の「養護者(家族)」による相談・通報件数は前年度比15.3%増、被虐待者数は2,285人で前年度比7.3%増となっている(図表2)。

「障害者福祉施設従事者等」による相談・通報件数は前年度比36.9%増、被虐待者数は2,356人(前年度1,352人から1,004人の増加)となり、増加率は前年度比74.3%増と大幅に跳ね上がっている(図表3)。

図表
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なお、被虐待者数を障害種別にみると、「知的障害」が「養護者(家族)」によるケースでは1,044人(45.7%)、「施設従事者等」によるケースでは1,751人(74.3%)である(厚生労働省「令和5年度 『障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果報告書」2024年12月)。被虐待者はいずれも知的障害のある人々が突出して多い(注2)。

また、高齢者虐待も深刻である。厚生労働省の調査によれば、図表4のとおり、2023年度には「養護者(家族)」による相談・通報件数が4万386件(前年度比2,095件増)、被虐待者数は17,455人(同364人増)で、前年度比2.1%増となっている。

また、「施設従事者等」による相談・通報件数は3,441件(前年度比646件増)、被虐待者数は2,335人(同929人増)となり、前年度比66.1%増と、いずれも過去最多を記録した(図表5)。

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これらの数字から明確に浮かび上がる共通点がある。それは、虐待の大半が「家庭」と「福祉施設」という、本来ならば最も安全であるべき「ケアの現場」で発生しており、加害者もまた「家族」や「支援者」という、最も身近な存在であるという事実である。この現実は、私たちに重い問いを突きつける。なぜ、最も身近な存在であるはずの家族や支援者が、虐待に至ってしまうのか。その背景には、個人の資質を超えた、深刻な構造的問題が潜んでいる。

3. 「加害者」も追いつめられている現実

虐待の背景を探る第一の視点は、「加害者」とされる人々もまた、支援を必要とするほどに追いつめられているという現実である。

高齢者虐待の発生要因として最も多いのは「被虐待者の認知症の症状」(56.4%)であり、次いで「介護疲れ・介護ストレス」(54.8%)が挙げられる(厚生労働省「令和5年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果(添付資料)」)。しかし、これは認知症の人が悪いということではない。症状への対応の難しさと、適切なケア方法を知らないことによる行き詰まりが、虐待の誘発することを意味する。

障害児・者の介護においても、出口の見えない24時間体制のケア、睡眠不足、経済的負担、社会からの孤立が、養護者である家族の心身を極限まで疲弊させる。彼らは「助けて」という声を上げることさえできず、あるいはどこに助けを求めてよいか分からないまま、一人で重圧を抱え込んでいる。 施設における虐待も本質は同じである。現場における慢性的な人手不足、低賃金といった労働環境、そして専門性の高いケアに対する教育体制の不備は、職員を「バーンアウト(燃え尽き症候群)」(注3) させ、感情のコントロールを失わせる要因となり得る。

もちろん、いかなる理由があっても虐待は正当化できない。しかし、データが示すのは、虐待を誘発する要因が純粋な「悪意」であるケースだけでなく、過剰な「疲弊」と「孤立」が限界を超えた結果として、不適切な対応がエスカレートしていくケースが多いという事実である。

虐待に至った家族や職員は、加害者であると同時に、本来であれば利用できるはずの休息サービス、相談窓口、労働環境の保護といった公的支援にアクセスできず、社会的に孤立無援の状態に置かれ、支援を必要としていた「当事者」でもあったといえる(注4)。

4. 「閉鎖性」が助長する虐待の温床

虐待の背景を探る第二の視点は、虐待が発生しやすい環境、すなわち「閉鎖性」の問題である。虐待は「家庭」と「施設」という、外部の目が行き届きにくい「密室」で発生し、深刻化する。かつての日本社会には、良くも悪くも地域コミュニティのつながりがあり、「お節介」とも言える近隣の目が、育児や介護の困難さを分散させ、同時に監視する機能を果たしていた。しかし、都市化と核家族化、そして近年のコロナ禍が地域社会の関係性を希薄化させ、多くの家庭が「孤立した育児」「孤立した介護」を強いられている。

「家庭内の問題」として外部から見えにくくなった結果、問題は水面下で深刻化し、SOSが発せられた時にはすでに手遅れ、という事態を招きやすい。

福祉施設もまた、本質的に「閉鎖空間」となりやすい構造を持つ。入所施設では、利用者の生活の場と職員の職場が一体化し、外部の多様な価値観や視線が入り込みにくい。人手不足の中で日々の業務に追われる職員間では、コミュニケーションが不足しがちになる。

こうした閉鎖的な組織風土の中では、一人の職員による不適切なケアが他の職員に伝播しやすく、次第に感覚が麻痺していくという「負の連鎖」が起こり得る。また、問題を認識した職員がいても、「組織の和を乱したくない」「告発しても握り潰される」という同調圧力から、内部告発が機能しにくいという問題も指摘されている (注5) 。

虐待防止の鍵は、この「閉鎖性」を打破し、「透明性」と「風通し」を確保することである。家庭や施設を「開かれた場所」にし、地域包括支援センターや相談支援専門員といった専門機関、あるいはボランティアや近隣住民といった「外部の目」と積極的につながることが抑止力となる。

5. 虐待は「個人の資質」ではなく「社会構造」の問題

第三の視点として、虐待は「個人の資質」の問題ではなく、社会の仕組みそのものに根差した「社会構造」の問題であると認識する必要がある。

施設虐待の最大の要因が「知識・技術不足」であることは、極めて重要である。障害の特性や認知症の症状(例:大声を出す、徘徊する、暴力を振るう)を、支援者が「問題行動」や「自分への攻撃」と捉えてしまう「無理解」が、罰や拘束といった不適切な対応(=虐待)の入り口となる (注6)。これは、専門的なアセスメント能力や対応技術を学ぶ研修体制、そしてそれを実践するための人員配置が、社会的に十分に保障されていないという構造的な欠陥である。

さらに深刻なのは、介護・福祉職の労働環境である。全産業平均と比較して低い賃金水準、高い離職率、慢性的な人手不足。これらは、ケア労働(注7)の専門性を社会が正当に評価してこなかった結果に他ならない。この構造的な問題が、現場の職員に過剰なストレスを強い、虐待のリスクを増大させる負の連鎖を生み出している。

また、児童虐待と「貧困」の間に強い相関関係があることも、経済構造の問題を浮き彫りにする。経済的困窮は、親の精神的な余裕を奪い、育児ストレスを増大させ、その矛先が子どもに向かいやすくなる。

一方、雇用の場における障害者虐待に目を向けると、「経済的虐待」(使用者による不当な低賃金など)が突出して多い(使用者による虐待の約8割)という実態がある(厚生労働省「令和5年度 使用者による障害者虐待の状況等」)(注8)。これは、障害者を安価な労働力として搾取することを許容してきた、社会の歪んだ価値観そのものを反映している。

このように、虐待は社会のセーフティネットの欠如、福祉や教育へのリソース配分の不均衡、そして経済格差といった構造的な問題が、最も弱い個人へのしわ寄せとなって噴出した現象なのである。

6. 私たち一人ひとりができること —— 「無関心」から「行動」へ

本稿で見てきたように、虐待は「悪意ある個人」が生み出すものではなく、「孤立」「ストレス」「無理解」そして「社会構造の歪み」が助長するものである。虐待を根絶するために必要なのは、加害者を断罪して社会から排除することではなく、虐待を生み出す土壌そのものを変革することである。

そのために、私たち一人ひとりに何ができるだろうか。

第一に「知る」ことである。障害や認知症の特性、介護者の現実を正しく理解する努力が、「無理解」の克服につながる。

第二に「気づく」ことである。「あの家、最近子どもの泣き声がずっと続いている」「介護で疲れ切っている様子の隣人」などの追いつめられている人々の小さなサインに関心を持ち、地域の中で孤立させない視線が求められる。

第三に「つなぐ」ことである。もし虐待を疑うサインに気づいたら、ためらわずに専門の相談窓口(児童相談所虐待対応ダイヤル「189」(注9)、市町村の障害者・高齢者虐待防止センターなど)に連絡することである。これは「密告」ではなく、追いつめられた家族や本人を「支援につなぐ」ための最も重要な行動である。

社会全体としては、介護・福祉職の待遇を抜本的に改善し、専門職としての地位を確立すること、ケアラー(介護者)支援の制度を拡充すること、そして何よりも、地域コミュニティを再構築し、孤立する個人や家庭を支えるセーフティネットを張り巡らせることが急務である。

虐待は、決して「他人事」ではない。私たちが生きる社会の鏡である。「自分には関係ない」という「無関心」こそが、虐待を容認し、助長する最大の要因である。私たち一人ひとりが傍観者でいることをやめ、社会構造の問題として捉え直すことから、真の解決が始まるのではないだろうか。


【注釈】

  1. 虐待の定義:本稿における「虐待」とは、主に「児童虐待の防止等に関する法律」「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」「高齢者の虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」の3法に基づき定義される、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト(養護の怠慢・放棄)、心理的虐待、経済的虐待を指す。

  2. 知的障害者の被害:障害者虐待において知的障害者の被害が突出して多い背景には、本人が被害を認識しにくい、または他者に助けを求めるコミュニケーションが困難である場合が多いことや、行動障害を伴う場合の支援の難しさが、養護者や支援者の不適切な対応を誘発しやすいことなどが要因として指摘されている。

  3. バーンアウト(燃え尽き症候群):対人援助職(福祉、医療、教育など)の従事者が、継続的な職務上のストレスにより、情緒的消耗感、脱人格化(思いやりのない対応)、個人的達成感の低下をきたす状態を指す。

  4. 加害者支援の視点:虐待に至った養護者(家族)もまた、介護や育児の過度な負担、経済的困窮、社会的孤立といった問題に直面している場合が多く、「支援を必要とするケアラー」としての側面を持つ。この視点は、加害者への非難だけでなく、養護者への支援(ケアラー支援)こそが虐待予防の鍵であるという考え方につながる。

  5. 福祉現場の内部告発:福祉施設は、職員間の人間関係が密接であり、かつ「利用者のために」という理念が強いほど、組織内部の問題を外部に発信することへのためらいが生じやすいとされる。公益通報者保護制度は存在するものの、通報後の不利益な取り扱いへの懸念から、声が上がりにくい構造がある。

  6. スリッパリー・スロープ(滑りやすい坂):福祉現場では、「虐待」と「不適切なケア」の境界が問題となることが多い。「不適切なケア」は、虐待には至らないものの、利用者の尊厳を損なう可能性のある対応(例:乱暴な言葉遣い、本人の意向を無視したケア)を指す。この「不適切なケア」の放置が、職員の感覚を麻痺させ、深刻な虐待へとエスカレートする現象を指す。

  7. ケア労働:高齢者、障害者、児童など、他者の身辺的な世話や生活支援を行う労働を指す。生命の維持に不可欠なエッセンシャルワークでありながら、歴史的に家庭内の無償労働と見なされてきた経緯から、社会的にその専門性や労働価値が低く評価されがちな傾向にあった。

  8. 使用者による経済的虐待:具体例としては、障害者であることを理由に最低賃金以下の時給で雇用する、本人の同意なく財産(預貯金や年金)を管理・流用する、不当な名目で賃金から金銭を差し引く、などが挙げられる。

  9. 虐待対応ダイヤル「189(いちはやく)」:児童相談所に通告・相談ができる全国共通の3桁ダイヤルである。通告は匿名で行うことができ、通告者の秘密は守られる。障害者・高齢者虐待については、各市町村に設置されている相談窓口(障害福祉課、高齢福祉課、地域包括支援センターなど)が対応の第一義的な窓口となる。

【参考文献】

  • こども家庭庁「令和5年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数」(2025年3月)

  • 厚生労働省「令和5年度 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」(2024年9月)

  • 厚生労働省「令和5年度 使用者による障害者虐待の状況等」(2024年9月)

後藤 博


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

後藤 博

ごとう ひろし

ライフデザイン研究部 シニア研究員
専⾨分野: 保健・介護福祉、障害者アドボカシー

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