人口減少下の経済政策のリバランス

~生産者側の市場基盤に焦点をあてて~

大柴 千智

要旨
  • 本レポートでは、人口減少が日本経済に及ぼす影響を踏まえ、競争政策と産業政策の視点から人口減少下における課題について論じる。
  • 従来、競争政策は市場の自由化を通じて「消費者」側の便益向上に貢献してきたが、人口減少下においては、利益の偏在や公共サービスの低下という問題が深刻化している。
  • 一方、産業政策は、企業支援やインフラ投資を通じて「生産者」側の利益を支える政策であり、今後は両政策のリバランスの必要性が一層増すだろう。
目次

1.はじめに

現代日本は、長期にわたる人口減少という大きな社会変動に直面している。人口減少は、単に労働力や消費者の減少に留まらず、市場全体の需要縮小や地域間の経済格差の拡大といった、複雑な影響をもたらす。本レポートでは、消費者側の便益に資する「競争政策」と、生産者側の利益を支える「産業政策」という2つの政策の基本概念と歴史的展開を概観するとともに、人口減少下での市場の失敗の理論的背景と現状の問題点を踏まえて、今後の政策におけるリバランスの必要性について基本的な考え方を整理していくものである。

2.競争政策と産業政策の基本的な整理

競争政策」とは、市場における自由な競争を促進することで、消費者の利益や便益を最大化することを目的とした政策である。具体的には、価格競争の促進、サービスの質の向上、効率的な資源配分の実現などが挙げられる。市場原理に基づき、企業間の競争を通じて、最終的には消費者に還元されるメリットが重視される。

一方、「産業政策」は、政府が特定の産業や生産者を戦略的に支援し、国内産業の競争力強化や技術革新、雇用の維持を図る政策である。産業政策は、補助金、税制優遇、公共投資や規制緩和など、さまざまな手段を用いて生産者側の便益を支え、国全体の経済基盤の強化を目指す。

日本の戦後の経済発展を振り返ると、高度経済成長期には、政府主導の産業政策が果たす役割が極めて大きく、企業の成長やインフラ整備、技術革新が国策として推進された。しかし、バブル崩壊以降、財政健全化やグローバル競争の激化、また規制改革・構造改革を背景に、市場の自由化や規制緩和が進められ、競争政策が政策の前面に出るようになった。こうした流れの中で、従来の産業政策は縮小される一方、自由市場における競争が消費者の利益を確保する主要な手段とされるようになった。

3.人口減少下における市場の変化と課題

しかし、現代において日本は深刻な人口減少という新たな局面に入り、市場環境は大きく変化している。

例えば、人口が減少することで全体の需要規模が縮小すると、自由競争下では企業が従来の採算モデルを維持することが難しくなる可能性が指摘できる。その背景には、以下のような経済学的な特徴を持った問題が、人口減少下では顕在しやすくなることが挙げられる。

第一に、「規模の経済」が働きにくくなる問題がある。規模の経済とは、生産規模が拡大することで単位当たりの生産コストが低下する現象を指す。しかし、人口減少下では市場全体の需要が縮小し、生産規模を拡大すること自体が難しくなるため、生産効率が低下し、コスト増が生じやすくなる。

第二に、「ネットワーク効果」の低下が懸念される。ネットワーク効果とは、あるサービスや製品の利用者が増加するほど、そのサービスの価値が向上する現象である。たとえば、通信サービスや公共交通などは利用者が多ければ多いほど利便性やサービス価値が高まる。しかし、人口が減少して利用者が減ると、サービスの価値自体が低下し、さらなる利用者離れを引き起こす悪循環に陥るリスクがある。

第三に、「自然独占」における課題が深刻化する。自然独占とは、電気、ガスといったインフラ事業のように、設備や施設の初期投資が膨大で、規模の経済が非常に高い市場を指す。こうした市場では、複数企業が参入すると市場全体のコストが増加し非効率になることから、単一企業による供給が最も効率的となる。しかし、人口減少に伴い市場全体の需要が縮小すると、自然独占市場では企業の収益性が悪化して、事業維持が困難になる恐れがある。このため企業は、利益が確保できる都市部といった人口の多い地域に集中してサービスを提供するようになり、逆に人口の少ない地域ではサービスが縮小、停止するような状況に陥りやすい。

特に、「公共交通」、「電力、ガス」などの公共性の高いインフラ事業においては、上記のような課題が生じやすい(いわゆる「市場の失敗」)。例えば、バス事業においては、採算性の高い都市部の路線に企業が資源を集中させる「クリームスキミング」現象が顕著になっている。人口の集中しやすい都市部では多数のバス会社が競争し利益を生む一方で、特に地方の短距離路線や過疎地域の路線では採算が取れず、事業継続が困難になるケースが増えている。こうした産業ではネットワーク効果が大きな役割を果たすため、需要の集約が必要とされる。一方で、需要が分散してしまうと、規模の経済が働かなくなり、投資回収が困難になるリスクが高まる。

これは、自由化の進展により、採算性の高い部分に企業が集中するという市場の自然な動きであるが、公共サービスとしての側面では深刻な問題である。同様の現象は、電力やガスなど、従来は地域独占の形態で運営され、需要家の確実な存在により投資回収が可能だった分野にも見られ、人口減少が進む中で、これらのインフラ維持が困難になる恐れがある。

このような現実を踏まえると、現代日本における経済政策は、単一の競争政策に偏るのではなく、産業政策とのバランスを再検討する必要がある。競争政策は、消費者の利便性を追求する上で依然として重要な政策であり、市場の効率性向上やイノベーション促進に貢献している。しかし、供給面の問題、特に採算性の低い地域やインフラ維持においては、民間企業のみの力では十分な対応が困難である。こうした、市場メカニズムだけでは最適化が難しい場合が多く、政府の積極的な介入が求められる領域に対しては、産業政策を通じた補助金制度の導入や、公共投資による基盤整備の必要性が、今後は現状以上に高まってくるだろう。

4.競争政策と産業政策のリバランスの必要性

本レポートでは、人口減少が日本経済に及ぼす影響を踏まえ、競争政策と産業政策の基本概念、歴史的展開、そして現代における課題について論じた。従来、競争政策は市場の自由化を通じて消費者の便益向上に貢献してきたが、人口減少下においては、利益の偏在や公共サービスの低下という問題が深刻化している。一方、産業政策は、企業支援やインフラ投資を通じて生産者側の利益を支え、公共性の確保に寄与する手法として再評価されるべきである。

競争政策と産業政策のリバランスが不可欠であり、自由競争のメリットを維持しつつ、過疎地域や採算性の低い分野への支援を強化することで、国全体の生活基盤と経済の持続可能性を確保する必要がある。

以 上

【参考文献】

  • 大橋弘(2021)「競争政策の経済学」

  • 明城聡、大西宏一郎(2022)「産業組織のエッセンス」

大柴 千智


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

大柴 千智

おおしば ちさと

経済調査部 副主任エコノミスト(~25年3月)
担当: 日本経済短期予測

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