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ウクライナ情勢下のOECD、今後の国際秩序を占う試金石に

~「普遍的価値観」と「アウトリーチ」の狭間で~

石附 賢実

要旨
  • OECDは自由・民主主義・法に基づく支配・人権といった普遍的価値観を共有する先進国の集まりとなっている。志を共有することを英語でLike-mindedと表現するが、OECDはまさにLike-mindedな国家の集まりである。
  • OECDは非加盟国を巻き込みながら様々な国際標準の設定に貢献している。また、G20との関係強化、OECD加盟国そのものの拡大や東南アジアへの関与などの「アウトリーチ(非加盟国への関与)」を積極化してきた。
  • 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略は、普遍的な価値観を共有するLike-mindedな国家の集まる国際機関として、OECDの結束を一気に強めた。同日中に非難声明を公表、ウクライナとの連帯を表明した。
  • 6月9・10日に開催されたOECD閣僚理事会の声明では、民主主義や法に基づく支配といった価値観の重要性が改めて強調された。進捗中の加盟国拡大プロセスにおいても「志を同じくするOECDの本質を保持していく」とした。
  • 国際秩序が揺さぶられている今こそ、普遍的価値観を共有する国際機関としてのOECDの存在感は際立つ。また、価値観を大事にしながらも非加盟国もテーマ毎にアドホックに参加できるのがOECDの柔軟性であり強みでもある。国連安保理やWTOの機能不全が叫ばれるなかで、OECDのブレない「普遍的価値観」と、柔軟な「アウトリーチ」が今後の国際秩序の安定に役立つ場面も想像される。
  • ウクライナ情勢を受けて価値観重視のハードルが上がると、これまで通りの非加盟国との協働が難しくなる可能性がある。例えばASEANは必ずしも価値観でOECDに近いとは言えない。G20へのロシア参加の是非はG20メンバー国の中でも意見が割れており、G20とOECDとの関係も難しい舵取りが求められることとなる。
  • 価値観に基づく結束という内向きのベクトルと、非加盟国への価値観の浸透あるいはスタンダード・セッターとしての影響力拡大という外向きのベクトルが交錯するなかで、2月24日を境に瞬時に振れた振り子をどうバランスさせていくのか。OECDの動向は今後の国際秩序を占う上での試金石の一つとなるであろう。
目次

1.OECDとは

OECD(経済協力開発機構)の前身である欧州経済協力機構(OEEC)は、第二次世界大戦後の1948年に米国によるマーシャル・プラン(欧州復興支援策)の受入体制の整備を目的に設立された。その後、欧州と米国が自由主義経済発展のための協力機構としてOEECを発展的に解消させ、1961年にOECDが設立された。このような経緯もあって、1961年当初の加盟国(原加盟国)は米・加以外は全て欧州国であり、現在においても欧州色の非常に強い組織である。日本は1964年に原加盟国以外で、かつ非欧米国として、初めて加盟した。

資料 1 OECD加盟国とG20
資料 1 OECD加盟国とG20

成り立ちに加えて加盟国(資料1)を見ても分かる通り、OECDは自由・民主主義・法に基づく支配・人権といった普遍的価値観を共有する先進国の集まりとなっている。志を共有することを英語でLike-mindedと表現するが、OECDはまさにLike-mindedな国家の集まりである。

OECDの活動は経済を切り口とした幅広いものとなっており、活動を支える事務局は世界最大のシンクタンクとも称される。このシンクタンク機能を活用してOECD非加盟国を巻き込みながら様々な国際標準の設定に貢献しており、スタンダード・セッター(標準設定者)とも呼ばれる。特に近年、中国・インドネシア・ロシアなどを含むG20との戦略的パートナーとしての関係強化がOECDの国際政治におけるプレゼンスを大きく向上させてきた。また、テーマによって非加盟国を柔軟に取り込むことも推し進めている(注1)ほか、加盟国そのものの拡大や東南アジアへの関与強化(注2)など、様々な手段を通じて「アウトリーチ(非加盟国への関与)」を積極化してきたところである。中国のような価値観の異なる国をLike-mindedな先進国の普遍的な価値観に基づくルールに関与させる上で、OECDは貴重なプラットフォームとして発展してきたと言えよう。OECD詳細は拙稿「OECD閣僚理事会に寄せて」(2021) 「https://www.dlri.co.jp/report/ld/155105.html」も参照されたい。

2.ウクライナ侵略後のOECDの対応

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略は暴力に基づく現状変更の試みであり決して許されるものではなく、法に基づく支配といった普遍的な価値観を共有するLike-mindedな国家の集まる国際機関として、OECDの結束を一気に強めた。同日中に非難声明を公表、ウクライナとの連帯を表明した。特に欧州各国にとっては目と鼻の先で侵略戦争が勃発しており自国の安全保障と直結する事態と言えるが、地理的に遠い中南米やアジア大洋州を含めた加盟38か国総意の下で侵略開始当日中に非難声明を発出できたのは、まさにOECD加盟国が共通の価値観の下に結束していることの証左であろう(注3)。翌2月25日には2014年のクリミア侵攻以来留保(postpone)していたロシアのOECD加盟プロセスを完全に終了(terminate、 注4)させ、3月8日にはOECDのあらゆる会議体へのロシアとベラルーシの参加資格を停止した(suspend、注5)。

一方で非加盟国を見回すと、中国はウクライナ侵略後もロシアとの友好姿勢を継続し、インドやASEANの一部の国なども中立的な立場を崩していない。今後、西側民主主義陣営と中露をはじめとした権威主義陣営との間の分断の深まりや綱引きが想定され、まさに国際秩序が揺さぶられている状況である。

3.OECD閣僚理事会(2022年6月)

次に、2022年6月9・10日に開催されたOECD閣僚理事会の声明に注目したい。資料2は声明の頻出ワードを視覚的に表したワードクラウドである(注6)。

資料 2 OECD閣僚理事会声明 ワードクラウド
資料 2 OECD閣僚理事会声明 ワードクラウド

前回開催時2021年10月と比較すると、climate(気候)は引き続き頻出しており、ウクライナ情勢に関わらず重要テーマとなっている。新たにワードクラウド上に出現したのは food(食料)、energy(エネルギー)、war(戦争)、russia(ロシア)、ukraine(ウクライナ)である。ウクライナ情勢下で食料・エネルギー安全保障がテーマとして急浮上したことが伺える。

ワードクラウドは出現頻度の高いワードを視覚的に示したもので、その変遷は外部環境の変化を理解する上でヒントとなる一方で、出現頻度が少ない、すなわちワードクラウドに登場しなくとも重要なワードや文脈は当然に存在する。資料3は出現頻度に関わらず声明から重要と思われるポイントを抜粋したものである。

資料 3 2022 年 6 月 10 日 OECD 閣僚理事会声明和訳・抜粋
資料 3 2022 年 6 月 10 日 OECD 閣僚理事会声明和訳・抜粋

まず、ロシアへの非難、ウクライナとの連帯を示した上で、キーウ事務所の設置を歓迎するなど将来のウクライナ復興に関与していく姿勢を鮮明にした。詳細は今後となるが、OECDによるウクライナ復興支援が第二次世界大戦後のマーシャル・プラン(注7)や冷戦を想起させるような「ニュー・マーシャル・プラン」の様相を見せていくのか、今後の動向が注目される。

そして民主主義や法に基づく支配といった価値観の重要性を改めて強調したことが今回の声明で最も象徴的なポイントの一つと言えるだろう。「民主主義の経済的・社会的基盤を強化する」「民主主義と法に基づく支配、人権の重要性を確信している」との言及とともに、進捗中のブラジル・ブルガリア・クロアチア・ペルー・ルーマニアを含め、加盟国拡大プロセスにおいて、「志を同じくするOECDの本質を保持していく」とした。加盟国となる国については、民主主義や法に基づく支配といった普遍的価値観を共有することが必須であるという意思表示を改めて示したことになる。

先述の通りこれまでOECDは非加盟国を柔軟に取り込む方策を推し進めてきたが、今回の声明においても「オープンなOECD」「(非加盟国を中心とした)地域プログラムの継続」「東南アジアの戦略的優先事項」「アフリカ諸国等との関わりの強化(注8)」などが強調されている。

4.「普遍的価値観」と「アウトリーチ」の狭間で

東南アジアを含む非加盟国には、民主主義や法に基づく支配といった視点でOECDの水準に到達していない国も多い。例えば「自由」は民主主義の前提として不可欠な要素の一つであるが、一例としてASEANを見てみると、米Freedom Houseの自由度3分類でFree(自由)に分類されている国は一つもなく、Not Free(自由ではない)が6か国、Partly Free(一部自由)が4か国となっている(注9)。実際、OECD加盟プロセス下の5か国は南米と東欧で占められており、アジアの国は一つもない。

国際秩序が揺さぶられている今こそ、民主主義・法に基づく支配といった価値観を共有する国際機関としてのOECDの存在感は際立つ。また、価値観を大事にしながらも非加盟国もテーマ毎にアドホックに参加できるのがOECDの柔軟性であり強みでもある。国連安保理やWTOの機能不全が叫ばれるなかで、OECDのブレない「普遍的価値観」と、柔軟な「アウトリーチ」が今後の国際秩序の安定に役立つ場面も想像される。しかしながら、ウクライナ情勢を受けて価値観重視のハードルが上がると、これまで通りの非加盟国との協働が難しくなる可能性がある。例えばASEANは先に見た通り必ずしも価値観でOECDに近いとは言えない。G20を見てもロシア参加の是非はG20メンバー国の中でも意見が割れており、そうしたG20とOECDとの関係も難しい舵取りが求められることとなる。

価値観に基づく結束という内向きのベクトルと、非加盟国への価値観の浸透あるいはスタンダード・セッターとしての影響力拡大という外向きのベクトルが交錯するなかで、2月24日のロシアによるウクライナ侵略を境に瞬時に振れた振り子をどうバランスさせていくのか。OECDの動向は今後の国際秩序を占う上での試金石の一つとなるであろう。

以 上

【注釈】

  1. OECDはG20などの非加盟国を巻き込みながら様々な国際標準を設定している。

<OECDの代表的な国際標準等>
<OECDの代表的な国際標準等>

  1. 例えば、OECDは毎年東南アジア地域フォーラムを開催し、政策対話を実施している。2022年2月には韓国で閣僚級会合が開催されている。
    https://www.oecd.org/southeast-asia/events/

  2. 2022年2月24日OECD声明(ロシア非難・ウクライナへの連帯)
    https://www.oecd.org/newsroom/statement-of-oecd-council-on-the-russian-aggression-against-ukraine.htm
    ウクライナ侵略当日のOECD内の模様はOECD日本政府代表部ホームページ「ロシアのウクライナ侵略:OECDの対応」に詳しい。
    https://www.oecd.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00126.html

  3. 2022年2月25日OECD声明(ロシアの加盟プロセス終了)
    https://www.oecd.org/newsroom/statement-from-oecd-secretary-general-on-initial-measures-taken-in-response-to-russia-s-large-scale-aggression-against-ukraine.htm

  4. 2022年3月8日OECD声明(ロシア・ベラルーシのOECD会議体への参加停止)
    https://www.oecd.org/newsroom/statement-from-the-oecd-council-on-further-measures-in-response-to-russia-s-large-scale-aggression-against-ukraine.htm

  5. ワードクラウドに出現せずに、文中に存在しているワードは多数存在する。出現頻度の高い順に大きいフォントで生成される。なお「OECD」はクラウドから除外した。

  6. マーシャル・プランは第二次世界大戦後に米国によって推進されたヨーロッパ諸国に対する復興支援策の通称。ソ連をはじめ東側諸国は参加せずその後の冷戦構造に繋がっていった側面もあるとされる。

  7. 2022年6月10日OECD閣僚理事会で“Towards an OECD-Africa Partnership”が採択された。今後6か月かけてパートナーシップの柱や協力範囲を絞り込んでいくこととしている「https://www.oecd.org/mcm/2022-OECD-Africa-Partnership-EN.pdf」。

  8. 米Freedom Houseの調査では各国が自由度別にFree(自由)、Partly Free(PF、一部自由)、Not Free(NF、自由ではない)の3つに分類される。2022年版においてASEANは4か国(インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール)がPartly Freeに分類され比較的自由とされる一方で、残る6か国はNot Freeに分類される。インドはPartly Freeとされる。中露はNot Freeに分類されており、自由度でASEANを概観すると中露との距離感が近い国も多いとされるのが現状である。OECD加盟国の最低スコアは近年エルドアン大統領の強権ぶりが目立つとされるトルコの32(NF)で突出、次にメキシコの60(PF)、コロンビアの64(PF)、ハンガリーの69(PF)と続き、このほかの34か国は全てFreeとなっている。現在加盟手続中の5か国(ブラジル・ブルガリア・クロアチア・ペルー・ルーマニア)はいずれもFree。

図表5
図表5

【参考文献】

石附 賢実


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。