OECD閣僚理事会に寄せて

~コールマン新事務総長就任と米国のマルチ重視シフト~

石附 賢実

要旨
  • 2021年5月31日・6月1日にOECD(経済協力開発機構)閣僚理事会が開催される。注目するポイントは2つ。①アンヘル・グリア事務総長の3期15年の任期満了に伴い、オーストラリアのマティアス・コールマン氏が新事務総長に就任する。②米国が同会合の議長を務める。米国のマルチ(多国間枠組み)重視シフトの象徴の一つとなる。

  • OECDは自由・民主主義や法に基づく支配などの普遍的な価値観を共有する先進国の集まりであるとともに、2,000人もの専門家を抱える世界最大のシンクタンクと称される。グリア氏の在任中にG20の戦略的パートナーとしてその存在感を高めた。世界経済の重心が新興国に移る中で引き続き存在感を発揮できるかOECD新事務総長コールマン氏の手腕が問われる。

  • 米国ではバイデン政権が誕生し、自国第一主義からマルチ・同盟国重視にシフトしつつある。OECDが普遍的な価値観を共有するLike-minded(志を共有する)な国家の枠組みであるとともに、中国を含むG20への影響力を有していることに鑑みれば、米国が「唯一の競争相手」としている中国と相対する上で、OECDは極めて有用な場であると認識している可能性が高い。政権交代後の米国が本会合で議長役を買って出たとされるのはこうした認識に基づくものと思われる。

  • 日本としてもOECDを活用しない手はない。新事務総長就任および米国のマルチ重視シフトの機を捉え、改めて日本の関与強化姿勢を明確にすべきである。
目次

1.国際経済秩序とOECD

第一生命経済研究所のマクロ環境調査グループでは、Compass for SDGs & Society 5.0(注1)と銘打ち、SDGsやSociety 5.0の羅針盤としての情報発信を通じてその実現に貢献することとしている。SDGsやSociety 5.0に関連した地球規模課題の解決には国際経済秩序の安定が不可欠である。例えば、気候変動対応ではパリ協定に代表されるように各国間の協調とルールが必要である。主要な温暖化ガス排出国が自国第一主義で野放図に排出を継続したら温暖化抑制効果は減退するであろう。また、途上国におけるインフラ投資はSDGs達成に向けて欠かせないが、真に役に立つものとするためには一定のルールが必要である。雇用を生み出さないインフラ投資は地元からの反感を買うだろうし、スリランカが中国からの借款を返済できず、いわゆる「債務の罠」に陥り港湾の権益を中国に譲り渡したのも記憶に新しい。かように国際経済秩序の安定はSDGsやSociety 5.0を実現する上で非常に重要なパーツの一つとなっている。
 筆者は外交の専門家ではないが、外務省での勤務経験、国際機関会合への参加、2013年以降は後述のOECD(経済協力開発機構)に関連した活動の末端で関与している。これらの経験を活かしつつ、一民間企業の研究者の視点で「国際経済秩序」に関する分かりやすい情報発信をしていきたいと考えている。

2021年5月31日・6月1日にOECD閣僚理事会が開催される(注2)。あまりなじみのない方には、OECDの動きはご自身と無縁の話と感じられるかもしれない。しかし、OECDは後述の通り普遍的な価値観を共有する先進国を中心とした国際標準作りの場として日本にとって重要な国際機関である。OECDで定められたルールやガイダンスは安定した国際経済秩序に寄与し、SDGsやSociety5.0に貢献するのみならず、ミクロで見れば個々の企業活動の予見可能性を高め事業の円滑化に資するものである。日本経済のパイもこうした国際ルールの匙加減一つで増減する可能性がある。ひいては個々人の生活水準に影響を与える可能性もあり、決して無縁ではないのである。

2.OECDとは

OECDの前身である欧州経済協力機構(OEEC)は、1948年に米国によるマーシャル・プラン(欧州復興支援策)の受入体制の整備を目的に設立された。その後、欧州と米国が自由主義経済発展のための協力機構としてOEECを発展的に解消させ、1961年にOECDが設立された。このような経緯もあって、1961年時点の原加盟国は米・加以外は全て欧州国であり、現在においても欧州色の非常に強い組織である。日本は1964年に原加盟国以外で、かつ非欧米国として、初めて加盟した。

資料1
資料1

成り立ちに加えて加盟国(資料1)を見ていただいても分かる通り、OECDは自由・民主主義・法に基づく支配といった普遍的な価値観を共有する先進国の集まりとなっている。G20との関係は後述する。志を共有することを英語でLike-mindedと表現するが、OECDはまさにLike-mindedな同志国の集まりである。こうした普遍的価値を共有する枠組みやグルーピングとしてほかにもG7、Quad、D10、T12などが挙げられるが、これらの枠組みに名前が挙がっている国はインドを除き全てOECD加盟国となっている。また、OECD含めて全ての枠組みに重なるのが日米で、日米はLike-mindedな同志国の枠組みの中核的存在であると言える(資料2)。

資料2
資料2

ここで、OECDの活動内容をみてみたい。OECD設立条約の第一条ではその目的を①世界経済の発展、②途上国の経済の健全な拡大、③貿易の多角的かつ無差別的な拡大に貢献する、と定義している。経済と関係する事象は幅広くその活動範囲に含まれ、WTO(世界貿易機関)やWHO(世界保健機関)のように特定の分野に絞った国際機関とは一線を画する組織である。実際、OECDの存在感が増しているのは、昨今の地球規模課題の解決には分野横断的な議論が必要なことと無縁ではないであろう。この幅広い活動を支える事務局は世界最大のシンクタンクとも称され、約2,000人もの専門家を抱えている。
 このシンクタンク機能を活用して様々な国際標準の設定に貢献していることから、国際標準の設定者(international standard setter)とも称され、その影響力は加盟国のみならず幅広く世界に波及している(資料3)。特に近年、G20との戦略的パートナーとしての関係強化がOECDの国際政治におけるプレゼンスを大きく向上させた。例えば、G20からの要請に基づくOECDのBEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)プロジェクトでは、多国籍企業が課税所得を人為的に移転し各国の税源を侵食しているとされる問題の解決に向けて、15項目の行動計画が策定された。G20はOECD加盟国のみならず中国やインドも含まれるし(資料1)、さらにBEPSの枠組みにはG20・OECDの枠組みを超えて139か国が参加している(2021年2月現在。BEPS防止措置のうち租税条約に係る多国間条約には95か国が署名)。また、2019年に採択されたOECDのAIに関する勧告はそのまま同年G20首脳宣言の付属文書となる形でG20のAI原則が採択された。足元ではG20の負託を受けデジタル国際課税の新ルール策定に向けた作業をOECDで進めている。現職のアンヘル・グリア事務総長は3期15年の任期中にこうした国際標準設定やG20への関与強化などに貢献したとされる。

資料3
資料3

(出所)https://www.oecd.org/general/Key-information-about-the-OECD.pdfより第一生命経済研究所作成

OECDのもう一つの特徴としてBIAC(Business and Industry Advisory Committee、経済産業諮問委員会、通称Business at OECD)とTUAC(Trade Union Advisory Committee、労働組合諮問委員会)という加盟各国の労使代表が参加する諮問委員会を有している点が挙げられる。このように労使が議論に参加する正式な仕組みが内包されていることもWTOといった他の国際機関にはない特徴である。日本からは日本経済団体連合会(経団連)がBIACに(直近の活動状況:https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2021/0325_04.html)、日本労働組合総連合会(連合)がTUACに参画している。

3.OECD閣僚理事会で注目するポイント

OECD閣僚理事会は例年5月から6月にかけて開催されるが、2020年はコロナ蔓延の影響で10月に延期の上、バーチャル形式での開催となった。2021年は5月31日・6月1日の開催となり一見例年の運営に戻ったように見えるが、引き続きのバーチャル開催となっている。
 では、来週の閣僚理事会のポイントは何になるのか。筆者は2点注目したい。
 一つ目はオーストラリア人のコールマン新事務総長の就任である。OECDは昨年12月に60周年を迎え、今後、50周年の際に制定された現行のOECDのビジョン・ステートメント ”Better Policies for Better Lives”(より良い生活のためのより良い政策)を洗い替える予定となっている。新ビジョンの策定は新事務総長就任後に本格化することが想定されるが、それでもOECDのプレゼンスと広範な活動領域をどのように引継いで昇華させていくのか、60周年に向けた新事務総長による発信に注目したい。なお、コールマン氏の生まれはベルギーでフランス語も堪能、96年にオーストラリアに移住後に上院議員・財務大臣を務めた人物であり、閣僚経験とともに欧州色の強いOECDでも活動しやすいバックグラウンドを持っている。
 二つ目は米国の動向である。バイデン政権は政権発足初日にパリ協定への復帰を宣言するなど、自国第一主義のトランプ政権から打って変わってマルチ重視の姿勢を鮮明にしている。米国は歴史的に見れば日米貿易摩擦の際も、また直近の米中貿易戦争の際も、バイ(二国間)で相手を屈服させる手法を用いてきたが、政権交代後はマルチの枠組みや同盟国との協調重視を前面に出してきている。しかも、単にマルチというだけではない、普遍的な価値観を共有するLike-mindedな国家の枠組みというOECDの特徴、また先述の通りOECDが中国を含むG20への影響力を有していることに鑑みれば、米国が「唯一の競争相手」としている中国と相対する上で、OECDは極めて有用な場であると認識している可能性が高い。今回会合で米国が議長役を買って出たとされるのはこうした認識に基づくものと思われる。
 なお、自国第一主義であったトランプ前政権は、現在もOECDで各国間の調整が続けられているデジタル国際課税の新ルールの事務局案について、骨抜きにする提案を行うなど、OECDにおける合意形成に非協力的な姿勢も見られた。政権交代後はこの骨抜き案を取り下げた上、報道によれば建設的な新提案も提示しているとされ、協調姿勢を示しているように見える。デジタル国際課税の新枠組みは7月の合意を目指しているとされており、閣僚理事会の時点ではその成否の動向は見通せないと思われる。

4.OECDの今後と日本

中国を始めとした途上国の発展に伴い、名目GDPでみれば世界に占めるOECD加盟国の割合は2000年の81.8%から2019年には61.2%と低下傾向が続いている(資料4)。OECDの価値観とは相反する中国をはじめとした権威主義体制の存在感も格段に大きくなってきている。他方で、OECDはそのシンクタンク機能をいかんなく発揮し、G20を始めとした域外国への影響力を強めてきた。

資料4
資料4

OECDのプレゼンスにかかる様々な方向感のベクトルが交錯するなかで、OECDが引き続きinternational standard setterとしての地位を保持し続けることができるかどうか、重大な局面を迎えている。OECDは2007年以降、加盟国以外の「キー・パートナー国」と称して中国、ブラジル、インドネシア、インド、南アフリカとの関係強化を図っている。チャレンジングではあるが、中国のような価値観の異なる国をLike-mindedな先進国の普遍的な価値観に基づくルールに巻き込んでいく上で、OECDは貴重なプラットフォームと言えよう。

戦後、日本はルールに基づく自由で開かれた国際経済秩序のメリットを享受して発展してきた。日本が引き続き経済力で存在感を発揮し続けるためには、日本企業が中国などの異なる経済体制の下の企業と同じ土俵で戦えるよう、普遍的な価値観を共有するOECDにおけるstandard settingを擁護・促進していかねばならない。つまり、今後もOECDがその存在感を発揮し続けることが日本の国益に適うことを認識しながら、OECDにおける議論に積極的に参画すべきであろう。これは日本政府のみならず先述のBIACやTUACを通じて影響力を発揮できる日本の労使代表も同様であり、ルールに基づく自由で開かれた国際経済秩序を守るその一翼を政府とともに担い、積極的に議論に参画していくことが求められている。

以 上

【注釈】
1) SDGs:2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)。17のゴール・169のターゲットから構成される。
Society 5.0:狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会。経団連では「デジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会」と定義。
2)OECD閣僚理事会:理事会はOECDの最高意思決定機関で、そのうち閣僚理事会は加盟国の関係閣僚が出席して通常年1回開催される。過去1年間の活動の総括を行うとともに、将来の政策の指針を打ち出す(外務省HPより)。

【参考文献】

石附 賢実

石附 賢実

いしづき ますみ

総合調査部 マクロ環境調査G グループ長
専⾨分野: 経済外交

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