ASEAN・インドへの武器移転でロシアが存在感

~米中露との距離感を経済・武器・価値観で概観~

石附 賢実

要旨
  • 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略に端を発し、民主主義的な国家と権威主義的な国家との間での分断が深まる可能性が懸念されており、ビジネス界においても中国とASEAN各国等とのサプライチェーンの複線化などの備えが求められている。
  • 国連のロシア非難決議において、ASEANでは多くの国が賛成した一方で、翌月の人権委員会におけるロシア資格停止決議では多くが棄権しており、対応に苦慮している様子がうかがえる。インドはいずれも棄権しておりブレない中立姿勢が注目される。本稿では経済的にも政治的にも日本にとって重要なASEAN各国とインドの米中露との距離感について、データからの概観を試みる。
  • 経済関係を相手国別の貿易依存度(輸出入額/名目GDP)で概観すると、ASEANにおける中国の存在感の高まりは顕著である。ASEAN全体では、2000年は日米が双璧で中国の存在感は限定的である一方、2021年で比較すると日米と中国が完全に逆転している。
  • 軍事的な関係を武器移転で概観すると、貿易では殆どなかったロシアの存在感が一気に高まる。2001年以降の累計値で比較すると、ベトナム・ミャンマー・マレーシア・インドネシアなどのロシアからの購入が目立つ。また、インドは米国からの7倍以上の規模でロシアから購入している。
  • 自由・民主主義といった価値観の浸透度合いは米Freedom Houseの調査が参考となる。ASEANでは4か国(インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール)がPartly Freeに分類され比較的自由とされる一方で、残る6か国はNot Freeに分類される。インドはPartly Free、中露はNot Freeに分類されている。
  • 経済関係、武器移転、自由・民主主義といった価値観では中露との距離感が近いように見える国も多い。国際秩序が揺さぶられている今こそ、自由・民主主義といった価値観を共有・理解するパートナーを増やすべく、日米欧を中心とした民主主義陣営はIPEFやQUADの枠組みを活用しつつASEAN各国やインドとの関係強化を継続していく必要がある。
目次

1.ウクライナ侵略に端を発した分断の懸念

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵略に端を発し、自由・民主主義といった価値観を共有する国々の結束が一気に高まった。一方、中国は3月2日の国連総会緊急特別会合におけるロシア非難決議こそ棄権したもののロシアとの友好関係を維持しており、G7を中心にロシアへの強力な経済制裁が科されるなかで、各国に自制を求めている。このように、民主主義的な国家と権威主義的な国家との間での分断が深まる可能性が懸念されており、ビジネス界においても中国とASEAN各国等とのサプライチェーンの複線化などの備えが求められている。

今般の情勢を受けた国連決議に対する各国の判断は、一変した国際情勢下における米中露との外交的な距離感を感じとる上で有用であろう。ASEANに目を向けると、2022年3月2日の国連総会緊急特別会合におけるロシア非難決議はベトナムとラオスが棄権、その他の国は賛成に回った。同年4月7日の国連人権委員会におけるロシアの理事国資格停止に関する決議はフィリピン・ミャンマーのみ賛成、その他は棄権もしくは反対とした。中国は反対、インドはいずれも棄権した(ミャンマーはクーデター発生前に任命された大使が継続出席、資料1)。

資料 1 2022 年ロシアのウクライナ侵略に伴う国連決議等への対応
資料 1 2022 年ロシアのウクライナ侵略に伴う国連決議等への対応

ASEANは、これまでその中心性(centrality、注1)を維持し、米中あるいはロシアなどの大国のどちらかにつくといった明確な態度は示してこなかった。他方で今回の非難決議では多くの国が賛成に回った一方で、翌月の人権委員会資格停止決議では多くが棄権しており、対応に苦慮している様子がうかがえる。インドはこの2つの決議でもブレない中立姿勢が注目される。ASEANやインドは経済的にも政治的にも日本にとって重要なパートナーである。これらの国々の米中露との距離感は歴史的背景を含め一言で表すことは難しいが、本稿ではデータからの概観を試みる。

2.貿易依存度から見る経済的な距離感

二国間の経済関係に関連した指標は様々あるが、依存関係を表す指標として、貿易と直接投資に関わる指標などが挙げられる。貿易は恒常的に取引されているため経年による趨勢の変化を見るのに適した指標といえる。直接投資は相手国で事業を行うための買収や生産設備への投資などを表すが、中国の一帯一路の動向を含めて重要な指標であるものの1件当たりの規模が大きい投資も少なくなく、年毎のボラティリティが高い。今回は趨勢を理解するために貿易に着目し、相手国別の貿易依存度を概観する。

貿易依存度とは輸出入合計額を名目GDPで除した指標であり、自国の経済規模と比した貿易の規模の相対感を表すものである(注2)。2000年以降の趨勢を概観すると、ASEANにおける中国の存在感の高まりは顕著である(資料2)。ASEAN10か国全体では、2000年は日米が双璧で中国の存在感は限定的である一方、2021年で比較すると日米と中国が完全に逆転している(2000年:米国20.5%・日本19.7%・中国5.4%、2021年:米国11.1%・日本7.2%・中国19.7%)。また、期間を通じてロシアの存在感は希薄である。

資料 2 ASEAN の貿易依存度(相手国別)
資料 2 ASEAN の貿易依存度(相手国別)

文末参考資料1にASEAN各国別の貿易依存度の推移をまとめている。ミャンマー・ラオスは2000年当時から中国の存在感が大きく、2021年ではさらにその存在感が大きくなっている。その他の8か国は資料2のASEAN全体と同様、2000年は各国ともに日米の存在感が大きいものの、2021年で比較すると日米と中国が逆転し、中国の存在感の高まりが際立っている。

3.武器移転から見る軍事的な距離感

ASEAN各国やインドの中で、米中露と軍事同盟関係を結んでいる国は限られるものの、同盟はなくとも武器の購入状況を通じて軍事的な距離感を概観することができる。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は武器移転(arms transfer)をTIV (trend-indicator value)という武器の輸出入の規模を示す独自の指標で公表している。なお、武器は取引価格が高額で運用期間が長いものも多く、単年度で比較することには適さないため、21世紀以降直近まで(2001-2021)の累計値で比較する。

資料 3 ASEAN・インドへの武器移転(2001-2021 年累計値)
資料 3 ASEAN・インドへの武器移転(2001-2021 年累計値)

資料3の通り、米国・ロシア・中国からの購入はASEAN各国でまだら模様となり、貿易では殆どなかったロシアの存在感が一気に高まる。ASEANでは特にベトナム・ミャンマー・マレーシア・インドネシアなどでロシアからの購入が目立つ。また、インドは米国からの7倍以上の規模でロシアから購入している。ミャンマーは中露それぞれから同規模で、シンガポール、フィリピン、ブルネイは米国からの購入となっている。

同期間内に各国がロシアから購入した武器を戦闘機等の高額兵器で具体的に見てみると、例えばベトナムはSu-30戦闘機を28機、マレーシアは同機を18機、インドネシアは同機を11機、Su-27戦闘機5機を受領したとされる(SIPRI Trade Registersより。以下同じ)。インドはSu-30戦闘機140機、T-90S戦車500台以上をインド国内にてライセンス生産している。

同様に米国からの購入を見ると、インドネシアはF-16C戦闘機24機を受領するなどロシアとのバランスを図っている。シンガポールは米国中心の調達で、F-16C戦闘機を20機、F-15E戦闘機を40機受領しているほか、最新鋭のF-35B戦闘機も4機発注している。インドはAH-64E Apache戦闘ヘリ22機やC130輸送機6機などを受領している。

4.自由・民主主義といった価値観で見る距離感

自由・民主主義といった価値観の浸透度合いは米国Freedom Houseの“Freedom in the World”が参考となる。自由度別にFree、Partly Free、Not Freeの3つに分類されるが、2022年版においてASEANは4か国(インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール)がPartly Freeに分類され比較的自由とされる一方で、残る6か国はNot Freeに分類される。インドはPartly Freeとされる。中露はNot Freeに分類されており、自由度で概観すると中露との距離感が近い国も多いとされるのが現状である(資料4)。

資料 4 Freedom Houseの自由度分類とスコア(2022 年版、調査年 2021 年)
資料 4 Freedom Houseの自由度分類とスコア(2022 年版、調査年 2021 年)

5.国際秩序が揺さぶられている今こそ、ASEAN・インドとの関係強化の継続を

民主主義陣営と中露を中心とした権威主義的な国家との間で分断が深まる可能性が懸念されているなかで、その中心性を維持し大国間でしたたかな外交を展開してきたASEANや、ウクライナ情勢下であらためて中立的な姿勢が注目されたインドとの関係強化の重要性がこれまでになく高まっている。そのような中、岸田首相はゴールデンウィーク中にインドネシアやベトナムを歴訪、5月末には日本でQUAD(日米豪印)首脳会合を開催した。また、米国も5月12・13日に米・ASEAN首脳会議を開催したほか、QUADの機を捉えてIPEF(インド太平洋経済枠組、注3)を立ち上げるなどインド・太平洋地域へのコミットメントを強めている。

これまで見てきた通り、ASEANやインドでは経済関係、武器移転、自由・民主主義といった価値観では中露との距離感が近いように見える国も多い。その関係を断ち切ることは不可能であるが、インドや多くのASEAN諸国が米国主導のIPEFに参加を表明し、また多くのASEAN諸国が国連総会のロシア非難決議において賛成票を投じるなど、こうした中立的な国々の立ち位置の振り子は、民主主義陣営と権威主義陣営の間で揺れ動いている。

国際秩序が揺さぶられている今こそ、自由・民主主義といった価値観を共有・理解するパートナーを増やすべく、日米欧を中心とした民主主義陣営はIPEFやQUADの枠組みを活用しつつASEAN各国やインドとの関係強化を継続していく必要がある。特にアジアに位置する日本にはその橋渡しの役割が求められる。

以 上

【注釈】

1)ASEANの中心性(centrality)は、ASEANがまとまることで影響力を発揮することを企図した概念。明確な定義は存在しないが、大国の影響力を排してASEANとして独自の戦略や強みを発揮すべく、ASEANの様々な文書で言及されている。RCEP(地域的包括経済連携協定)はASEANが中心となり日中韓豪ニュージーランドが参加して立ち上げた協定であり、ASEANの中心性が発揮された好事例とされる。

2)貿易依存度の計算の際、輸出はFOB(Free on Board=貨物を積載するまでの費用込)価格、輸入はCIF(Cost Insurance and Freight=FOBに加えて保険料・運賃込)価格を使用。

3)IPEF(インド太平洋経済枠組み)は2022年5月23日、米国のイニシアティブにより13か国(米・日・豪・印・ニュージーランド・韓国・インドネシア・タイ・フィリピン・マレーシア・シンガポール・ブルネイ・ベトナム)で発足。具体化はこれからも①貿易、②供給網、③インフラ・脱炭素、④税・反汚職の4分野に取り組むこととしている。5月26日にはフィジーも参加表明。ASEANではラオス、カンボジア、ミャンマーが参加せず。

【参考文献】

  • Stockholm International Peace Research Institute (2022) “Arms Transfers Database”, “Trade Registers”
  • Freedom House(2022) “Freedom in the World 2022”
  • IMF(2022)“Direction of Trade Statistics”
  • IMF(2021)“World Economic Outlook Database”
  • 石附賢実(2022)「世界軍事費ランキングとパワー・バランス」「https://www.dlri.co.jp/report/ld/186863.html
  • 石附賢実(2022)「世界自由度ランキングが語る民主主義の凋落と 権威主義の台頭(2022年版update)」「https://www.dlri.co.jp/report/ld/185975.htm

【参考資料】

1)相手国別貿易依存度の推移(ASEAN10か国・インド)

1) 相手国別貿易依存度の推移(ASEAN10 か国・インド)
1) 相手国別貿易依存度の推移(ASEAN10 か国・インド)

石附 賢実

石附 賢実

いしづき ますみ

総合調査部 マクロ環境調査G グループ長
専⾨分野: 経済外交

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