ユニバーサル社会への扉(6):水陸両用車いすでビーチを楽しむ

~ウルグアイにみる海・川の観光地のバリアフリー~

水野 映子

目次

海に囲まれた日本には1,000を超える海水浴場があり(注1)、川や湖などの水辺の自然を活かした観光地も数多く存在する。ユニバーサル社会(誰もが暮らしやすい社会)の実現に向け、障害のある人や高齢の人なども含め、皆が水辺で楽しめる環境を整えることは重要であり、日本でもそのための取り組みがおこなわれている。今回は、海・川におけるユニバーサル・ツーリズム(障害の有無や年齢などにかかわらず誰もが楽しめる観光、アクセシブル・ツーリズムともいう)を進める上での参考として、南米ウルグアイを中心とする事例を紹介する。

1.ウルグアイの海・川の観光地の特徴

これまでのレポートでも触れたが、筆者は2018年1月~2020年1月の2年間、ボランティアとしてウルグアイの観光省でユニバーサル・ツーリズムを推進する活動に携わっていた(注2)。その一環として、日本の半分ほどの面積のウルグアイ全土を廻り、観光地の視察調査をおこなった。訪問先は全19県の約60地域・180か所にのぼる。
 地図に示す通り、ウルグアイの南東側は大西洋、南~南西側はラプラタ川、西側はラプラタ川支流のウルグアイ川(アルゼンチンとの境界)に面している。ラプラタ川は、川といっても日本の瀬戸内海よりずっと広い。その川岸には砂浜があり波も立っており、川と知らなければ海のように見える。
 これらの海・川の水辺(以下、ビーチと総称する)は、市民の日常的な憩いの場であるだけでなく、夏には国内のほか隣国アルゼンチンなどの国外からも多くの観光客が訪れる場となる。そのため、ビーチはウルグアイにおいても重要な観光資源として位置付けられており、障害のある人などもビーチで楽しめるよう、さまざまな取り組みがおこなわれている。

南アメリカ大陸(左)およびウルグアイ(右)の地図
南アメリカ大陸(左)およびウルグアイ(右)の地図
南アメリカ大陸(左)およびウルグアイ(右)の地図
南アメリカ大陸(左)およびウルグアイ(右)の地図

2.ビーチのバリアフリーの事例

以下では、ウルグアイのビーチにおける、障害のある人などへの対応の具体例を紹介する。
 車いす使用者などがビーチにアクセスするための設備の面での対応の代表例としてあげられるのは、沿道と砂浜を結ぶスロープである。それに加えて、車いす使用者向けのトイレや更衣室、駐車スペースが設けられたビーチもある。さらに、夏のオンシーズン(日本からみて地球のほぼ反対側にあるウルグアイでは1・2月がピーク)には、スロープの先から水際の近くまで車いすで行けるよう、ゴム製か木製のマットが砂浜に敷かれる。
 一方、サービスの面での対応として特筆すべきは、水陸両用車いすが夏の一定期間にビーチで貸し出されたり、ビーチのイベントで使われたりすることである。水陸両用車いすとは、その名の通り陸(スロープ・砂浜など)を移動でき、かつそのまま水に入ることもできる車いすである。車輪は砂に埋もれないよう、通常の車いすより太い。ウルグアイのビーチでは、その砂質に合わせて国内で開発された水陸両用車いすが多く用いられている。スタッフが手で支えながら水に入って浮かぶ水陸両用車いすが主流だが、中には車いす使用者単独で水に浮けるものもある(注3)。ウルグアイの観光省によれば、約20か所のビーチが“アクセシブル”(日本における「バリアフリー」に近い意味)であり、その半数以上で水陸両用車いすが導入されている(注4)。
 以下の写真は、筆者が訪れたビーチの一部である。ウルグアイでは一般に、スロープやマットは車いす使用者専用ではなく、誰でもその上を歩ける。また、水陸両用車いすを借りるためには事前予約が必要な場合もあるが、写真に示したビーチでは目に留まる場所に水陸両用車いすが置かれており、特定の日時・曜日に行けば借りられるようになっていた。スロープ・マットも水陸両用車いすも、一部の人のために特別に用意されたものではなく、一般市民に自然に受け入れられ、風景にも溶け込んでいるという印象を受けた。

ウルグアイのビーチのスロープ・水陸両用車いすの写真
ウルグアイのビーチのスロープ・水陸両用車いすの写真
ウルグアイのビーチのスロープ・水陸両用車いすの写真
ウルグアイのビーチのスロープ・水陸両用車いすの写真

マルドナド県プンタ・デル・エステ(前出の地図参照)で2019年2月に筆者撮影。
写真左は陸側、右は水辺側から撮影。木製のスロープが設置されたビーチに、ゴム製の青いマットが敷かれ、その横に貸し出し用の水陸両用車いすが置かれている。写真右のスロープ奥の中央はトイレ、右は休憩所。

画像3
画像3
カネロネス県アトランティダ(首都モンテビデオとプンタ・デル・エステの間)で2019年3月に筆者撮影。
写真左は木製のスロープ。写真右の手前は貸し出し用の水陸両用車いす、奥は更衣室。

なお、実際に水陸両用車いすを使っている様子は、ウェブページの動画や画像などを参照されたい(注5)。また、水陸両用車いすを意味するスペイン語silla anfibiaや英語amphibious (wheel)chairというキーワードでインターネットを検索すると、それぞれウルグアイをはじめとするスペイン語圏や英語圏の国々の情報を見ることができる。

3.水陸両用車いすは日本の海水浴場でも

以上ではウルグアイのビーチについて紹介したが、日本の海水浴場でもスロープや車いす使用者向けトイレの整備などのバリアフリー化は進められている。また、自治体やNPOなどが水陸両用車いすを貸し出している事例や、水陸両用車いすを使うイベントを開催した事例もある(注6)。
 昨夏(2020年)は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、残念ながら開設されなかった海水浴場も多く、水陸両用車いすが活用されている様子を見ることはできなかった。感染拡大が落ち着き、水陸両用車いすの貸し出しや海でのイベントが再開されたら、日本の事例も見聞きし、ウルグアイなどとの比較もおこないたいと考えている。障害のある人もない人も皆がまた、ビーチで安全かつ楽しく過ごせる日が早く来ることを望んでいる。


【注釈】
1)日本観光振興協会「数字でみる観光 2020年版」(2020年11月)によれば、2020年10月現在、全国に1,082の海水浴場がある。
2)「ウルグアイ通信(1)~(5)」(2018年5月~2020年2月)、および「ユニバーサル社会への扉(5) 誰も取り残さない観光」(2021年3月)など。いずれも当研究所ウェブページの筆者の執筆レポート一覧(https://www.dlri.co.jp/members/mizuno.html)に掲載。
3)Sobre Ruedas(独自の水陸両用車いすを開発し、無料で貸し出している団体)のウェブページ(スペイン語): https://www.facebook.com/sobreruedaspiriapolis/
4)ウルグアイ観光省のウェブページ(スペイン語): https://turismo.gub.uy/index.php/lugares-para-ir/region-metropolitana/playas/costa-de-oro/item/2692-uruguay-cuenta-con-una-veintena-de-playas-accesibles
5)ウルグアイの今夏(2021年1月)のビーチでの水陸両用車いすの使用事例は、例えば以下の自治体の動画・画像で見ることができる(いずれもスペイン語)。
カネロネス県: https://www.imcanelones.gub.uy/es/noticias/un-ano-mas-se-esta-llevando-adelante-el-programa-inclusivo-mar-al-alcance-en-las-costas-canarias
マルドナド県: https://www.youtube.com/watch?v=IN9hPhPSLBM
6)例えば、茨城県大洗サンビーチ海水浴場では、「ユニバーサルビーチ」と称し、障害者用の更衣室、駐車場、トイレ・シャワー室の設置、水陸両用車いすの貸し出しなどがおこなわれている。
大洗観光協会ウェブページ: https://www.oarai-info.jp/page/page000052.html

水野 映子


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。