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ピアボーナスの衝撃

~タコスがもたらす従業員エンゲージメントの向上~

柏村 祐

目次

従業員エンゲージメント問題

従業員エンゲージメントという言葉を聞いたことはあるだろうか。従業員エンゲージメントとは、従業員が会社の目指す方向性に共感し、自発能動的に貢献したいと思う意欲のことを指す。コロナ禍以前の職場では、ちょっとした会話やミーティングの場において従業員が相互に、あるいは管理職が感謝の気持ちを直接伝えることにより、従業員エンゲージメントを高めることが可能だった。

しかしながら、コロナ禍によりテレワークが普及する中で、様々なコミュニケーションの場は、メール、チャット、ビデオ会議システムなどオンラインへと移行した。職場で対面の会話を通じて行われていた従業員のエンゲージメント向上の取り組みを、テレワーク環境においていかに維持・向上させていくかは、いまや企業の組織課題になりつつある。

ピアボーナスの登場

テレワークの拡大に伴い課題となった従業員エンゲージメントの維持向上を図るテクノロジーとしてピアボーナスが登場している。ピアボーナスとは同僚から貰う第二のボーナスを意味する。

このボーナスは、同僚の働きぶりに対する感謝や称賛の気持ちをSlackやTeamsなどのチャットを通じて送ることができる。貯まったボーナスは、会社によって事前に定められたルールに基づいて商品、サービス、お金に交換できる。

既に中小企業やフォーチュン500企業の5,000以上のチームが利用しているアメリカのピアボーナス「HeyTaco」は、同僚に対する感謝や称賛の気持ちをタコスマークで表現する。タコスマークは、1対1、あるいは複数の人へ向けたメッセージに付けて送ることができる。図表1左では、emmaはcolinに対して感謝の気持ちとして1タコスを送付し、vonはemmaに対して2タコスを送付、colinはvonに対して1タコスを送付している。また同時に複数人にタコスを送付したい場合は、図表1右のようにcharlieは、emmaとcolinに1タコスずつ送付し、emmaは、vonとcharlieに2タコスずつ送付している。Vonは、colinとlucyとemmaとsuzyとlucasに1タコスずつ送付している。サービスを利用する従業員は毎日5タコスを付与され、自分自身が保有するタコス数の範囲内で自由にメッセージにタコスマークを付けて送ることができる。

また、受け取ったタコスが貯まったら、事前に会社が用意した報酬メニューから自分自身の好きなものを選択できる。例えばチーム単位の報酬として150タコス貯まったら早めに仕事を終えてリモート懇親会を行うことや、75タコス貯まったらチーム全員で有給休暇を取得することなどが報酬メニューとして挙げられる(図表2)。最近では、コロナウイルス感染拡大に伴う出勤削減要請によりテレワークに切り替えた会社において、心身や健康をサポートするヨガマット、バランスボール、健康的なデリバリーフードサービスのチケットなどのテレワークによる新たなストレスを解消するアイテムに交換したり、1タコス1円や10円といったお金で還元してもらうことができる。

行動指針をハッシュタグに

同僚の働きぶりに感謝や称賛の気持ちを報酬として還元する仕組みを実現したピアボーナスを利用する場合、会社が考える行動指針に沿った行動が報酬の対象に合致しているかがポイントとなる。

もし経営者側が良いと考える働きぶりと従業員が思い込みで良いと考える働きぶりがずれている場合、経営者側が考える行動指針に合致しない働きぶりに対して感謝や称賛が行われてしまう。このような意図しない感謝や称賛の発生を防ぐために、メッセージを送付する際のハッシュタグの活用が有効と言える。ハッシュタグとは、TwitterやFacebookなどのSNSで投稿内のタグとして使われる「#(ハッシュタグ)」をキーワードの前につけることを意味する。

例えば、ある企業が重視する行動指針が「excellence」「motivation」「respect」としよう。これらのキーワードの前に「#(ハッシュタグ)」をつけてメッセージをやりとりすることにより、メッセージを見た従業員は、どのような行動が行動指針に合致した感謝や称賛に値するのか把握できる(図表3)。また、ピアボーナスの仕組みは、「#(ハッシュタグ)」がついたメッセージを受け取った人のランキングを一覧で表示する機能も実装されており、どの従業員が組織に貢献する行動をしているか可視化されるため、経営者側が期待する行動指針に沿った行動を促進できる。

コロナ以前の職場は、同じ場所に従業員が集まって働いていたため、同僚とのちょっとした会話・雑談を通じたモチベーションアップやコミュニケーションは容易にできた。新しい日常としてリモートワークが1つの働き方となった今、物理的に離れた状況下で従業員の行動を把握することが困難となっており、どのようにして従業員エンゲージメントの維持・向上を図るかが問われている。この問題を解決する方法として創造されたピアボーナスは、従業員に対して感謝や称賛を感じられる体験価値を提供すると同時に、どのような行動が感謝や称賛に値するかを示唆してくれる従業員エンゲージメントの処方箋と言える。

柏村 祐


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

柏村 祐

かしわむら たすく

ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー
専⾨分野: テクノロジー、DX、イノベーション

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