インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

付加価値税は一旦引き下げると再引き上げは難しいか、あらためて考える

~タイでは時限措置が30年以上継続、税財政改革を含めた冷静な議論を期待したい~

西濵 徹

要旨
  • 日本では、政府が2027年4月から2年間、飲食料品の消費税率を8%から1%に引き下げる法案を提出している。政府は2029年4月に税率を元に戻す方針だが、「一度下げた税率を引き上げるのは難しい」との指摘もある。こうした点を考えるうえで、タイのVAT(付加価値税)の事例は示唆的である。

  • タイでは1992年にVATを導入し、1997年に税率を10%へ引き上げた。しかし、アジア通貨危機後の景気悪化を受け、1999年に1年間の時限措置として実効税率を7%へ引き下げた。その後、この措置は繰り返し延長され、今年7月には2027年9月末までの延長が決まった。背景には、景気低迷やエネルギーインフレ、洪水被害などを受け、家計負担の軽減や個人消費の下支えを図る狙いがある。

  • 一方、VATは主要な税収源であり、少子高齢化や人口減少に伴う社会保障費の増加を踏まえれば、財政の持続可能性確保のため増税の必要性は高まっている。政府も将来的に税率を段階的に10%へ戻す方向性を示しているが、景気や世論への配慮から実際には引き上げに踏み切れず、時限措置が長期化している。

  • このため、日本でも消費税率の引き下げを時限措置とする場合、予定通り税率を元に戻せるのかという問題を含め、タイの経験を十分に考慮する必要がある。

10月5日に第222臨時国会が召集された。今国会では、政府が提出した、飲食料品への消費税を8%から1%に引き下げることを柱とする関連法案が審議される。同法案では、消費税について「現下の物価の上昇に鑑み臨時的に2年間に限り引き下げる」と明記し、2027年4月から2年間に限定する方針が示された。高市首相も、「2年後に私が責任をもって確実に税率を元に戻していく」と述べている。一方、今年2月に実施された衆議院総選挙において、与党・自民党は税率をゼロとすることを公約に掲げたため、1%ポイントに相当する額について、所得に連動した新たな現金給付制度を導入する方針を盛り込んだ。加えて、税率を元に戻す2029年4月に給付付き税額控除制度を導入すべく、制度設計を本格化させるとしている。なお、時限措置としての消費税減税については、「一度引き下げると引き上げるハードルが高い」との議論がある。こうしたなか、あらためてタイで実施されたVAT(付加価値税)の時限的な引き下げについて紹介する。

タイでは長らく、商取引の各段階で売上高全体に対する営業税が課されてきた。しかし、経済の国際化が進展するなかで、二重課税が生じることが課題とされてきた。このため、タイ政府は1992年、産業構造の転換と近代化を目的に、営業税に代わり、付加価値部分にのみ課税するVATを導入した。なお、負担者は最終消費者であるものの、登録事業者に納税義務があるほか、インボイス方式が採用されており、この点で日本の消費税と類似している。導入当初の税率は7%(国税6.3%、地方税0.7%)であったが、1997年に10%(国税9%、地方税1%)へ引き上げられた。こうしたなか、タイは1997~98年に発生したアジア通貨危機の発端となり、深刻な景気悪化に直面した。これを受けて、タイ政府は1999年に「1年間の時限措置」として、VATの実効税率を7%に引き下げる決定を行った。当初は1年間の時限措置とされたものの、実際にはその後も勅令の公布などにより措置は繰り返し延長されてきた。政府は今年7月にも措置を1年延長する勅令を承認し、これにより実行税率を7%とする時限措置は2027年9月末まで継続されることとなった。

政府がVATの引き下げ措置を再び延長した背景には、家計の負担軽減と国内消費を下支えする狙いがある。タイでは、イラン情勢の悪化を受けたエネルギーインフレが足かせとなり、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.74%と3四半期ぶりのマイナス成長となるなど、景気にブレーキが掛かっている(注1)。このため、仮にVATの引き下げ措置を終了して税率を10%に戻せば、幅広く財・サービス価格に一段の上昇圧力がかかると予想される。政府としては、家計の実質購買力への悪影響を回避し、個人消費の下振れを防ぐべく、現行税率を維持する必要性が高まったと捉えられる。さらに、9月中旬以降の豪雨による洪水被害が拡大しており、景気のさらなる下振れが懸念される状況にある(注2)。

一方、VATの引き下げ措置が長期化していることには課題もある。VATは税収の約3割を占める主要な税収源であり、現在7%に抑えられている実効税率を法定税率である10%に戻せば、理論上は歳入の増加につながる余地がある。このため、過去には、税率引き下げを終了して法定税率に戻す議論が度々行われた。2024年末には、当時のペートンタン政権のピチャイ副首相兼財務相が税率の引き上げに言及したものの、世論の反発を受け、ペートンタン首相が否定した経緯もある。とはいえ、タイでは、急速な少子高齢化にコロナ禍が重なり2020年を境に人口減少局面に突入し、社会保障費の増大による財政負担が増加するなど、中長期的な財政の持続可能性の観点から税財政改革が急務となっている。一方で、タイ経済はASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のなかでコロナ禍からの景気回復が最も遅れており、政府にとって、家計負担の増大に加え、観光関連産業への悪影響も懸念される増税の判断は下しにくい。仮に実効税率を廃止する場合でも、給付金や補助金、低所得者対策、物価対策など総合的な政策パッケージを準備する必要がある。その意味では、既存の制度を変更せず7%の税率を維持する方が追加的な政策コストを抑えやすいことも、時限措置が長期化する一因になっていると考えられる。

財政の持続可能性向上が喫緊の課題となるなか、上院(元老院)では、VATを段階的に法定税率に戻す案などを提案する動きがみられた。政府も、実効税率を段階的に8.5%まで引き上げ、2030年までに10%とする方向性を示している。しかし、現実には前述の通り、7%に引き下げる暫定措置の延長に動いている。日本において、今国会で展開される議論についても、一度引き下げた税率を予定通り元に戻すことの難しさを含め、こうしたタイの経験を十分に勘案する必要があろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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