Global Trends Global Trends

イスラエル総選挙の注目点

~欧米との融和路線に変更なら、中東情勢に新たな展開も~

嶌峰 義清

要旨
  • 10月27日に実施予定のイスラエル総選挙は、2023年10月のハマスによる攻撃を受けて以降、初めての国政選挙となる。このため、現政権への批判も多く、与野党のどちらが勝利するかは蓋を開けるまで分からないとされている。
  • 内政政策において与野党の主張に隔たりはある一方で、周辺地域を主とする安全保障政策については与野党間で大きな違いはない。しかし、欧米との関係悪化を厭わない政策を執る現政権に対し、野党は周辺国も含めた外交にも配慮すべきとの姿勢を見せている。
  • 野党が勝利した場合、特に欧州からの批判が強いヨルダン川西岸への対応が変化する可能性がある。その先には2020年のアブラハム合意で関係が改善したUAEなどとの関係修復や、国交正常化に向かっていたサウジアラビアとの交渉再開・進展も期待され、イスラエルが中東外交における選択肢と影響力を回復することも考えられる。

1. 与野党拮抗するイスラエル総選挙

10月27日に実施が予定されているイスラエル総選挙は、2023年10月7日のハマスによる大規模なテロ攻撃を受けて以降、初めての国政選挙となる。同テロについては、攻撃を防ぐことができなかった政府に対する批判が強く、野党は独立した調査機関による検証を訴えてきたものの、ネタニヤフ首相はこれを拒否してきた。総選挙では、この問題が争点の一つになるとされている。このほか、徴兵制度に関する問題(宗教学校(イェシバ)で学ぶハレディ(ユダヤ教超正統派と呼ばれる人々)男性の多くが、兵役を事実上免除されている問題)、政権による司法制度の権限縮小への是非などが争点となっている。

いずれの争点においても、今回の総選挙の最大の焦点は「ネタニヤフ政権を継続するか否か」であり、政権存続の是非を問う選挙という位置づけとなっている。

イスラエルの選挙は完全比例代表選挙で、全国単一の選挙区のもと120の議席を争う。こうした制度もあり、これまで単一の政党が単独で過半数の議席を得たことはなく、常に複数政党による連立政権で国家運営されてきた。

現在の勢力図は、ネタニヤフ首相のリクードが最大議席を有する与党が64議席、中道政党のイェシュ・アティドが最大議席を有する野党が56議席となっている(図表1)。与党は6政党による連立で、極右や超正統派と言われる宗教保守派の政党がまとまった形となっている。一方の野党は7政党で、中道や左派だけではなく、右派系の党もあり、反ネタニヤフ政権という点が合致点だ。

図表
図表

ただし、今回の選挙の目玉候補は、イスラエル国防軍の元参謀総長で、前回選挙(2022年)では政党連合「国家団結」から出馬して当選、第6次ネタニヤフ政権の戦時内閣に入ったガディ・エイゼンコット氏だ。同氏は2025年に中道政党ヤシャル(「真っ直ぐ」の意)を立ち上げた。国民の人気も高く、各種世論調査では10月の選挙で最大与党リクードと並ぶ議席を確保するとの予想が目立つ。現在は議会に議席を保有していないヤシャルだが、選挙では最大議席を獲得する可能性もある。

2. 世界が注目するイスラエルの安全保障政策が大きく変わることはない

イスラエル国内では、ネタニヤフ首相への信任と、徴兵制度など内政に関する問題が主な争点となるが、海外から見た最大の注目点は、イスラエルのパレスチナへの対応に変化が出るかどうか、といった点だろう。

ただし、パレスチナ問題への短期的な安全保障対応では、世論調査などで最大議席を争う与党リクードとヤシャルとの間に大きな差はない(図表2)。ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地については両党とも一定程度支持しているほか、ハマスに対しては軍事・統治能力の排除を重視している。両党とも現状では政治的和平を先行させるよりも、ハマスの軍事・統治能力の排除やイスラエルの安全保障確保を優先する立場を取っている。

国連加盟国のうち8割超(161カ国/193カ国)がパレスチナを国家として承認しているが、両党とも現状での早期のパレスチナ国家樹立には否定的である。一方、ネタニヤフ首相が将来的なパレスチナ国家の樹立にも否定的な立場を明確にしているのに対し、ヤシャルは将来的な政治的分離の選択肢を完全に閉ざすような政策には慎重である。ヨルダン川西岸やガザ地区への対応については、両党ともイスラエルの安全保障確保のための軍事行動を重視しているものの、リクード政権が西岸での入植拡大とイスラエルによる支配の強化を進め、ガザについても長期的な安全保障統制を主張しているのに対し、ヤシャルは西岸の事実上の併合や、将来的な政治的分離を困難にする入植拡大には反対している。また、ガザについてもイスラエルによる恒久的な民政統治には距離を置く一方、安全保障上の軍事的自由は重視している。

図表
図表

3. 野党勝利で変化する可能性のあるイスラエル外交

ヤシャルなどの野党勢力が選挙で勝利し、政権交代が実現した場合、イスラエルの外交政策には一定の変化が生じる可能性がある。前述の通り、ヤシャルを率いるアイゼンコット氏も、ハマスの軍事・統治能力の排除やイスラエルの安全保障確保を重視し、現状でのパレスチナ国家樹立にも否定的である。このため、政権交代によってイスラエルの安全保障政策が直ちに融和路線へ転換するとは考えにくい。

一方で、外交の「手法」にはリクードとの違いがみられる。アイゼンコット氏は、欧州諸国との関係や国際的な正統性もイスラエルの安全保障を支える重要な要素と捉えており、英国やフランスをはじめとする伝統的な友好国との関係修復を重視している。実際、英国やフランスは2024年のイランによるイスラエル攻撃の際に迎撃に協力しており、アイゼンコット氏はこうした諸国との安全保障協力を重視する姿勢を示している。また、ヤシャルは党の目標として、軍事・経済面での強さを背景に、地域各国との和平協定や協力関係を追求することを掲げている。

このため野党政権が成立すれば、イスラエルの安全保障上の基本方針を維持しながら、ネタニヤフ政権下で悪化した欧米諸国との関係や国際的な評価の修復を図る方向に外交姿勢が変化する可能性がある。もっとも、アイゼンコット氏は欧米諸国が支持する二国家解決を現時点では否定しており、欧米の要求に合わせてパレスチナ政策を大幅に転換することを意味するわけではない。むしろ、安全保障上の原則を維持しつつ、欧米との不必要な対立を抑制する姿勢に近いと考えられる。

こうした変化は、中東諸国との関係にも影響する可能性がある。サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化について、パレスチナ国家樹立に向けた信頼できる道筋を事実上の条件としており、現状では正常化に向けたハードルは依然高い。加えて、2026年のイランを巡る軍事衝突を経て、サウジをはじめとする湾岸諸国はイランとの全面的な対立を回避する姿勢も強めており、イスラエルの政権交代だけで直ちに正常化が実現するとは考えにくい。アイゼンコット氏自身も、サウジとの正常化は当面困難との認識を示している。

それでも、西岸の事実上の併合や過度な入植拡大、入植者による暴力などを抑制し、ガザを巡る政治プロセスへの参加姿勢を強めれば、アラブ諸国がイスラエルとの外交関係を改善する余地は現在より広がり得る。実際、ヤシャルはイスラエルの軍事的な行動の自由を維持しながらも、米国、欧州、アラブ諸国との関係を再構築し、軍事力によって得た成果を外交交渉に活用することをより重視しているとみられる。

その場合、中長期的にはイスラエルとサウジアラビアやUAE、エジプト、ヨルダンなどとの政治・安全保障協力が再び進展する可能性があり、イランを巡る地域の勢力関係にも影響を及ぼし得る。ただし、湾岸諸国はイスラエルとの関係強化と同時にイランとの関係安定化も重視している。このため、政権交代後に想定されるのは、単純な「イスラエル・アラブ諸国対イラン」という対立構造の復活というよりも、イスラエルが欧米・アラブ諸国との関係を修復することで、中東外交における選択肢と影響力を回復していく展開と考える方が適切だろう。

以 上

嶌峰 義清


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

嶌峰 義清

しまみね よしきよ

経済調査部 シニア・フェロー
担当: 経済・金融市場全般、地政学

執筆者の最近のレポート

関連テーマのレポート

関連テーマ