インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ルピー防衛の「副作用」に直面するインド中銀

~海外資金流入で通貨安一服も、過剰流動性とインフレに懸念、「予防的利上げ」も視野に~

西濵 徹

要旨
  • インドでは、実体経済が堅調に推移する一方、イラン情勢悪化による原油・天然ガス価格の上昇を受け、インフレや対外収支悪化への懸念から資金流出が進んだ。原油需要の約9割を輸入に依存し、LPGも中東への依存度が高いなか、モディ政権は景気への影響を抑えるため燃料価格を据え置き、国内供給を優先した。しかし、その結果、国営石油会社の負担や財政赤字が拡大したほか、産業向けLPG不足を通じて生産活動への悪影響も懸念された。
  • こうした状況もあり、ルピー安、長期金利上昇、株安の「トリプル安」が進行した。とりわけ、インドのIT企業はAIと競合するSaaS分野が中心であることから、世界的なAI・半導体需要拡大の恩恵を受けにくいことも株価の重石となった。これに対し、中銀は景気への影響を回避すべく利上げを見送り、非居住インド人向けドル預金の優遇や対外借入のヘッジ支援を導入し、政府も外国人投資家の国債売却益への課税撤廃を通じて資金流入を促した。その結果、ルピー相場は持ち直しの動きをみせるとともに、外貨準備も増加した。
  • 一方、海外資金の流入や中銀による為替介入を背景に銀行システムでは過剰流動性が発生している。足元のインフレ率は中銀目標である4%を上回り、過剰流動性はインフレ圧力を増幅させると懸念される。中銀は資金吸収オペを活発化させ、為替スワップによる流動性吸収も検討しているとされるが、その影響で銀行株には下押し圧力がかかっている。中銀はルピー安定とインフレ抑制を図りつつ、景気への悪影響を避けるため利上げを回避したい考えとみられるものの、先行きは「予防的利上げ」を選択肢に入れざるを得なくなる可能性がある。

インド金融市場では、実体経済は堅調な動きをみせているにもかかわらず、資金流出に直面した。背景には、イラン情勢の悪化を受けた原油・天然ガスなどエネルギー価格の上昇がある。インドは国内の原油需要の約9割を輸入に依存している。さらに、モディ政権は貧困対策を目的とする調理用ガス普及策を実施したため、近年はLPG(液化石油ガス)の利用が急拡大し、その大部分を中東からの輸入に依存してきた。イラン情勢の悪化による原油・天然ガス価格の上昇は、インフレのみならず、輸入額の増加を通じて対外収支の悪化を招くとの懸念が高まった。

こうした懸念が高まるなかでも、モディ政権は景気への影響を軽減すべく、国民に節約を呼びかける一方でガソリン・軽油などの価格を据え置き、国営石油公社が損失を吸収する形で供給を優先させた。さらに、国内供給を優先すべく、軽油・ジェット燃料の輸出税を引き上げるとともに、LPGも家庭向けを優先して供給したため、産業向けが不足する事態を招いた。その結果、財政赤字も拡大し、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が一段と脆弱化するとともに、生産活動にも悪影響が出ることが懸念された。

こうした事情を反映して、通貨ルピー相場は5月下旬に最安値を更新したほか、長期金利にも上昇圧力がかかった。世界の株式市場では、AI(人工知能)・半導体関連需要の旺盛さを材料に活況を呈する動きがみられた。インドには多くのIT関連企業が上場しているものの、多くがAIと競合するSaaS分野を主力としており、AI・半導体関連需要の恩恵を受けにくいとされる。そのため、主要株価指数(ムンバイSENSEX)も調整するなど、インド金融市場は「トリプル安」に直面した。

こうしたなか、インド準備銀行(中銀)は景気への影響を懸念して、6月会合では政策金利を据え置く一方で、ルピー相場への支援策を発表した。具体的には、非居住インド人に対する優遇ドル預金制度、企業・金融機関に対する対外商業借入のヘッジコスト補助を導入した。政府も、適格外国人投資家による国債売却益に対するキャピタルゲイン税撤廃を発表するなど、海外からの資金流入を促すことでルピー相場を下支えする方針を明らかにした。こうした対応に加え、このところの金融市場では米ドル高の動きに一服感が出ていることも重なり、ルピー相場は持ち直した(図1)。

図表
図表

中銀が発表したルピー支援策を追い風に、その後は海外からの資金流入が活発化しており、外貨準備高が積み上がっている。外貨準備高はルピー買い(ドル売り)の為替介入の原資となり、中銀は大量の為替介入を実施しているとみられ、ルピー相場が持ち直す一助となった模様である。一方で、資金流入の活発化により国内銀行ではドル建て預金が急拡大しており、各行は中銀とのスワップを通じてコストなしでルピーに交換している。その結果、銀行システムでは流動性が大幅に積み上がる過剰流動性が発生している。前述のようにモディ政権は当初、ガソリン・軽油価格を据え置くことで物価への影響を抑えたものの、原油高が長期化するなかで政策を転換しており、足元のインフレ率は中銀目標の中央値(4%)を上回る伸びに加速している。

このため、中銀は過剰流動性がインフレ圧力を増幅させることを警戒して、資金吸収オペ(売りオペ)を活発化させている。さらに、中銀が為替スワップを通じてルピー資金の吸収を図るとの報道も出ている。このところは資金流入を追い風に、時価総額の大きい銀行を中心に株価は底堅く推移したものの、中銀による資金吸収オペが活発化するなかで一転して弱含む動きをみせている(図2)。中銀は、ルピー相場の安定とインフレ抑制を目指す一方、実体経済への影響を懸念して利上げを回避したいとの思惑を有している模様であり、難しい対応を迫られている。先行きは中銀が回避してきた「予防的利上げ」も選択肢に入れざるを得なくなる可能性がある。

図表
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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