インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

米ドル安の背後で進む「実態的な」人民元安

~対ドルで緩やかな上昇も通貨バスケットは4年半ぶりの低水準、米国以外の輸出拡大を目指す動きへ~

西濵 徹

要旨
  • このところの国際金融市場は、米トランプ政権の政策運営に翻弄される展開が続く。米中は一時貿易戦争に突入したが、協議を経て報復関税を撤廃したほか、合意事項の履行を確認するなど関係は最悪期を脱しつつある。しかし、レアアースなどが交渉の切り札となるなかで事態が円滑に進展するかは見通しにくい。
  • 金融市場では、米国の財政悪化懸念や米FRBの独立性の懸念などを理由に米ドル安が進んでいる。結果、人民元の対ドル相場も緩やかに上昇しているが、変動が抑制されるなかで実質的に人民元安が進んでいる。中国は対米輸出が低迷するなか、米国以外への輸出拡大による外需強化を進めており、実質的な人民元安がその動きを後押しする一助となっている。内需が力強さを欠くなか、成長率目標実現に外需がカギを握るため、今後も実質的な人民元安を志向して景気下支えを目指す展開が続くであろう。

このところの国際金融市場は、米トランプ政権の政策運営に翻弄される状況が続いている。米トランプ政権は、安全保障上の脅威への対応や貿易赤字の縮小を目的に関税政策を用いた上で、同時に相手国との協議を通じた『ディール(取引)』を仕掛けることにより自国に有利な環境の構築を目指している。他方、トランプ関税の発動を受けて中国が報復措置に出た結果、米中は互いに報復を応酬させて高関税を課し合う貿易戦争に発展した。その後、5月にスイスで実施された米中閣僚級協議を経て、米中は互いに報復関税を撤廃するとともに、相互関税の上乗せ分を90日間停止して追加協議を行うことで合意した。しかし、その後の実務者協議では、米トランプ政権内から交渉の行き詰まりが示唆され、米国は中国に対する半導体輸出制限や留学生に対するビザ(査証)の取り消しといった対抗措置を講じた。その後、米中首脳による電話協議や英国での閣僚級協議を経て、スイス協議における合意事項の履行が確認された。さらに、閣僚級協議では追加的な了解事項で合意したことが明らかにされ、米中関係は最悪期を過ぎつつある。他方、一連の協議を巡っては、中国が世界精製量の大半を独占するレアアース(希土類)や永久磁石の扱いが交渉の『切り札』になっていることがあらためて浮き彫りとなった。その意味では、今後もレアアースや永久磁石の扱いが米中関係の行方を左右することは間違いなく、中国が交渉の切り札を容易に譲り渡すとは考えにくい

足元の金融市場が米中協議の円滑な進展を期待する背後では、米トランプ政権の政策運営に対する不透明感が相場の方向性を左右する展開が続いている。米トランプ政権は景気下支えを目的とする所得税減税のほか、国境対策の強化といった昨年の大統領選に際して掲げた『看板政策』を推進するなど、財政状況の悪化が懸念されている。さらに、米FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長を巡って、議長としての任期は2026年5月、理事としての任期も2028年1月末ながら、トランプ氏は任期満了を前に後任人事を指名する可能性に言及するなど、その独立性に対する懸念が高まっている。こうした動きを受けて、金融市場では米ドル安の動きが加速しており、多くの通貨が米ドルに対して上昇する動きがみられる。ここ数年は米FRBのタカ派姿勢を受けた米ドル高が続いていたものの、そうした流れが一変していることも米ドル安を加速させる一因となっている可能性がある。なお、米中関係の悪化が中国景気の足かせとなる懸念が高まったことを受けて、中国人民銀行(中銀)は本格的な金融緩和に舵を切っており、米FRBが慎重姿勢を崩していないなか、足元における金融政策の方向性は対照的な状況にある。こうした状況にもかかわらず、足元の金融市場における米ドル安の動きが追い風となる形で人民元の対ドル相場は緩やかに上昇する展開が続いており、過度な人民元安を警戒する当局にとっては一段の金融緩和余地が拡大していると捉えられる。

図表
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このところの米ドル安の動きを追い風に、人民元の対ドル相場は緩やかに上昇しているものの、主要通貨など他の通貨が変動相場制を採用するなかで米ドルに対して上昇ペースを強める状況に比べ、緩やかなものに留まる。これは、人民元の対ドル相場は管理変動相場制の下、中銀が人民元取引の目安となる基準値を公表し、上下2%の変動幅の間で市場の相場が決定されるなど、当局の意向が反映されやすいシステムとなっていることが影響している。結果、中国の主要貿易相手国の通貨に対する人民元の価値を示すCFETS(中国外為取引センター)人民元指数は調整の動きを強めており、足元では2021年初以来の水準となるなど、実態としては人民元安が進んでいる様子がうかがえる。中国当局は、今年3月に開催した全人代(第14期全国人民代表大会第3回全体会議)において、米中摩擦の激化を念頭に米国以外の国や地域向けの輸出拡大のほか、多国間や二国間、地域的な経済協力の深化を通じて外需下支えを図る方針を示した。足元の貿易動向を巡っても、対米輸出は前年を大きく下回る伸びが続く一方、米国以外の国や地域向けの輸出拡大により対米輸出の下振れの影響を相殺する動きが確認されている。足元において実態的な人民元安の動きが進んでいることは、価格競争力の向上を通じて米国以外の国や地域向けの輸出を下支えしていると捉えられる。足元の中国景気を巡っては、個人消費をはじめとする内需が力強さを欠くなか、経済成長率目標実現のためには外需下支えが欠かせない状況にある。当面の金融市場では米ドル安が意識されやすい展開が続くと見込まれる一方、人民元相場を巡る特殊な事情も影響して実態的な人民元安が進み、外需の下支えを目指す動きが続くことが予想される。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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