インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ中銀、トランプ関税に政局不安、政策運営の悩みの種は尽きず

~カンボジアとの国境問題を機に政権基盤は弱体化、国内外を巡る問題が政策のカギを握る~

西濵 徹

要旨
  • タイ中銀は、25日の定例会合で政策金利を1.75%に据え置いた。足元のインフレは目標域を下回るとともに、2ヶ月連続のマイナスとなるなど落ち着いている。他方、中銀は昨年以降に計3回、累計75bpの利下げを行い、足元の景気はトランプ関税の発動を前にした輸出の駆け込みも重なり堅調に推移している。しかし、先行きは米国との関税協議の行方とそれに伴う関税の動向が景気の下振れリスクとなる懸念は高い。
  • 一方、先月末にタイとカンボジアとの国境問題が再燃し、一時的に軍事衝突が発生した。その背景には、タクシン派と反タクシン派の間の政争も影響するなか、ペートンタン首相とカンボジアのフン・セン前首相の会談内容の流出を機に政局混乱に発展した。ペートンタン政権は存続に成功するも、政権基盤は弱体化している。国境封鎖により物流やサプライチェーンに悪影響を与える事態も懸念される。
  • 中東情勢を巡る地政学リスクや国内政局を巡る不透明感がバーツ相場を取り巻く環境に影響を与えるなか、中銀は慎重姿勢を維持した可能性が高い。中銀は成長率見通しを今年は+2.3%、来年は+1.7%とした上で、当面は景気支援のために緩和スタンスを継続する意向を示している。とはいえ、金融政策については国内外の動向がカギを握る展開が続く可能性は高まっていると判断できる。

タイ銀行(中銀)は、25日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を3会合ぶりに1.75%に据え置く決定を行った。ここ数年のインフレは中銀が定める目標(2±1%)の域内やそれを下回る推移が続くとともに、足元では2ヶ月連続のマイナスとなるなど落ち着いた動きをみせている。こうしたなか、中銀は昨年来の利下げ局面において計3回、累計75bpの利下げに動くなど金融緩和を進めている。足元の景気は、インフレ鈍化や中銀による断続的な利下げに加え、トランプ関税の発動を前にした輸出の駆け込みも追い風となった。その結果、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+2.78%と堅調に推移している。しかし、先行きは対米輸出額が名目GDP比1割強に及ぶなか、米トランプ政権が同国への相互関税を36%としており、その行方が景気を大きく左右する。現状は上乗せ分(26%)が90日間延期されたことで10%に留まるなか、交渉期限を前に輸出に駆け込みの動きが確認されているものの、仮に上乗せ分を含めて発動されれば、下振れは必至と見込まれる。タイ政府は米トランプ政権との関税交渉に自信を覗かせるが、中国にとってのレアアースのような『強力なカード』がないことに鑑みれば、交渉が円滑に進むとの見通しは立ちにくい。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

他方、このところのタイでは、政局を巡る動きが喧しさを増している。発端は、先月下旬に隣国カンボジアとの国境地帯において両軍が一時的に交戦状態に発展したことがきっかけとなった。両国の国境地帯では、過去にも数回、プレアヴィヒア寺院遺跡とその周辺の領土を巡って武力衝突が繰り返された歴史がある。その度に、カンボジアによる国際司法裁判所(ICJ)への提訴を経てカンボジアによる領有権が認められる一方、その他の国境未画定地帯を巡って両国の協議が進められた。しかし、その後にタイ国内ではいわゆる『タクシン派』と『反タクシン派』の政治対立が激化し、当時のタクシン派政権がカンボジアの主張に沿う見方を示したことを機に、反タクシン派や国軍が反発を強めた。結果、2008年から両軍による断続的な武力衝突が発生するも、再度ICJがカンボジアの領有権を認めた上で両軍の即時撤退を命じ、2012年の両軍の撤退開始により一旦の終結と現状維持状態が続いた。しかし、一昨年の総選挙を経てタクシン派を中心とする政権が誕生するも、タクシン派と親軍派、反タクシン派の連立という枠組みも影響して、国境問題が政権内の主導権争いを巡る争点となった。その後も、かつて両国政府間で合意され、タクシン派のセター前政権が復活を目指した合同資源開発計画を巡って、その内容がカンボジア側の主張に沿ったものであることを理由に、反タクシン派を中心に反発が強まる結果となった。そして、タイ国内での動きを受けてカンボジア側も態度を硬化させた結果、年明け以降に国境地帯で双方による挑発行動が活発化し、緊張状態が高まるなかで交戦に発展した。

先月末の交戦は約10分で終息した模様だが、その後に互いに相手側が先に発砲したと主張するなど泥沼の様相を呈したほか、直後にタイ国軍が『高度な』軍事作戦を準備する旨を明らかにするなど緊張状態が高まった。その後、両国は閣僚級協議を開催して平和的な解決で合意するも、タイは二国間協議による現状維持を目指す一方、カンボジアはICJへの再提訴による現状変更を目指すなど両国の認識を巡る隔たりは大きい。さらに、今月中旬にタイのペートンタン首相は対立解消へ、カンボジアのフン・セン上院議長(前首相)と非公式に電話会談を行うも、その内容が流出したことでペートンタン氏は窮地に立たされている。電話会談では、ペートンタン氏の父であるタクシン元首相とフン・セン氏が昵懇の仲であるなか、ペートンタン氏がフン・セン氏にへりくだる姿勢をみせた上で、強硬姿勢をみせるタイ国軍高官を批判する内容であったため、親軍派や反タクシン派は政権に対する反発を強めている。そして、昨年のペートンタン政権発足に際して与党連立に合流し、枠内第2党となった保守派・タイの誇り党が連立から離脱する事態に発展した。その一方、親軍派・タイ団結国家建設党の大半のほか、反タクシン派・民主党などが与党連立に残留したことで、与党連立は辛うじて多数派を維持しており、ペートンタン政権は存続に成功している。しかし、与党連立の政権基盤は急速に脆弱さを増しており、国境問題を機にタイ国内ではナショナリズムが高揚する動きがみられるなど、政権は逆風に晒されている。他方、カンボジア国内でも強硬論が高まるなど、今後の両国の協議は見通しが立ちにくくなっている。こうしたなか、タイ国軍はカンボジア国境の検問所を閉鎖して両国間の通行を原則禁止したほか、カンボジアもタイからの農産品や燃料の輸入を停止するなど報復措置に動いている。タイでは、急速な少子高齢化により労働力人口が減少局面に転じるなか、若年人口の多いカンボジアは労働力、供給網の観点からいわゆる『タイ・プラス・ワン』の一角として存在感を高めている。しかし、国境封鎖により供給網の寸断が懸念されるとともに、生産拠点としてのタイの存在感低下を加速させることも懸念される。

図2 議会下院(人民代表院)における党派別議席数
図2 議会下院(人民代表院)における党派別議席数

こうしたなか、昨年後半以降の国際金融市場においては、米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げを受けた米ドル安に加え、年明け以降もトランプ政権の政策を巡る不透明感を理由に米ドル安が進み、過去数年に及んだ米ドル高局面を受けて調整が続いたバーツ相場を巡る状況は一変した。しかし、このところの中東情勢を巡る不透明感の高まりに加え、上述した政局を巡る不透明感の高まりがバーツ相場の上値を抑える動きがみられた。なお、中東情勢については、イスラエルとイランの停戦合意報道を受けて事態打開への期待が高まっているほか、ペートンタン政権が継続されたこともあり、バーツ安圧力は後退している。とはいえ、中東情勢も政局混乱の懸念についても、ともに不透明感の払しょくに時間を要する可能性を勘案すれば、再びバーツ相場を巡る状況が変化することは考えられる。こうした状況も中銀の慎重姿勢を後押ししたとみられる。

図3 バーツ相場(対ドル)の推移
図3 バーツ相場(対ドル)の推移

なお、会合後に公表した声明文では、今回の決定に際して「6(据え置き)対1(25bpの利下げ)」と票が割れたことを明らかにしている。その上で、同国経済について「今年前半は輸出の拡大を追い風に想定を上回った」とした上で、先行きは「米国の関税政策による輸出低迷に加え、地政学リスクや国内要因によるリスクも重なり鈍化する」として、経済成長率は「今年は+2.3%、来年は+1.7%」との見通しを示した。一方、物価動向について「供給要因を理由に低水準に留まる見通し」とした上で、インフレ見通しは「今年は+0.5%、来年は+0.8%」との見通しを示しつつ、「中期的なインフレ期待は依然目標域に留まるが、地政学リスクによるエネルギー価格の動向を注視する必要がある」としている。そして、足元の状況について「過去の利下げによりリスク緩和が図られたことを勘案すれば、今後は景気下支えのために緩和的な姿勢を維持すべき」との見方を示している。また、足元のバーツ相場については「周辺国と同じ動きをみせている」としつつ、信用動向について「経済活動に及ぼす信用の伸びと質を引き続き監視することが適切」との考えをみせている。先行きの政策運営については「物価安定や経済の持続的成長、金融システムの安定維持を目指す枠組の下、先行きの景気は依然非常に不確実」との見方を示しつつ、「経済や物価見通しやそのリスクを注視しつつ適切な対応を講じる」と従来からの考えを示すなど、現行の緩和姿勢を維持する可能性は高い。その意味では、国内外の動向が政策運営のカギを握る展開が続くことに留意する必要がある。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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