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フランスは再び内閣不信任投票へ

~政治安定と財政悪化のトレードオフ~

田中 理

要旨
  • 2025年予算の早期成立を目指すフランスのバイル首相は1日、議会採決を迂回する特別な立法手続きを用いる方針を固めた。極左政党が内閣不信任案を提出する方針で、不信任案が通れば、バルニエ前首相と同様に退陣に追い込まれる。バイル首相は、政権発足直後の内閣不信任案で投票を棄権した社会党に協力を求めるが、同党は移民を巡る最近の首相の発言で態度を硬化しており、不信任投票の行方は予断を許さない。

  • 今回の不信任案を乗り切った場合も、年金改革の見直し協議が大きな関門となる。バイル首相は社会党の協力の見返りに、マクロン大統領の年金改革の見直し是非を関係者が協議する場を設けることを約束。首相は財政悪化につながらない形の年金改革の見直しに応じる構えを示唆しているが、社会党の要求する年金支給開始年齢の引き上げ撤回は巨額の財政悪化につながる。

  • 年後半に入ると議会の前倒し解散が解禁されるが、左派会派を離脱した社会党は、別の左派勢に対立候補を立てられる恐れがあり、早期の議会選挙を望んでいない。予算案や年金改革の見直しで何らかの譲歩が得られれば、消極的な形にせよ政権を支持するインセンティブがある。このことは、フランスの政治安定につながる一方、財政再建が計画通りに進まない可能性を高める。

フランスではバルニエ前首相の不信任でお蔵入りとなった2025年の予算協議が重大な局面を迎えている。上下両院の代表で構成される両院委員会は1月31日、バイル首相が新たに提示した緊縮型の予算案を微修正する形の一本化案で合意した。これを受け、週明けの議会で一本化された予算案の協議が改めて開始される。バルニエ前首相と同様に国民議会(下院)の過半数の協力が得られる見込みがないバイル首相は1日、議会採決を迂回する憲法49条3項の特別な立法手続きを利用する方針を明らかにした。この手続きを利用する場合、議会は24時間以内に内閣不信任案を提出することができ、投票結果が不信任となった場合は内閣が総辞職し、信任された場合は当該法案が可決されたと見做される。バルニエ前首相は予算採決の最終局面でこの手続きを使ったが、左派4党による統一会派と国民連合を中心とした極右勢力が内閣不信任に回り、退陣に追い込まれた。

後任のバイル首相の就任直後に極左政党・不服従のフランスが提起した内閣不信任案は、かつて二大政党の一角を占めた穏健左派の社会党が左派会派から袂を分かつ形で投票を棄権した結果、否決された。バイル首相は社会党の協力を得るために、予算案の一部見直しとともに、マクロン大統領による年金改革の見直し是非を関係者が協議する場を設けることを約束した。だが、社会党と政府による予算案の見直し協議は、1月27日のテレビ・インタビューでのバイル首相の発言を巡って中断した。首相が移民について述べた際に用いたフレーズは、極右政党が頻繁に用いる表現だったとされ、社会党の一部議員が問題視したためだ。暫定予算による弊害が災害対策など一部で出始めており、予算成立を阻止する政治的なコストは、昨年末と比べて上がっている。バイル首相は予算成立での協力を呼び掛けているが、社会党がこれに応じるかは予断を許さない。

今回の内閣不信任案を乗り切った場合も、3ヶ月程度にわたって行われる予定の年金改革の見直し協議が社会党の望む結果に終わる可能性は低い。バイル首相は労使双方の関係者などによる見直し協議の結果、財政悪化につながらない形の代替案で合意した場合、その結果を受け入れるとしている。だが、社会党が要求する年金支給開始年齢の62歳から64歳への引き上げ撤回は、中長期的に巨額の財政悪化につながる。財政中立的な代替案を見つけるのは難しい。年金改革見直しでの社会党と政府の妥協点が次の大きな関門となろう。年後半に入ると、1年に1度しかできない国民議会の前倒し解散が解禁される。左派会派を離脱した社会党に対しては、極左勢力などが対立候補を擁立する可能性を示唆している。社会党は早期の議会選挙を回避したいとみられ、このことも消極的に政権を支持する理由となろう。社会党が内閣不信任に回らない限り、不信任が可決する可能性は低い。今年後半の再選挙のリスクはやや後退したと考えられる。

このことはフランスの政治安定につながる一方、今年度や来年度の予算案や年金改革の見直し案で社会党に何らかの譲歩をする必要があることを意味し、政府の財政再建が計画通りに進まない可能性を高める。バイル首相は2025年の財政赤字の対GDP比率を5.4%と、2024年の6.1%からの削減を目指している。これはバルニエ前首相が掲げた5.0%よりも緩やかな財政再建だが、社会党への譲歩の過程で最終的な赤字の着地点は5.4%をさらに上回る公算が高い。また、バイル首相の予算案では2025年の成長率の前提が+0.9%と、バルニエ前首相の+1.1%から下方修正されたが、フランスの製造業とサービス業を合成したコンポジット購買担当者指数(PMI)は5ヶ月連続で好不況の分岐点である50を下回っている。社会党は政権存続につながる内閣不信任案の投票棄権には応じるが、政府の予算案に賛成票を投じる訳ではない。秋に始まる2026年度の予算協議も再び憲法49条3項に頼らざるを得ない状況にある。財政再建が計画対比で下振れし、政治的な不透明感が払拭されないことから、国債の格下げリスクが高まる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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