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フランス新首相を待つ難題

財政拡張や極右の伸張を招く恐れ

田中 理

要旨
  • 内閣不信任で辞職を迫られたバルニエ氏の後継首相にマクロン大統領が選んだのは、自身に近い中道政治家のバイル氏。穏健左派を直接・間接的に取り込む形の政権が発足できるか、政権協力と引き換えに各党がどのような政策を要求するか、それにより財政運営がどの程度弛緩するかに注目している。新首相就任から数時間後、財政赤字の継続的な削減が困難であるとして、大手格付け会社がフランス国債の格下げを発表した。財政運営への不安が広がっている。

  • 新首相が穏健左派の取り込みに成功する場合も失敗する場合も、下院の解散が解禁される来年後半以降、再び総選挙が行われる可能性が高い。マクロン路線の継続と受け止められかねないバイル氏の首相就任は、次の選挙で政権に加わる政党に逆風となりかねない。また、極左と穏健左派の間で亀裂が生じており、次の選挙で左派が統一会派を結成できない場合、極右政党に有利に働く可能性がある。新首相就任が政治安定につながる可能性は低い。

4日の不信任案可決により僅か3ヶ月でバルニエ内閣が総辞職したフランスでは13日、マクロン大統領を支える中道政党「民主運動(MoDem)」のバイル党首が後継首相に指名された。バイル氏はミッテラン・シラク・マクロンの各大統領の下で閣僚を歴任し、自らも3度の大統領選挙への出馬経験を持つ73歳のベテラン政治家だ。政治的な後ろ盾のなかったマクロン氏が2017年の大統領選挙に出馬した際に逸早く同氏を支持し、以来、マクロン大統領を支えてきた。マクロン氏が大統領に就任した後、初代内閣で司法相に就任したが、自らが率いる政党に欧州議会の公金不正利用疑惑が浮上したことを受け(ちなみに、これは現在ルペン氏が係争中の罪状と同じ内容である)、1ヶ月足らずで辞任、それ以降は閣僚に就任していない。中道政党を旗揚げする以前は、ドゴール派(現在の共和党)から距離を置く中道右派政党に所属し、党首を務めていた。

首相の任命権を持つマクロン大統領は、バルニエ首相に対する内閣不信任で主導的な役割を果たした極右政党「国民連合(RN)」と極左政党「不服従のフランス(LFI)」を、政権発足に向けた10日の主要政党党首との協議の場に招かなかった。大統領は今後も極右政党に政権存続の決定権を握られることを阻止するため、両党を除く勢力の結集を呼び掛けた。バルニエ政権を支えた中道右派の「共和党(LR)」と大統領を支持する中道会派に加え、LFIとともに議会最大勢力の左派会派を結成する「社会党(PS)」、「欧州・エコロジー=緑の党(EELV)」、「共産党(PCF)」の穏健左派政党に対して、政権発足での協力を呼び掛けた(図表1)。極右勢力と極左政党の合計議席(211議席)は国民議会(下院)の過半数(289議席)に届かない(図表2)。政権に批判的だった左派会派を分裂させ、穏健左派の政権支持を取り付けることに成功すれば、新政権が再び内閣不信任で総辞職に追い込まれる事態は避けられる。

(図表1)フランス国民議会の会派構成
(図表1)フランス国民議会の会派構成

(図表2)フランス新政権の議会基盤
(図表2)フランス新政権の議会基盤

バイル新首相は当初からマクロン大統領の意中の人物ではなかった模様だ。13日朝に大統領府を訪れたバイル氏に対して、マクロン大統領は当初、ルコルニュ国防相を首相に任命する意向であることを伝えたとされる。共和党出身のバルニエ前首相の就任以来、マクロン大統領は国政運営でかつてのような影響力を行使することが出来なくなっていた。首相交代を機に権力の再掌握を目指し、自身に忠実なルコルニュ氏を首相に任命しようとした。バイル氏もマクロン氏をこれまで支えてきた人物だが、時にマクロン氏に対峙することも厭わないとの人物評もある。加えて、バイル氏には公金の不正利用疑惑で閣僚辞任に追い込まれた過去がある。同氏は今年2月に無罪判決を受けたが、検察側が控訴している。同じ罪状で訴追されている極右政党の標的となる恐れがある。

マクロン大統領とバイル氏の白熱した議論は2時間近くも続き、バイル氏は首相に指名されない場合には、政権への支持を取り止めると告げたとされる。両者の会談は結論が出ぬまま終わり、マクロン大統領は少し考える時間が欲しいと告げ、バイル氏は大統領府を去ったとされる。これを受け、報道各社はマクロン大統領がバイル氏を首相に任命しなかったと報道した。マクロン大統領はルコルニュ氏の首相任命に向けての根回しを進めたが、共和党がかつて同党に所属したルコルニュ氏の首相就任を歓迎した一方で、左派は難色を示したとされる。マクロン大統領はルコルニュ氏の首相任命を断念し、バイル氏を大統領府に呼び戻し、首相に任命した。

バイル新首相はマクロン大統領との確執を否定、「完全に機能し、大統領と補完し合う首相になる」ことを表明した。政権発足に向けて、主要政党の幹部との会談を重ねており、政権への協力を要請している。穏健左派は当初、次期政権に協力する条件として、左派寄りの人物の首相就任を求めてきた。社会党のフォール党首は、バイル氏の名が首相候補に挙がった際にはマクロン大統領の政策をそのまま引き継ぐ人物であるとして、首相就任に難色を示してきた。バイル氏の首相就任後は、マクロン路線やバルニエ路線からの軌道修正、年金、教育、治安、司法、医療アクセスなどの政策重視、議会採決を迂回する特別な立法手続き(憲法49条3項)の放棄、反移民強硬派のルタイヨ内務相の辞任などを求めている。共和党は政権を支持するか否かは移民、治安、農業、経済再生などの政策次第であるとしており、社会党とは逆にルタイヨ内務相の留任を求めている。バイル氏は古くは中道右派の出身ながら、サルコジ元大統領など共和党の有力政治家との関係は必ずしも良くないとも伝えられる。サルコジ氏は2020年に出版した著書で、2012年の大統領選挙の決選投票でバイル氏が右派(国民運動連合、現共和党)のサルコジ氏ではなく、左派(社会党)のオランド氏を支持したことを“裏切り者”として非難したとされる。

今週中にも発表が予定される組閣で、穏健左派と共和党が揃って政権を支持するかどうか、政権への協力と引き換えに各勢力がどのような政策要求をするかに注目が集まる。政権発足協議から排除された極左政党は早速、バイル新首相に対する内閣不信任案の提出を示唆しているが、極右政党はひとまず不信任案に同調する意向はないとされる。バイル氏は過去に自身と同じ公金不正利用疑惑で訴追された極右政党を擁護する発言をしたことがあるほか、少数政党の党首として比例代表の要素を盛り込んだ選挙制度改正を求めている点で極右政党と立場が一致している。極右政党の関係者は過去にバイル氏を「首相の適任者である」と発言したことがある。バイル新首相は組閣作業を進めると同時に、暫定予算の策定に必要な特別法の議会審議を進め、クリスマス休暇前の法案採決を目指す。2024年度予算を書き換える暫定予算が年内に成立すれば、公務員給与の支払い停止や米国型の政府閉鎖などの事態を回避可能だが、議会で承認された以外の新たな歳出項目や増税措置などに取り組むことはできない。極右と極左を含む主要政党は、暫定予算の成立阻止による混乱を回避する点では意見が一致している。

バイル新首相の就任から数時間後の14日深夜0時過ぎ、大手格付け会社ムーディーズはフランスの国債格付けを「Aa2」から「Aa3」に引き下げると発表した。同社は10月末の格付けレビューでは格付けを据え置いたが、今回は「次期政権が来年以降も財政赤字を持続的に削減できる可能性は今のところ非常に低い」と指摘し、事前に予定されていなかったタイミングで格付けを変更した。これにより大手3社の格付けは「AA-」相当で並んだ(図表3)。今後も財政再建が進まなければ、他社が格下げで追随し、シングルA格への転落も視野に入ってくる。フランスの国債利回りには、一段の上昇圧力が及ぶことになろう(図表4)。

(図表3)主な欧州諸国の外貨建て長期国債格付け
(図表3)主な欧州諸国の外貨建て長期国債格付け

(図表4)フランス10年物国債利回りの対独スプレッド
(図表4)フランス10年物国債利回りの対独スプレッド

新政権は来年の早い段階で2025年度予算案の策定を改めて目指すことになる。その際、穏健左派を取り込む形での政権発足に成功していれば、政権基盤は安定するが、歳出拡大圧力が強まり、財政再建が遠退くことになる。穏健左派の取り込みに失敗し、バルニエ内閣同様に共和党と中道会派が支持する政権が誕生している場合、2025年度予算を成立させることは事実上不可能となる。議会採決を迂回する特別な立法手続き(憲法49条3項)を使って予算成立を目指せば、バルニエ首相と同様に内閣不信任で総辞職に追い込まれる。議会運営は停滞し、下院選挙が解禁される来年後半以降、議会の解散・総選挙が行われる可能性が高い。

穏健左派を直接・間接的に取り込む形の政権が発足した場合も、次期政権は短命政権に終わる可能性が高い。左派と右派、親マクロン派と反マクロン派の政策協調は難航が避けられない。首相任命を巡る確執がフランス国民の間で広く知れ渡ったとしても、マクロン大統領に近いバイル首相が率いる政権の誕生は、マクロン路線の継続と受け止められ、次の下院選挙で政権に参加する政党への逆風となる可能性がある。また、今回の首相選出で、極左と穏健左派の間に亀裂が生じており、次の下院選挙で左派が再び統一会派を結成できるかは不透明だ。その場合、極左と穏健左派との間で左派票が割れ、極右政党に有利に働く可能性がある。前回の選挙では左派、中道、極右の3勢力が初回投票を通過する選挙区が多かったうえ、決選投票では左派と中道が候補者を一本化し、反極右票の分裂を防いだ。極左と穏健左派の間で左派票が分断すれば、決選投票に進出できる左派勢力の票が伸び悩む恐れが出てくる。新首相就任が政治安定につながる可能性は低い。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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