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フランスの政権崩壊危機

~3つの内閣不信任投票と極右の変心~

田中 理

要旨
  • フランスでは近く来年度の予算審議に関連した3つの内閣不信任投票が行われる。政権奪取の機会を窺う極右政党は、政府が予算案の修正に応じない限り、不信任票を投じる可能性を示唆。バルニエ首相は極右の要求を一部受け入れたが、極右は更なる譲歩を求めている。不信任となった場合、内閣は総辞職し、来年度予算案も廃案となる。極右の協力で信任された場合も、下院選挙が解禁される来年後半以降、再選挙となる可能性が高まっている。前回は反極右で協力した左派と中道間の亀裂、選挙制度改正の行方次第で、極右の政権奪取が現実味を帯びかねない。

フランスで9月に発足したバルニエ政権の命運を賭けた予算審議が佳境を迎えている。国民議会(下院)で過半数の議席を持たない同政権は、来年度予算案の年内可決を目指し、12月中に予定される3つの関連法案の最終審議で、憲法49条3項に基づく特別な立法手続きを利用する方針だ。同手続きでは、法案に関する議会採決を回避できる一方、議会は対抗措置として24時間以内に内閣不信任案を提起することが可能で、不信任となった場合は内閣が総辞職し、信任された場合には当該法案が可決されたと見做される。議会の最大勢力である左派勢力「新人民戦線」は、政府が議会採決を迂回して予算通過を目指す場合、内閣不信任案を提起する方針を固めており、極右政党「国民連合」がこれに同調する可能性を示唆している。左派勢力だけでは政権を倒すのに必要な議席を持たないが、極右勢力の議席を合計すると、不信任案の可決に必要な過半数を上回る(図表1)。不信任案が可決されれば、内閣は総辞職し、来年度予算案も廃案となる。俄かに再浮上したフランスの政治・財政リスクを受け、フランスの国債利回りが急上昇し、域内の安全資産とされるドイツ国債との利回りスプレッドが一時、欧州債務危機時以来の水準に拡大した(図表2)。

不信任投票は12月4日、6日、20日に行われる可能性が取り沙汰されている。来年度予算案のうち社会保障に関連した部分は、11月26日に与党が過半数の議席を持つ元老院(上院)で可決され、両院協議会での一本化作業を経て、12月2日に下院の最終審議に諮られる。政府は49条3項を使って法案可決を目指すとみられ、4日に内閣不信任投票が行われる可能性が高い。また、今年度の補正予算案は11月25日に上院を通過し、12月3日に両院協議会の開催が予定され、4日に下院に戻される。政府はここでも49条3項を発動するとみられ、6日に内閣不信任案の投票が行われる可能性が高い。社会保障以外の来年度予算案は下院で否決された後、上院に送られ、12月12日の採決が予定されている。この場合、16日に両院協議会を開催した後、18日に下院に戻され、20日に内閣不信任案の投票が行われる可能性が高い。

政権発足当初から極右がバルニエ政権の存続可否を握る状況にあることは広く知られていた。だが、下院の前倒し選挙は来年後半まで行うことができず(憲法規定で下院選挙は1年に1回しかできない)、今回の投票で政権を倒しても選挙に持ち込むことはできない。次の大統領選挙や国民議会選挙での政権奪取を目指す極右は、政治混乱や財政危機を招いたとの有権者の批判を回避するためにも、この段階での政権打倒を目指さないと考えられていた。だが、極右はここにきて、来年度予算案の内容を自らの要求に沿った形に修正しない限り、バルニエ政権を信任しない可能性を示唆している。極右政党の関係者は、電力税の引き上げ撤回、年金の物価スライドの早期完全導入、外国人に対する医療扶助の削減、EU予算への拠出金削減などを要求している。バルニエ首相は11月28日、電力税の引き上げ撤回、不法移民に対する健康保険の利用条件厳格化、議会選挙に比例代表制を導入する法案を来年春までに提出することを約束した。極右は社会保障関連法案の最終審議が始まる週明けまでの更なる譲歩を求めている。

ブレグジット協議でEU側の首席交渉官を務めたバルニエ首相は当時、英国が仕掛けるチキンレースに一歩も引かない強気の交渉姿勢を貫いた。今回は極右の協力なしに難局を乗り切れないことから、比較的早い段階で譲歩姿勢を示している。だが、極右の要求がエスカレートしていった場合、政府の財政再建の遂行能力が不安視される恐れがあり、全面的に受け入れることは難しい。財政赤字の拡大を受け、ムーディーズとフィッチは10月にフランス国債の格付けを「Aa2」と「AA-」に据え置いたものの、何れも見通しを「安定的」から「ネガティブ」に変更した。また、5月に格付けを引き下げたばかりのS&Pは、フランス国債の格付けを「AA-」に据え置き、見通しも「安定的」で変更なしとしたが、政治的な不確実性に伴うリスクに言及している。

内閣不信任案が可決された場合、マクロン大統領は新たな首相を任命することになる。左派勢力の切り崩しに成功すれば、極右と極左を排除する形での中道政権が誕生し、現政権よりも議会基盤が安定化する。左派の切り崩しに失敗する場合、中道右派の「共和党」とマクロン大統領を支持する中道会派「アンサンブル」が協力する現政権の枠組みが維持されよう。6・7月の国民議会選挙後、バルニエ首相を任命するまでに要した時間と会派間の難しい調整を考えると、年内の暫定予算の成立を優先し、バルニエ首相を再任する可能性もある。米国型の政府閉鎖を回避するため、来年度の税徴収を可能にする特別法の議会承認を進め、政令で政府歳出を配分することになるが、議会で承認されていない新たな税徴収や歳出は認められない(憲法47条)。つまり、今年度の予算が来年度予算に引き継がれる。特別法の議会承認が難しい場合、大統領は公的機関の適切な機能中断時に必要な措置を講じる大統領権限(憲法16条)を発動する可能性がある。

バルニエ首相が極右の要求にさらに譲歩し、内閣不信任案が否決された場合、政権は存続し、来年度予算も成立する。だが、今回の一連の予算協議の混乱は、現政権の議会基盤の脆弱性を改めて露呈した。国民議会選挙が解禁される来年後半以降、いつ選挙が前倒しされてもおかしくない臨戦モードとなろう。前回の国民議会選挙では、極右が初回投票でリードしたが、決選投票では左派と中道が候補者を一本化したことで、最終的な極右の獲得議席は伸び悩んだ。極右の政権奪取を阻止するための選挙協力が奏功したが、決選投票での極右の得票率(37.1%)は左派(25.8%)や中道(24.5%)を大きく上回っていた。そのうえ、議会の最大勢力となりながら、政権を率いる機会を奪われた形の左派は、バルニエ政権やマクロン大統領との対決姿勢を強めている。次の国民議会選挙で前回同様に左派と中道が手を組むかは微妙なところだ。その際、極右の求めに応じてバルニエ首相が約束する比例代表の要素を盛り込む選挙制度改正が実現している場合、極右は政権奪取にまた一歩近づく。

図表
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以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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