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- フランス政権発足と今後の注目点
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- 下院選挙後に政権不在が続いたフランスでは5日、共和党出身でブレグジット協議でEU側の主席交渉官を務めたバルニエ氏が首相に指名された。政治空白が長期化するリスクは回避されそうだが、議会の過半数の支持を得ていない新政権は不安定な政治環境や難しい議会運営に直面することになる。投票棄権で政権発足を容認する極右が今後の政権運営に協力するのは望み薄だ。前政権と同様に議会投票を迂回する憲法上の特例措置などを駆使して、法案審議を乗り切る必要がある。親EUで保守派のバルニエ氏の首相就任で、財政運営を巡るEUとの衝突は避けられるとの見方が浮上するが、左派の支持取り込みの過程で財政が弛緩しないかに注目。極右が政権の命運を握る状況が続くことになり、中長期的にみた政治リスクにも注意が必要となる。
フランスのマクロン大統領は5日、かつて二大政党の一角を占めた中道右派の「共和党(LR)」出身で、英国のEU離脱交渉のEU側の主席交渉官を務めたバルニエ氏を新たな首相に指名した。国民議会(下院)選挙の結果を受け、マクロン大統領は自身を支持する与党連合「アンサンブル(ENS)」からの首相任命を断念し、最多議席を獲得した左派連合「新人民戦線(NFP)」が推すカステ氏(パリ市の財政局長)の首相指名を拒否。パリ五輪後の8月23日に再開された政権発足協議では、政治色の薄い経済社会環境評議会(CESE)のボーデ氏、左派連合に加わる中道左派の「社会党(PS)」出身のカズヌーブ氏(オランド政権時代の首相)、共和党出身のベルトラン氏(閣僚を歴任した共和党重鎮)などが首相候補として浮上したが、マクロン大統領との政策相違や議会の不信任投票を乗り切る算段が経たないことから、指名を見送ってきた。
バルニエ氏は1990年代から2000年代前半に複数の閣僚を歴任、2度の欧州委員(EUの閣僚に相当)、ブレグジット交渉の主席交渉官などを務め、2022年の大統領選では共和党の大統領候補の予備選挙に出馬したが、ペクレス氏に敗れた。大統領予備選でマクロン大統領を厳しく糾弾したこともあり、両者の関係は近年必ずしも良くなかったとされる。それでも大統領が同氏を指名した背景としては、バルニエ氏が拡張的な財政運営や年金改革の撤回を主張していないとみられることや、カズヌーブ氏やベルトラン氏への不信任を示唆した議会三番手の極右政党「国民連合(RN)」がバルニエ氏については政策方針をみて判断するとしており、即時退陣を求めない意向を示唆していることがある。
バルニエ氏は来週にも閣僚名簿を提出し、大統領の承認を経て、新政権の政策方針を発表するとみられる。議会の広範な支持を得るため、穏健左派からも閣僚を指名するか、左派の政策の一部を取り込むかに注目が集まる。マクロン大統領は従来以上に外交や国防などに専念し、バルニエ氏が内政全般の舵取りを担うことになるだろう。夏季休暇後の国民議会の通常会期は10月1日に始まるが、9月中に臨時議会を招集する可能性もある。新政権が議会の信任が得られることを確認するため、政策方針の発表後にバルニエ新首相が議会で内閣信任投票に臨む可能性もあるが、これは法的に必須の手続きではない。これとは別に、バルニエ氏の首相就任に反対する左派連合が内閣不信任動議を提出する可能性が高い。国民議会の10分の1の署名が得られる場合、不信任投票が行われ、絶対多数(定数577のうち289名以上)で可決された場合、内閣は総辞職する。共和党を中心とする「共和右派会派(DR)」の47名、与党連合の166名の大多数がバルニエ氏を支持するとみられるが、今後数日で左派連合内の切り崩しが進まない限り、左派連合の193名の多くが不信任票を投じるとみられる。国民連合を中心とした極右の132名は、投票を棄権する可能性が高い。その場合、内閣不信任案はひとまず否決されるが、左派連合と極右が協調すれば政権は倒れる。
国民議会選挙の決選投票から60日近くが経過し、予算審議の遅れなどの政策停滞も不安視されていた。首相指名に漕ぎ着けたことで、政権発足ができずに政治空白が長期化するリスクや、マクロン大統領の責任論に発展するリスクは回避されそうだが、議会の過半数の支持を得ていない新政権は不安定な政治環境や難しい議会運営に直面することになるだろう。投票棄権で政権発足を容認する極右が今後の政権運営に協力するのは望み薄だ。前政権と同様に議会投票を迂回する憲法上の特例措置などを駆使して、法案審議や予算審議を乗り切る必要がある。
政権発足の遅れで予算審議の日程はタイトだ。若干の猶予が認められる可能性はあるが、通常の日程では、9月13日までに来年度予算案を財政高等評議会に提出、9月20日までに中期財政計画を欧州委員会に提出、10月1日までに来年度予算案を議会に提出、10月中旬までに来年度予算案を欧州委員会に提出、11月頃に予定される欧州委員会の財政評価を反映したうえで、議会提出から70日以内に予算案を可決しなければならない。
暫定政権のルメール財務相は9月2日、2024年の財政赤字の対GDP比率が、2023年の実績(5.5%)や当初の政府計画(5.1%)を上回る5.6%に達する可能性があり、160億ユーロの追加の財政緊縮措置が必要になることを示唆した。フランスはEUの財政規律違反の恐れがあるとして、その是正措置である「過剰赤字手続き(EDP)」の対象国で、新たな財政ルールの下で、GDP比で年0.5%相当の構造的財政収支の改善が求められている。利払い費の増加分を計算から除外する時限措置が認められるが、それでも年0.3~0.4%程度の財政赤字の削減が求められよう。9~11月には格付け各社のフランス国債のレビューも予定され、財政再建が計画通りに進まない場合、国債格下げの可能性が高まる。
新政権は共和党や与党連合の主張に則り、歳出削減を中心に財政再建を進める可能性が高いが、減税や年金改革の撤回を求める左派連合がこれに反対するとみられ、極右の賛同が得られるかも定かでない。親EUで保守派のバルニエ氏の首相就任で、財政運営を巡るEUとの衝突は避けられるとの見方が浮上するが、左派の支持取り込みの過程で財政が弛緩しないかを冷静に評価する必要がある。
中長期的にみた政治リスクにも注意が必要となる。ひとまず政権発足に漕ぎ着けたとしても、極右が政権の命運を握る状況が続くことになる。極右がバルニエ氏の就任を受け入れたのは、同氏が選挙制度改正に肯定的であることが背景にあるとの見方もある。極右は政権奪取の障害となっている現在の選挙制度を改め、比例代表の要素を取り入れることを主張している。政権奪還の準備が整った段階で、内閣不信任のカードを切る恐れがある。
田中 理
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