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幻に終わりそうなトラスノミックス

~市場の動揺封じ込めには更なる軌道修正が不可欠~

田中 理

要旨
  • 新政権の政策迷走による金融市場の混乱が続く英国では、トラス首相がクワーテング財務相を解任、財政規律派のハント元保険相を後任に選び、金融市場の動揺封じ込めと党内の結束を目指している。ハント新財務相は更なる減税撤回や歳出削減の可能性に言及、週明けの金融市場はこれを好感したが、BOEの時限国債購入が14日に予定通り終了し、政府の更なる方針転換がない限り、金融市場の動揺再燃が避けられない。今後の財政運営の主導権はハント財務相に移り、トラス首相は就任から僅か1ヶ月余りでレームダック化しよう。保守党が2025年1月までに実施する次の総選挙をトラス首相の下で戦う可能性は極めて低いが、このタイミングで後継党首の選出に数ヶ月も掛ければ、有権者の更なる反発を招くことが必至。10月末の中期財政計画の発表に合わせて、財政方針の更なる軌道修正が明らかにされない場合、直後に政策委員会を控えるBOEは、市場安定を優先するか、インフレ上振れを警戒するか、難しい選択を迫られる。

BOEによる時限国債購入の終了期限を控えた14日、トラス首相は2010年の当選同期で盟友であるクワーテング財務相を解任し、ジョンソン前政権時代に決めた来春からの法人税率の引き上げを凍結する方針を撤回した。新政権によるエネルギー料金の凍結と総額450億ポンドの大型減税の発表以降、英国の金融市場に動揺が広がっている。BOEによる市場介入終了後の金融市場の再混乱への警戒が高まるなか、首相は既に決定した所得税の最高税率引き下げ撤回に加えて、法人税率の引き上げ凍結を撤回し、経験豊富で規律重視派のハント元保険相を後任の財務相に任命し、市場の動揺封じ込めと党内の結束を狙った。

だが、14日の首相記者会見では、自らの辞任を否定、僅か4つの質問で切り上げ、十分な説明責任を果たしていないとの批判が広がっている。記者会見後に英国債利回りが一段と上昇し、党内からもトラス首相の辞任を求める声が聞かれ始めている。ハント新財務相は金融市場の信頼回復に向けて、財政規律を重視する趣旨の発言を積極的に発信、更なる減税撤回や歳出削減の可能性に言及している。こうした新財務相の方針変更を受け、週明けの外国為替市場ではポンドの買い戻しが優勢となっており、BOEの時限購入終了後の国債市場の動揺が回避できるかに注目が集まる。

当面の焦点となりそうなのが、①残る減税策の実現を目指すトラス首相と更なる方針転換を目指すハント財務相のどちらが今後の財政運営の主導権を握るか、②10月31日に発表される中期財政計画とそれに合わせて公表が見込まれる予算責任局(OBR)の財政見通しに基づき、中期的な財政健全化にどの程度の追加措置が必要と判断されるか、③トラス首相降ろしの動きが本格化するか、④国債の担保価値下落に見舞われる年金基金がマージンコールに応じるうえで必要な手元資金を十分に確保しているか。

トラス減税の一部撤回後も財政健全化には数百億ポンド規模の追加措置が必要とされ、金融市場の動揺封じ込めには更なる方針転換が不可欠とみられる。今後の財政運営の主導権はハント財務相に移り、就任から僅か1ヶ月余りでトラス首相はレームダック化することが予想される。トラス首相が自ら辞任を決断しない場合、首相放逐には保守党の党首不信任決議が必要となる。首相が保守党党首を辞任した場合、トラス氏自身が選ばれたのと同様に、党首選の立候補者を募り、議員投票で2候補まで絞り込んだ後、一般党員による投票で後継党首が選出され、次期首相に就任する。トラス首相就任後の政策迷走と金融市場の混乱もあり、数ヶ月に上る保守党の内部手続きを経て後継首相を選べば、国民の更なる反発を招くことは必至。トラスショック後、各種の世論調査で、野党・労働党が与党・保守党に対するリードを広げている。英国では議会任期固定法が廃案となり、次の総選挙は2025年1月までに実施される。今後、景気が大幅に好転でもしない限り、保守党はトラス首相の下で次の総選挙を戦っても勝ち目がない。議会任期満了を待たずにトラス首相の辞任は避けられないとみられるが、そのことは保守党内のごたごたや勢力争いを露呈することにもつながり、有権者からは冷ややかな目で見られる可能性がある。仮にトラス首相が早期に辞任する場合、後継候補を改めて一本化し、議員投票や党員投票なしでの後継党首(首相)の選出を目指すことが考えられよう。

年金基金が十分な手元資金を確保したかどうかは不透明だが、金融監督の責務も担うBOEが予定通り時限購入措置を打ち切ったことからは、金融安定上の懸念がひとまず和らいだ模様。ただ、今後も国債価格の下落が続けば、改めて市場介入が必要となる可能性がある。10月31日の中期財政計画の発表に合わせて、政府による明確な方針転換が出てこない場合、11月3日の次回金融政策委員会(MPC)では、金融市場の動揺再燃に伴い市場介入を再開・強化するか、減税による中期的なインフレ圧力を警戒して利上げ幅を強化するか、難しい選択を迫られる。

以上

田中 理


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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