上がるCPI、下がるGDPデフレーター

~海外への所得流出がもたらすGDPデフレーターの悪化~

新家 義貴

要旨
  • 消費者物価指数が上昇に転じる一方で、GDPデフレーターは大幅下落が続いている。乖離の原因は輸入物価の上昇による海外への所得流出。輸入物価の上昇がCPIの押し上げ要因になるのに対して、コスト増が十分に価格転嫁ができない場合にはGDPデフレーターの押し下げ要因になる。

  • 海外への所得流出による損失は、主に家計と企業によって負担される。輸入物価の上昇により生じたコスト増を販売価格に十分転嫁できなければ企業収益の圧迫の形で企業が負担し、値上げが実施されれば家計の負担が増大する。前者(収益圧迫)がGDPデフレーターの下落、後者(家計負担増)がCPIの上昇に対応する。どちらも景気を悪化させる要因であり、コストプッシュの形で生じるCPIの上昇は、デフレ的な側面も併せ持つ。

  • この先予想されるCPIの上昇は、あくまで資源価格の上昇によるもので、持続性には疑問符がつく。時間の経過とともに原油価格の上昇寄与が剥落するにつれて、CPIも再び伸び率を低下させる可能性が高い

乖離が広がるCPIとGDPデフレーター

消費者物価指数が上昇している。2021年12月の消費者物価指数(生鮮食品除く)は前年比+0.5%と小幅な伸びにとどまるが、21年4月には▲0.9%だったことを考えると、上昇ペースは速い。また、原油等、資源価格の上昇が続いており、今後もエネルギー価格の伸びが高まる可能性が高いことに加え、食料品価格の上昇も目立ってきた。こうした押し上げ圧力が当面残存することから、消費者物価指数は22年4月には一時的に+2%に近づく展開が予想されている。こうした状況を受け、新聞や雑誌などでは「インフレ」の文字が躍るようになってきた。

こうしたCPI上昇の一方で、もう一つの代表的な物価指標であるGDPデフレーターは下落を続けている。2021年4-6月期のGDPデフレーターは前年比▲1.1%、7-9月期は▲1.2%と大幅なマイナスとなっていることに加え、2月15日に公表される21年10-12月期分では、前年比▲1.4%と、一段とマイナス幅を拡大させることが予想される。CPIとGDPデフレーター。この二つの物価指標の乖離は何を意味するのだろうか。

価格転嫁ができない企業部門

この乖離をもたらしているのは、原油等、輸入価格の上昇だ。輸入価格の上昇は、CPIでは上昇要因となるのに対して、GDPデフレーターでは下落要因として捉えられるためである。

GDPデフレーターは名目GDP/実質GDPとして表され、GDPは国内需要に輸出を加え、輸入を差し引いたものとして表される。ここで、購入数量が変わらない状態の下で原油価格が上昇し、輸入金額が増加した場合を考えてみよう。輸入コストの増加を企業が販売価格に完全に転嫁できた場合には、名目の国内需要や輸出も同じだけ増加するためGDPデフレーターは変化しない。一方、転嫁が十分にできていない場合には、控除項目である輸入増の影響が上回り、分子である名目GDPが低下することでGDPデフレーターも低下してしまう。つまり、足元におけるGDPデフレーターの下落幅拡大は、輸入価格の上昇が最終価格に十分に転嫁できていないことを意味しており、企業にとっては採算性の悪化と企業収益の押し下げとして影響が現れる。

ここで改めて消費者物価とGDPデフレーターの関係を考えてみよう。消費者物価は家計が日々の生活において直面する価格変動であり、GDPでは主に個人消費デフレーターに対応する。また、これに設備投資デフレーターなどが加わったものが国内需要デフレーターとなる。GDPデフレーターは、そこに輸出価格、輸入価格の変動も加味したものである。つまり、GDPデフレーターは、日ごろ我々が目にする物価に、交易条件の動向も反映したものとなっている。したがって、足元のGDPデフレーターの低下は、原油価格の大幅な上昇によって輸出価格以上に輸入価格が上昇し、諸外国との交易条件が悪化していることを反映していると言い換えることもできる。

GDP統計では、交易条件の変化が与える効果の大きさを「交易利得」として計上しており、実質GDPに交易利得(損失)を加えたものを実質GDI(国内総所得)と言う。この交易利得は、輸入物価の上昇を背景としてここ数四半期急激に悪化しており、海外への所得流出が進んでいることが示されている。また、2月15日に公表される21年10-12月期のGDPでは、輸入物価の急上昇により交易損失はさらに大きく拡大するとみられる。10-12月期の実質GDPは前期比年率+5%~+7%程度の高成長が予想されているが、交易損失を加味した実質GDIの伸びはそれを大きく下回ることに注意が必要だ。このように、実質GDPで見るか、実質GDI、名目GDPで見るかによって印象はかなり異なる。21年10-12月期のGDPではこうした点も合わせてみることが重要だろう。

こうした海外への所得流出による損失は、主に家計と企業によって負担されることになる。輸入物価の上昇により生じたコスト増を販売価格に十分転嫁できなければ企業収益の圧迫の形で企業が負担し、やむにやまれず値上げが実施されれば家計の負担が増大する形になる。これは、前者(収益圧迫)がGDPデフレーターの下落、後者(家計負担増)がCPIの上昇にそれぞれ対応している。今のところ、経済活動正常化の流れの影響が大きく、企業収益が明確に悪化する動きは顕在化していないが、今後はコスト増による収益圧迫の動きが見えてくることになるだろう。このように、GDPデフレーターとCPIとの乖離した動きは、現在の景気状況を的確に表しているのである。

企業収益の減少は設備投資の減少をもたらし、CPIの上昇は実質所得の低下を通じて個人消費の下押しに繋がる。どちらも景気を悪化させる要因であり、需給面からみた物価下落圧力を引き起こす。このように、コストプッシュの形で生じる物価上昇は、デフレ的な側面も併せ持つ。

こうしてみると、CPI上昇の持続性には疑問符がつく。前述の通り、この先、消費者物価指数の伸びが大きく拡大することが予想されるが、それはあくまで原油を中心とした原材料価格の上昇によるものである。時間の経過とともに原油価格の上昇寄与が剥落するにつれて、CPIも再び伸び率を低下させていくだろう。2023年にはCPIは再びゼロ%台に戻る可能性が高いと予想している。

(参考文献)

・新家義貴(2008)「消費者物価上昇でもデフレ脱却はまだ先」(日経BizPlus 景気を語るこの指標)

新家 義貴


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新家 義貴

しんけ よしき

経済調査部・シニアエグゼクティブエコノミスト
担当: 日本経済短期予測

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