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猛スピードで進むドイツの連立協議

~SPDのショルツ氏が率いる連立政権が年内誕生へ~

田中 理

要旨
  • 難航・長期化が不安視されたドイツの連立協議は、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党による予備協議が開始から僅か1週間余りで基本合意され、近く正式協議が開始される。前回選挙後の連立協議のスケジュールに照らせば、12月にもSPDのショルツ氏が率いる連立政権が誕生する可能性が高い。
  • 予備協議の合意文書には、最低賃金引き上げ、投資拡大、脱石炭前倒し、再生可能エネルギーの普及促進、財政規律維持、法人税・所得税の税率引き上げなし、高速道路の速度無制限維持など、各党の主要政策をバランスよく盛り込まれた。多少の政策相違に目をつぶり、政権発足を優先する構え。財源の裏付け、政策の具体的中身、閣僚ポストの配分は今後の正式協議に委ねられる。

連邦議会選挙から約3週間が経過したドイツでは、7日に信号連立(赤緑黄連立)に向けた予備協議を開始した社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党が15日、僅か1週間余りで正式協議の土台となる12ページの政策文書を交わし、正式な連立協議に入ることに合意した。金曜日から週末の間に行われた党代表者による投票では、SPDが全会一致で賛成し、緑の党も賛成多数(70票のうち2票が反対)で、正式協議入りを承認した。残るFDPは18日に投票を行う予定で、後述の通り、政策の基本方針で一定の譲歩を勝ち取ったこともあり、こちらも承認が見込まれる。

前回2017年の連邦議会選挙後の連立協議を振り返ると、9月24日の投開票後、10月18日にジャマイカ連立の予備協議が開始され、11月19日に予備協議が決裂、12月初旬に新たに大連立の予備協議が開始され、翌年1月12日に予備協議が終了、同月21日にSPDが正式協議に進むことを承認、2月7日に正式な連立協議で合意、連立合意の受け入れ是非を問うSPDの党員投票を経て、3月14日の連邦議会の投票で連立政権が発足した。

今回は1950年代以来となる3党による連立政権の発足を目指し、所得再分配や環境重視のSPDと緑の党と、親ビジネスで財政規律重視のFDPの間で政策相違も大きく、連立協議は難航・長期化が不安視された。だが、蓋を開けてみれば、想定を遥かに上回るスピードで前進している。前回投票後は予備協議終了から正式協議終了まで26日間、正式協議終了から政権発足までに35日間を要した。このスケジュールに擬えば、12月中にはSPDのショルツ氏(メルケル首相が率いる大連立政権の財務相兼副首相)を首相とする連立政権が発足しよう。

史上最低の得票率で第2党に沈んだキリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)は、公式の場で政権発足を諦めた訳ではないが、首相候補のラシェット氏は党首を辞任することを表明し、党内からも下野して次の選挙に臨むべきとの声が多い。選挙後の各種世論調査からも、国民の間でCDU・CSUが主導する連立政権発足への支持は得られない。前回2017年の選挙後の予備協議を打ち切ったFDPと、気候変動対策での影響力発揮を目指す緑の党は、政権入りに意欲をみせている。政権発足の他の選択肢が事実上ないことと、各党が細かい政策相違を棚上げし、政権発足を優先していることが、連立協議の推進力となっている。

3党が合意した政策文書では、SPDの主張を盛り込み、最低賃金を時給12ユーロに引き上げ、気候変動・デジタル化・教育分野での投資拡大、緑の党の主張を盛り込み、脱石炭の2038年から2030年への前倒し、再生可能エネルギーの普及促進、FDPの主張を盛り込み、既存の財政規律(債務ブレーキ)の維持、所得・法人税率の引き上げなし、アウトバーン(高速道路)の速度無制限の維持などが列挙されている。

この他にも、行政の効率化、デジタル化の推進、地方経済の底上げ、東西ドイツの社会的・経済的統一の完成、市民対話の強化、気候変動対策の強化、再生可能エネルギーの普及を阻害する障壁除去、太陽光や風力発電の設置目標、EUの気候変動対策を支持、労働環境の改善、柔軟な労働時間、団体交渉の強化、職業訓練や専門資格の習得機会を強化、社会保障の維持・充実、医療システムの強化、若者支援の強化、貧困対策、教育のデジタル化、イノベーション促進、競争力強化、スタートアップ資金の強化、中小企業支援の強化、研究開発の増加、公正なルールに基づく自由貿易推進、公共住宅建設の増加、住宅費の削減、建物のグリーン化支援、ポイント制の移民制度導入、移民の統合政策強化、国の安全確保、差別や過激主義の反対、女性の権利強化、女性の社会進出促進、文化的多様性の確保、選挙法改正、脱税・マネーロンダリング対策強化、グローバルな最低課税導入促進、EU重視、外交・安全保障上の連携強化、人道的責任や人権重視、軍縮、エネルギー供給の多様化など、幅広い内容が盛り込まれている。ただ、財政面での裏付けや政策の具体的な中身は明らかにされていない。

予備協議の合意文書には閣僚ポストの配分は示されておらず、正式協議での重要な争点となろう。FDPのリントナー党首が公然と要求する財務相ポストは、首相に次ぐ最重要ポストとして、連立政権内の第二党に配分されるのが通例だ。第二党の緑の党が外務相ポストや気候変動対策まで所管範囲を広げた経済相ポストを受け入れるのかも注目点の1つとなろう。FDPが財務相ポストを獲得する場合、財政規律重視の度合いが高まり、EUの財政規律見直しや欧州復興基金の恒久化議論にとっては逆風となる。人権問題に関心を持つ緑の党が外務相ポストを獲得する場合、中国やロシアなどに対する外交姿勢が現政権よりも厳しくなるとみられる。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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