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気候変動社会で健康を支える適応資金のあり方

~生命保険会社に求められる次の選択~

牧之内 芽衣

要旨
  • 猛暑の常態化など、気候変動の影響で特に高齢者を中心に健康リスクが増大している。これは生命保険会社にとって給付負担の拡大と、長期的な資産運用の前提となる社会の安定に揺らぎをもたらす。

  • 健康リスクは年齢、所得、住宅の質、家族構成、持病や介護の有無、独居かどうかなどが複合的に作用し、社会的弱者に集中する。公的施策だけでは対応が不十分であり、民間による補完的関与が求められる。

  • 世界の気候関連資金の約9割が再生可能エネルギー・省エネなど、温室効果ガス排出削減を目指す「緩和(mitigation)」に偏在する一方、すでに避けられない影響への備えを強化する「適応(adaptation)」は資金不足が深刻である。長期資金を保有する生命保険会社が適応インフラへの資金供給する意義は一段と高まっている。

  • 社会の安定こそが保険制度の持続性と運用資産の安全性を支える前提であり、適応インフラ投資は単なる社会貢献ではなく、保険業の本質的責務に結びつく。生命保険会社には社会的弱者への資金供給や持続的な社会を支える意思の可視化といった役割が求められる。

  • 気候変動由来の健康リスク拡大に対して、予防・行動支援による給付リスク抑制と、適応インフラへのインパクト投資による社会課題解決と長期リターン確保を両立できるのは生命保険会社ならではの強みである。気候変動社会で人々の暮らしと資金をつなぐ存在として自己定義を再構築することが、今後の経営と投資の持続可能性を左右する。

目次

1. はじめに

地球温暖化や異常気象といった気候変動が、日々の生活に及ぼす影響を実感する機会が増えている。なかでも高齢者を中心に、熱中症や心疾患といった健康リスクの上昇は顕著だ。これは生命保険会社にとっても、給付リスクの増大を招くとともに、長期的な資産運用の面でも重大な課題となっている。なぜなら、気候変動による健康リスクの拡大は、将来的な給付金支払いの増加や保険契約者の行動変化を通じて、保険負債の評価やキャッシュフローの不確実性を高めるため、資産運用におけるリスク管理や投資戦略の見直しを迫るからである。特に長期的な視点で資産を運用する機関投資家としての生命保険会社にとっては、気候変動の影響を適切に織り込んだ資産運用戦略の構築が不可欠であり、見過ごすことのできない重要なテーマとなっている。

本レポートでは、気候変動が健康に与える影響の地域・社会経済要因による影響格差を概観し、生命保険会社の役割を考察する。

2. 気候変動が健康に与える影響

気候変動が人の健康に与える影響については、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)などの国際的な報告書でも、気候変動が死亡率や疾病リスクに影響を及ぼすことが指摘されている。気温上昇による死亡率の変化については、寒冷による死亡の減少もあるため、単純に温暖化によって全体の死亡率が上昇するとは限らない。しかし、気候変動によって増大する健康リスクが日本においても深刻な課題となりつつある。

日本においては、近年の猛暑により熱中症による救急搬送や死亡例が増加しており、特に高齢者を中心とした健康被害が顕著となっている。総務省消防庁によると、2023年の5〜9月に熱中症により救急搬送された人員数は97,578人で、調査を開始した平成20年度以降で最も多くなった。うち65歳以上の高齢者が最も多く55,966人と全体の半数以上を占めた。加えて、人口動態統計に基づく熱中症による死亡者数は1,651人と2010年以来の多さだ。うち65歳以上は83.3%と太宗を占める。なお、救急搬送者数の増加には、猛暑の頻発だけでなく、人口全体に占める高齢者の割合が年々上昇していることも影響している点に留意が必要である。

気象庁の統計では、猛暑日(最高気温35℃以上)の発生日数は明らかに増加傾向にある。2010年の5~10月には全国で5,014地点だった猛暑日(注1)が、2024年では10,273地点となり、比較可能な2010年以降最多を記録した(資料1)。こうした暑さによる健康被害は、かつては異常気象下の一時的なリスクと捉えられていたが、近年では夏の猛暑が常態化したことから、恒常的な備えが求められる気候リスクへと変化してきている。

図表1
図表1

特筆すべきは、これらの死亡例の多くが屋内で発生しているという点である。つまり、外出時だけでなく自宅で静かに過ごしていても、暑さへの適切な対応ができなければ生命を脅かされるという現実がある(注2)。

個人の健康リスクは生活環境や住宅条件とも深く結びついており、生命保険会社にとっても給付リスクや顧客対応のあり方に関わる重要な要素となる。近年では、気候適応型の健康投資(クーリングセンターの設置支援、断熱住宅への補助、緑地の拡充など)をインパクト投資の一環として捉える動きもある。これは生命保険会社の資産運用部門にとって、単なるリターンだけでなく、生活者支援としての社会的意義を両立させる新たな可能性を示している。

次章では、こうした健康リスクがすべての人に等しく及ぶわけではないことを確認し、地域・世帯属性・経済条件によって分布する「気候脆弱性」について詳しく見ていく。

3. 複合的要因がもたらす気候脆弱性

気候変動が健康に与える影響は、すべての人に等しく及ぶわけではない。とりわけ、年齢、所得、住宅の質、家族構成などによって、気候変動による脆弱性は大きく異なる。猛暑による熱中症や、寒暖差による循環器疾患など、気候要因による健康リスクは、社会経済的に弱い立場にある人々に偏在しているという事実が、近年の研究や統計から明らかになっている。

(1)熱中症死亡の大半は高齢者、しかも室内

厚生労働省の人口動態統計によれば、2020年の熱中症死亡者のうち約87%が65歳以上の高齢者であった。さらに、その多くは屋外ではなく、自宅の室内で発生している。猛暑日が増える中、外出を控えていたとしても、住宅の断熱性や冷房の使用状況によっては、屋内であっても熱中症のリスクが高まる可能性があるとみられる。

国立環境研究所の調査でも、65歳以上の高齢者の熱中症患者は、若年層に比べて屋内で発症する割合が顕著に高いと報告されている。特に単身世帯や高齢者のみの世帯では、暑さに気づきにくい、冷房使用に慎重になる、助けを求める人がいないといった要因が重なり、重症化・死亡につながるケースが多い。

東京都監察医務院による、東京都23区内での熱中症死亡例を対象にした調査では、2023年夏の死亡者のうち97%が屋内で亡くなり、その92%は65歳以上だった。驚くべきことに、屋内死亡者の76%がエアコンを設置していたにもかかわらず使用していなかったという。これは「設備がない」のではなく、「あっても使えない・使わない」ことが問題となっていることを意味する。

(2)エアコンが「あっても使えない」電気代と行動心理の壁

環境省が2021年に行った「暑さ指数の活用等に関する調査」では、日中エアコンをつけっ放しにしている(14 時間以上使用している)回答者は、年代が高くなるほど少なくなる傾向が見られた。エアコン使用をためらう・使用しない・設置していない理由として、全体では7割程度が、「電気料金が気になる」と回答し、4割程度が「身体への影響が気になる」と回答していた。年代別に見ると、電気料金を気にする人は年代が高くなるほど少ない。一方、身体への影響が気になるとしたのは年代が高くなるほど多かった(注3)。

所得など経済的要因も熱中症リスクに影響する。2025年3月末時点で日本のルームエアコン普及率は91.7%だが、内閣府の消費動向調査によれば、世帯年収300万円未満の高齢世帯では、エアコンの設置率・稼働率ともに平均より低い傾向がある(資料2)。また、故障したエアコンを買い替えることができない、冷房の使用を控えて節電する習慣があるといったケースも指摘されている。このように経済的な不安が、命に関わる設備の非活用につながっている実態は、社会的リスクとして深刻に捉える必要がある。

図表2
図表2

これを受けて厚生労働省は2018年以降、生活保護世帯に対し、熱中症対策としてエアコン購入費の支給を可能とした。しかし、実際に制度を利用できた世帯は限られており、自治体によって対応に差があるとの指摘もある。本来であれば、年齢や所得などの条件を加味し、リスクの高い層に対する積極的な支援を行うことが求められる。

(3)住まいの断熱格差

さらに見逃せないのが、住宅の断熱・遮熱性能の違いが健康リスクに影響を与えている点である。一般に、断熱性の低い住宅では、外気温の影響を受けやすく、室温が日中の気温上昇に連動して上がりやすいとされる。夜間も熱がこもる傾向があり、睡眠の質や体温調整に悪影響を及ぼす可能性があることから、断熱性能の改善は、熱中症対策の一環としても注目されている。環境省の「スマートウェルネス住宅等推進調査事業」によれば、断熱性能が高い住宅に住む高齢者は、夏季の室温が安定しており、熱中症症状(めまい、倦怠感、夜間の睡眠困難など)を訴える割合が低い傾向にある。

また、国土交通省の「断熱改修等による居住者の健康への影響調査」によれば、夏季の起床時における居間の平均室温が26℃未満の住宅では、26℃以上の住宅と比較して、居住者の血圧の季節差が顕著に小さいことが報告されている。これは、断熱性能の高い住宅が夏季の室温上昇を抑制し、居住者の健康維持に寄与していることを示唆している。

このような物理的環境の差は、住宅の構造や設備によって生じており、いわば「住まいの社会格差」が健康格差を助長しているといえる。

日本の住宅は欧米に比べて断熱性能が低いとされる。従来、冬のヒートショック対策の文脈で語られることが多かったが、実は夏の熱中症対策としても断熱性の向上は効果的である。環境省はこの点に注目し、今後は「夏冬通じて健康を守る住宅」への転換を推進していく方針を示している。

(4)持病や介護、独居

気候リスクは年齢や住宅性能だけでなく、持病の有無や介護の必要性、独居であるかどうかといった生活条件によっても大きく左右される。

厚労省の熱中症ガイドラインでは、心疾患、腎疾患、糖尿病などの慢性疾患を抱える高齢者は体温調節機能が低下しやすく、熱中症のリスクが高いと明記されている。また、利尿剤や向精神薬などの薬剤を服用している場合は、発汗抑制などを通じてリスクがさらに高まる可能性がある。

さらに、独居高齢者や要介護者の場合、異変に気づいてくれる人が近くにいないことも、救命の遅れや死亡リスクの上昇に直結する。地域包括支援センターなどが一定の把握をしているとはいえ、見守りの限界や社会的孤立の問題は未だ根強い。

こうした複合的な脆弱性を抱える層への支援は、単に個人の自己努力に委ねるのではなく、制度的な支援や民間による補完的な役割が不可欠である。

4. 生命保険会社にとってのリスクと機会

気候変動が生活者の健康に影響を与えるという現実を前にして、生命保険会社に求められる役割はますます多様化している。第1章、第2章で見てきたように、猛暑による健康リスクの増大は、特に高齢者や低所得者層といった社会的に脆弱な人々に集中的に表れている。高齢者は生命保険の重要な顧客層であり、健康リスクの増大は保険金支払いの増加を通じて直接的に生命保険ビジネスの収支に影響を及ぼす。一方、低所得者層の直接的な影響は限定的だが、健康被害の増加は社会保障費の増大や社会全体の不安定化を招き、生命保険会社が長期的に資産運用を行う上での社会的リスクとなる。このように、健康リスクの偏在は単なる社会保障の課題にとどまらず、長期契約を前提とする生命保険事業の持続可能性や収支バランスに大きな影響を与えるため、生命保険会社にとっても重要な経営課題となる。

本章では、このような状況を受け、生活者の健康を守るための予防支援への関与と、適応・社会インフラ領域への資金提供(投資家としての役割)という、生命保険会社が果たしうる2つの機能について考察する。特に後者については、長期的投資家としての性格の強い生命保険会社が担うべき、そして担いうる役割に改めて光をあてたい。

(1)予防領域における保険と関連サービスの可能性

生命保険は、突発的なリスクに対する備えであると同時に、加齢や生活環境に起因して徐々に進行する健康リスクにも対応する視点が求められる。気候変動により熱中症や慢性疾患のリスクが高まる時代において、それらへの予防の視点は、保障という枠を超えて顧客との接点になりうる。

たとえば、夏季の室内熱中症を予防するための水分摂取、冷房の使用、生活リズムの見直しといった行動支援は医療介入の前段階であり、保険金・給付金支払いの抑制にもつながる可能性がある。こうした健康リスクは、個人の努力だけでなく、環境や生活条件によっても大きく左右されるものである。生命保険会社が顧客と長期的な関係を築く中で、これらへの対応を支援することは、企業としての社会的責任を果たすとともに、顧客価値の向上にもつながる。

こうした支援に取り組む企業も増加しつつあるが、現時点では商品やシステムとして確立していないものも多く、本レポートではあくまで可能性の領域とする。むしろ注目すべきは、顧客と長期的な関係を築く生命保険会社が、長期的な資金を運用するという特性を通してどのような社会的投資を行いうるか、という視点である。

(2)「適応」への資金供給は、誰が担うのか?

気候変動対策には、大きく分けて2つの方向性がある。ひとつは、温室効果ガスの排出を抑える「緩和(mitigation)」、もうひとつは、変化してしまった環境への耐性を高める「適応(adaptation)」である。

現在、世界の気候関連投資は圧倒的に「緩和」に偏っている。UNEP(国連環境計画)の「Adaptation Gap Report 2023」によれば、世界全体の気候関連資金のうち、およそ90%が再生可能エネルギーや省エネなど緩和策に投じられ、適応策への支出は1割未満にとどまる。適応投資には、都市の緑地整備、地域医療体制の強化、高断熱住宅への改修支援などが含まれるが、いずれも収益化までの道筋が見えにくく、評価指標も未整備であることから、民間資金が参入しにくい領域とされてきた。OECD(経済協力開発機構)やPRI(責任投資原則)も、こうした「適応の資金不足」を繰り返し指摘しており、特に生活者の健康や安全と直結する社会インフラへの投資は、ESG投資の中でも最も手薄なセグメントであると位置づけている。

逆にいえば、ここにこそ生命保険会社の存在意義がある。生命保険協会の行動規範には、「生命保険事業は、国民生活の安定・向上、経済の発展および持続可能な社会の実現に密接な関わりを持つ公共性の高い事業であり、その活動を通じ社会公共の福祉の増進に資するという社会的使命を有している」とある。「気候適応によって健康を守る」というテーマは、顧客基盤(生活者)に直結し、かつ保険契約の持続可能性と収支バランスの安定に資する分野である。そこに投資資金を供給することは、社会的インパクトと中長期リターンの両立が見込まれ、機関投資家としての重要な貢献ともなる。

(3)適応インフラと生命保険資金の親和性

日本では現在、国土交通省や環境省を中心に、断熱住宅の普及や気候レジリエンス都市の形成が政策課題として掲げられている。たとえば「スマートウェルネス住宅等推進事業」では、令和6年度におよそ167億円の当初予算が確保された。高齢者の健康増進とエネルギー効率の両立を目的として、断熱改修の支援が行われているものの、対象はサービス付き高齢者向け住宅や住宅確保要配慮者など(注4)に限られる。

こうした生活に密着したインフラ整備は、行政の補助金だけでは十分に進まない。ここに、長期的かつ安定した資金供給が可能な機関投資家の役割が期待されている。断熱住宅への投資は、単に「環境に優しい(緩和)」という側面だけではなく、居住者の健康維持や、地域医療費・死亡率の抑制といった副次的効果(適応)を生むことがすでに複数の研究で示されている。

生命保険会社がこうした領域に投資することは、顧客の健康状態の改善による支払いリスク低減にもつながり、単なるESGスコアの向上にとどまらず、中長期の安定したポートフォリオ構築と顧客基盤の維持をもたらす可能性がある。本業とも親和系の高い投資戦略として、今後の検討余地は大きい。こうした社会インフラや仕組みへの投資は、単なる商品開発や収益拡大という枠を超え、持続的な価値の創出や社会課題解決を同時に追求する戦略的なアプローチであるといえる。

(4)インパクト投資と「社会に届く資金」

さらに広くとらえれば、適応インフラへの投資はインパクト投資としての側面も持つ。ここでいう「インパクト」とは、投資によって特定の社会課題にポジティブな影響を与えることを意味する。特に健康・安全・包摂といったテーマは、国際的にも関心が高まっている。

たとえば、地域医療拠点の整備や災害に強い公共施設への投資は、単なる「公共性」だけでなく、生命保険の顧客を含む地域住民のQOL(生活の質)を支える基盤整備という側面を持つ。こうした投資は、短期的なリターンは小さいかもしれないが、長期にわたり顧客と接点のある生命保険会社の特性に照らして見ると、むしろ最も親和性の高い投資対象のひとつである(注5)。

PRIなどの国際ガイドラインでも、「健康や気候適応への投資を積極的に評価すべき」とする方向性が示されつつあり、今後こうした領域で資金を供給できるかどうかが、社会からの信頼や存在意義にも関わってくる可能性がある。

5. 長期投資家としての生命保険会社の役割

生命保険会社は、他の金融機関と比較して、極めて長期的な視野を前提としたビジネスモデルを持つ。必ずしもすべての保険商品が長期運用を前提としているわけではないが、多くの生命保険契約は一般的に10年、20年、あるいは一生涯にわたり、資産運用もまた長期的な負債に見合う形で構築される。ゆえに、生命保険会社の投資行動には、単なる利回りの追求だけでなく、「社会が10年後、20年後も安定していること」が前提として組み込まれている。

この時間軸の長さこそが、生命保険会社にしか担えない投資領域を形作ることになる。本章では、「長期投資家としての役割」とは何か、またその役割が「気候変動」や「健康リスク」といかに交差するのかを、ESGやインパクト投資の枠を超えて考察する。

(1)社会の持続性が、運用資産の安全性を支える

長期投資家にとって、資産運用の最終的な目標は「安定的なキャッシュフローの確保」である。しかし、その裏には、社会全体が一定の秩序と健全性を保っているという前提がある。言い換えれば、社会が一定水準の持続可能性を失えば、保険料を支払い、給付を受ける顧客も継続的には存在できなくなる。

もちろん、リスクが高まることで保険のニーズが顕在化する一面はある。気候変動による災害や健康被害の増加は、生命保険への関心を高め、保障の重要性を再認識させる契機にもなりうる。しかし、そうしたリスクが保険金支払の急増をもたらし、制度の財政的持続性を脅かす水準にまで至れば、保険という仕組みそのものが機能不全に陥る可能性がある(注6)。

したがって、生命保険会社にとって「社会の持続性」とは、単なる外部条件ではなく、自社の中核事業を支える制度的・経済的な基盤でもある。将来の社会が一定の安定を保ち、生活者が保険制度を利用できる環境にあること。それ自体が、長期運用資産の安全性と収益性を裏づける前提条件となる。

(2)市場メカニズムの限界と、非市場リスクへの対応

PRI(国連責任投資原則)によれば、ESG投資は「投資パフォーマンスにとって重要であり、ESG要因を投資分析や意思決定プロセスに統合することは、受託者責任および健全な投資慣行と整合的である」とされている。しかし、評価指標が定量的な情報に偏り、健康や生活インフラなど市場で評価されにくい分野には十分な資金が届きにくいという限界がある。ESG評価の主流は「開示の有無」や「炭素効率」など、比較的測定しやすい領域に集中しており、熱中症による自宅死のような、生活の現場で起きている非定量的・非市場的なリスクには十分に反応していないからだ。

このような非市場リスクは、ESG格付の外に取りこぼされやすく、結果として資金の流れも滞りやすくなる。前章で述べたように、気候変動への「適応」にかかる投資は全体の気候資金の1割未満にすぎず、民間金融の関与も限定的である。

こうした状況下で、長期投資家である生命保険会社は、短期的な市場効率に左右されず、中長期で社会的便益が期待できる領域に対して、先駆的に資金を供給しやすい立場にある。顧客と長期にわたり関係を築く生命保険会社ならではの視点や責任感を活かし、市場がまだ十分に評価していない社会的価値や将来の課題にも、より早い段階から取り組むことができるという点で、こうした役割は生命保険会社にふさわしいものと言えるのではないか。

(3)適応インフラ投資という社会戦略

日本において、断熱住宅の普及率はいまだ低く、都市の緑地整備や災害に強い医療・介護インフラも、地域によっては脆弱性が残る。こうした住宅や医療・福祉施設、地域安全のための基盤整備など、生活を支えるインフラへの投資は、公共部門の資金だけでは限界がある。

ここに、生命保険会社の長期資金が活かされる余地がある。たとえば、地方自治体との連携で進められるスマートウェルネス住宅改修、地域包括ケアを担う診療所の整備、防災と日常利用の両立を図る複合型公共施設などは、いずれも長期的な投資対象としての可能性を持つ。これらは、運用収益性と社会的インパクトを両立させる投資先であり、まさに生命保険会社の顧客に最も近い領域でもある。

従来、こうした分野は社会貢献の文脈で語られることが多かった。しかし、保険業が成り立つ大前提は、社会の安定と人々の安心な暮らしが維持されることであり、その基盤が揺らげば自社の経営や契約者に提供する保障にも直接的な影響を及ぼす。したがって、これらの分野に積極的に資金を供給して社会の基盤を支えることは、単なる社会貢献にとどまらず、保険会社自身の持続的成長や経営の安定にも資する本質的な行動といえる。その意味で、適応インフラへの投資は「投資」であると同時に、「保障を実質的に広げていく一部」とも捉えられるのではないか。

(4)なぜ今、保険資金が問われているのか

国際的にも、保険会社を含む機関投資家の投資行動には注目が高まっている。国連責任投資原則(PRI)やOECDのガイドラインなどでは、気候適応や社会的包摂をはじめとするサステナビリティ課題への投資が、長期的なリスク調整後リターンの向上や持続可能な価値創造に不可欠であると位置づけられている。また、ISSBやTCFDなどの国際的な開示ガイドラインも、企業に対し非財務リスクやサステナビリティ課題への対応状況を開示させることで、投資家がその情報を投資判断に反映しやすくすることを目的としている。

この流れの中で、生命保険会社が果たせる役割は2つある。ひとつは、リスクを回避するだけでなく、気候変動の影響を強く受けやすい人々のもとに、住宅や医療など生活基盤を支えるための資金を届ける金融の担い手としての責任である。もうひとつは、気候変動と健康という社会課題に対して、自らが支える側に立つという姿勢を明確にし、長期的価値創造を志向する金融機関としての意思を可視化することである。これらはいずれも、保険契約という長期的な信頼関係に基づく事業特性と密接に結びついている。

一方で、多くの生命保険会社は株式会社として株主への説明責任を負い、短期的な収益も求められる現実がある。その中で、事業特性や社会的使命を発信し、長期的な視点に理解を示す株主を育てていくことが、今後の資金の質を高める上で重要となる。生命保険会社は、短期収益を超えて、社会の変化を見据えた投資を行うことができる数少ない金融主体であるという認識を株主とともに持つことこそが、本業の延長線上にある「社会価値創造型投資」への第一歩となる。

6. おわりに ~社会課題と本業をつなぐ新たな投資の形~

本レポートでは、気候変動によって生活者の健康リスクが高まりつつある現実を出発点に、生命保険会社が果たしうる役割について考察を深めてきた。猛暑に伴う熱中症リスク、健康被害の社会的偏在、予防支援や適応インフラへの資金不足といった課題は、いずれも気候変動が環境問題にとどまらず、生活の安全や安心、そして長寿社会の持続可能性そのものに関わる問題であることを示している。

そしてこの問題は、生命保険会社にとって決して外部の社会課題ではない。なぜなら、保険という制度は、社会の安定と人々の暮らしの安定を前提とするものであり、気候変動によってその前提が揺らぐならば、企業の経営や投資にも直接影響を及ぼすからである。

気候変動が引き起こす健康リスクが、特定の地域、年齢層、所得層に集中する現実は、生命保険の設計や支払構造にも影響する。だからこそ、単にリスクを引き受けるだけでなく、リスクの発生そのものを減らす社会的な仕組みへの関与が求められる。

こうした仕組みは、「予防」「適応」「レジリエンス」といった言葉で語られてきた。だが現実には、それを支える資金が不足している。国際機関の報告でも、気候変動「適応」への投資は、緩和策の影に隠れ、民間資金が十分に届いていない分野の一つとされている。これは裏を返せば、生命保険会社のように長期的視点を持ち、生活に密着した金融機関にとって最も意味のある投資領域の一つが、いまだ手つかずに近いということでもある。

投資は本来、未来への期待に資金を託す行為である。今、生命保険会社に求められているのは、その期待を社会の持続性や人々の暮らしの安全・安心を支える投資につなげていくことだ。たとえば、高断熱住宅、地域医療、災害に強い都市構造といった生活の土台を支えるインフラは、投資リターンという指標では測りにくいかもしれない。しかし、それが生活者の健康寿命を延ばし、社会の安心を支え、顧客の人生に寄り添うものであるならば、それは生命保険会社が投資するにふさわしい対象ではないか。

生命保険会社、とりわけ営業職員チャネルを持つ生命保険会社が持つ「時間軸の長さ」と「顧客との距離の近さ」は、金融業界の中でも特異な強みである。その強みを、今後の気候変動社会においていかに活かしていくか。単なるESG投資の延長ではなく、人々の暮らしと資金を結ぶ存在として、その役割の再構築が求められている。

以 上

【注釈】

  1. 2010年夏の日本の平均気温はそれまでの過去113年間で最も高く、記録的な猛暑であった。

  2. 第一生命グループは、2021年度にグループ内の国内生命保険会社3社(第一生命、第一フロンティア生命、ネオファースト生命)における死亡保険金支払増加額・収支への影響を分析した。これによれば、暑熱との関連が見られる死亡保険金や入院給付金は2050年代には13億円、2090年代には45億円増加する見込みである(第一生命ホールディングス(2021))。

  3. 高齢者が「身体への影響が気になる」としてエアコンの使用を控える背景には、いくつかの要因が考えられる。まず、加齢により体温調節機能が低下し、急激な温度変化に対する耐性が弱まることが挙げられる。加えて、温度調節が難しかった昔のエアコンの印象が残っているケースや、これまでエアコンを使わずに夏を過ごしてきた経験から、今年も問題ないと判断しているケースも想定される。

  4. 住宅確保要配慮者とは、低額所得者、高齢者、障害者、子育て世帯、被災者など、住宅の確保に特に配慮を必要とする者を指す。加えて、省令において外国人等が定められている。地方公共団体が賃貸住宅供給促進計画を定めることにより、新婚世帯など、対象を追加することができる。

  5. なお、生命保険会社による社会インフラへの貢献としては、過去に病院や福祉施設の建設・寄付などを通じて地域医療体制の整備を支援した事例もある(例:日本生命の日本生命病院、明治安田生命の明治安田新宿健診センターなど)。

  6. 実際に、米国カリフォルニア州では山火事リスクの高まりや再保険市場の逼迫などを背景に、2023年に大手損害保険会社が住宅保険の新規引き受けを停止する事例が発生している。このように、自然災害などによるリスクの急増が、保険制度の持続性に直接的な影響を及ぼすケースも現実に生じている。

【参考文献】

  • 環境省(2021)「暑さ指数の活用等に関する調査」

  • 気象庁(2010、2024)「真夏日などの地点数」

  • 金融庁(2022)「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方」

  • 消防庁(2024)「熱中症救急搬送状況」

  • 生命保険協会 「行動規範」

  • 第一生命ホールディングス(2021)統合報告書2021(P56)

  • 内閣府(2025)「主要耐久消費財等の普及・保有状況」

牧之内 芽衣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。