よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻) よりよい未来をつくる主権者になろう!(全3巻)

「来たれ、学校現場へ」-社会人先生のススメ

~経済界も注目する「多様なキャリアを活かす教育」とは~

西野 偉彦

目次

1.「教員のなり手不足」に直面する日本

「3.4倍」-これは2023年度(2022年度実施)公立学校教員採用選考試験における「公立学校教員の全体の競争率(採用倍率)」である(注1)。データを確認できる1979年以降で過去最低を記録した。中でも小学校教員は2.3倍に止まっており、競争率が1倍台の都道府県も3割に上っている(図表1)(注2)。つまり、日本では「教員のなり手不足」が顕著になっているのである。

図表1 公立学校教員採用選考試験における競争率(採用倍率)の推移
図表1 公立学校教員採用選考試験における競争率(採用倍率)の推移

文部科学省が11の都道府県・政令市を対象に実施した調査によると、教員不足の背景には複数の要因が絡んでいる実態が明らかになっている。その上位3つとして、①産休・育休取得者数②特別支援学級数③病気休職者数が挙げられ、これらが見込みよりも増えたことが教員不足の主な要因と指摘されている(注3)。このうち、③病気休職者数の増加には、働き方の問題、すなわち「ワーク・ライフ・バランス」を保ちにくい教員の勤務実態が影響している可能性がある。そして、それが教員志望者を減らすことにつながっているのではないか。実際、愛知県総合教育センターが教員志望の大学生を対象に実施した調査によると、「教員を目指していたが取りやめた理由」として「休日出勤や長時間労働のイメージ」という回答が男女とも多く、特に女性では約7割が「とても当てはまる」「やや当てはまる」としている(注4)。

教員の「休日出勤や長時間労働のイメージ」に追い打ちをかけているのが、残業代の問題である。教員の給与は、1971年に制定された「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、給特法)で、教員には残業代の代わりに給与月額の4%の教職調整額が支払われることが定められている(注5)。しかし、教員の長時間労働の実態と給特法の規定が見合っていないという指摘が度々なされており、「教員は定額働かせ放題」などの批判も出ている(注6)。

こうした状況を踏まえて、文部科学省は給特法を改正し、2026年度より教職調整額について給料月額の4%から10%台へ引き上げる方針を示すなど、教員の給与改善を図っている。

2.資質能力の「足し算」を求められ続ける教員たち

ただ、教職調整額の引き上げだけで教員のなり手不足が解消できるわけではない。それは、年を追うごとに教員に求められる資質能力が多様になる一方、教員自身がその対応に追いついていない現状があるからだ。

2022年12月、中央教育審議会は「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」という答申を公表した。これからの教員は、「変化を前向きに受け止め、教職生涯を通じて学び続ける」「子供一人一人の学びを最大限に引き出す役割を果たす」「子供の主体的な学びを支援する伴走者としての能力も備えている」と明記された。そして、個別最適な学びと協働的な学びの充実を通じた「主体的・対話的で深い学び」を実現することが必要とされている(注7)。

この答申に限らず、日本の学校現場は長年にわたり改革が続けられてきた。アクティブラーニングやプログラミング教育、GIGAスクール構想(注8)といった、国際化の潮流や社会の変化などに対応するなかで、教員の資質能力は「足し算」のように増える一方で「引き算」のように減らない、とも指摘されている(注9)。その結果として、教員に必要とされている資質能力は、もはや一人で身に付けられる限界を超えているのではないか。前述の答申が出される前から、生涯をかけて学び続けようとしたり、子どもの学びを最大限引き出そうと伴走している教員が少なくない中で、さらなる授業改善を求められているともいえる。

これに加えて、答申で示されている方向性の中には「多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成」も盛り込まれている。この「専門性」とは、「データ活用、STEAM教育、障害児発達支援、日本語指導、心理、福祉、社会教育、語学力、グローバル感覚など」とされている(注10)。またしても教員の資質能力の「足し算」が求められているのだろうか。実は必ずしもそうではない。答申ではこれに関連して、「多様な専門性や背景を持つ人材を教師として取り入れるための方策」も明記されている。それが、教員以外のキャリアをもつ人を学校教員として迎えるという、いわば「社会人先生」である。

とはいえ、文部科学省の調査によると、現在のところ教員採用者数に占める民間企業等勤務経験者の割合は小学校3.0%、中学校3.3%、高等学校6.3%と非常に少ない(図表2)。民間企業等で勤務したことがある「社会人先生」を増やすために、どんな取組みが求められているのだろうか。

図表2 公立学校教員採用者に占める教職経験者・民間企業等勤務経験者の割合
図表2 公立学校教員採用者に占める教職経験者・民間企業等勤務経験者の割合

3.多様なキャリアの社会人を学校現場に送る取組み

日本では、学校の教員になるために「教員免許状」が必要である。教員免許状を取得するには、取得したい免許状に対応した教職課程のある大学などに入学し、法令で定められた科目及び単位を修得して卒業後、各都道府県教育委員会に教員免許状の授与申請を行うことが必要となる(注11)。しかし、「多様な専門性や背景を持つ人材」が必ずしも教員免許状を取得しているとは限らない。そこで、注目されているのが「臨時免許状」だ。これは、普通免許状を有する者を採用することができない場合に限り授与される免許状のことである。

臨時免許状制度を活用し、多様なキャリアをもつ民間人を学校現場に送り込む取組みをしているのが、2010年に設立された認定特定非営利活動法人Teach For Japan(以下、TFJ)である。TFJは、世界63か国で展開されているグローバルネットワーク「Teach For All」に加盟し、日本で「すべての子どもが素晴らしい教育を受けることができる世界の実現」をビジョンとして活動している。これまで計320名の社会人を「フェロー」として位置づけ、自治体と連携して学校現場で2年間教員を務める仕組みを実施している(注12)。

欧州のプロサッカー選手を経て現在TFJの運営を担っている代表理事は、「一人の教員が学校であらゆる役割を担わなければならない現状から、多様な人材がキャリアを活かして、それぞれの役割を担い合う教育モデルに変える必要がある」と述べている。TFJでは、20~60代の幅広い世代の社会人がフェローとなり、そのうち教員免許をもたない人は約8割となっている。代表理事は、人生100年時代の到来や人口動態の変化を念頭に、今後一層増加するシニア世代が学校現場に関わることで「リカレント教育としての意義もある」と強調する(注13)。また、TFJのフェローとして臨時免許状を取得して福岡県の公立小学校で担任を務めた社会人は、「いろいろなキャリアをもつ大人に触れ合う環境をつくることが、子どもたちの成長や学びにつながるのではないか」と指摘する(注14)。

こうした多様なキャリアをもつ民間人を学校現場に送り込む事例はTFJだけではない。茨城県教育委員会では、2021年度より求人情報サイト運営会社と提携して、県立中高一貫校の校長(任期付)を公募している。校長の公募は他の自治体でも行われているが、この取組みがユニークなのは「在籍出向」、すなわち企業などに所属しつつ学校現場に派遣されることが認められている点だ(注15)。これは「経験を活かして教育に携わりたいが現職を辞めることは難しい」という社会人にとって魅力的な制度といえる。実際、これまで100~300倍の高い競争率となっており、広告代理店・コンサルティング会社・テレビ局といった会社員や国家公務員出身者など、文字どおり「多様なキャリアをもつ社会人」が採用されている(注16)。

茨城県では、AI・IoTなどの最先端テクノロジーに関わる技術者や研究者を育成するため、全国初となる公立のIT専科高等学校が新設されるなど、他の自治体のモデルとなる教育改革が行われている。つまり、新しい教育のかたちを支える人材を既存の学校現場に限らず社会全体から集めていくという姿勢が、「多様な専門性や背景を持つ人材を教師として取り入れるための方策」の前提になるということである。

4.民間と連携して多様性のある教育を持続させるために

2024年7月に発表された日本経済団体連合会(経団連)の「夏季フォーラム2024軽井沢宣言」では、「サステイナブルな未来社会のデザイン」を実現するうえで求められる人材育成の一環として、「教育現場への人の派遣等により多様性のある教育を支援する」と明記されている(注17)。これはまさに本稿で取り上げた「社会人先生」の取組みを指すものだろう。教員のなり手不足を解消するとともに、多様なバックグラウンドをもつ社会人が教員として接することで、子どもたちの学びが一層深まったり、民間でのマネジメント経験を学校経営に活かせる可能性がある。

ただ、あくまでも「任期付きの教員や校長」になるため、社会人を学校現場に送る効果は限定的になる恐れがある。企業や官公庁などから学校へ派遣する際は、民間出身者ならではの教育・マネジメントスキルを現場の教員に伝えたり、任期が終了しても交代で新たな人材を送るようにするなど、学校・教育委員会と企業との間で調整し、持続可能な仕組みに整備していくことが必要だ。今後は、長年にわたり現場で奮闘している教員と多様なキャリアをもつ社会人が協働することで、新しい学校教育のかたちを柔軟に創っていくことが求められている。


【注釈】

  1. 「全体」は、小学校・中学校・高等学校・特別支援学校・養護教諭・栄養教諭の合計(文部科学省 令和5年度(令和4年度実施)「公立学校教員採用選考試験の実施状況のポイント」

  2. 文部科学省 令和5年度(令和4年度実施)「公立学校教員採用選考試験の実施状況のポイント」

  3. 文部科学省 平成30年8月2日「いわゆる『教員不足』について」における「教員の確保の状況に関するアンケート結果」。調査に協力した11の自治体は、都道府県:北海道・茨城県・埼玉県・千葉県・愛知県・福岡県・大分県・鹿児島県、政令市:大阪市・北九州市・福岡市。

  4. 愛知県総合教育センター 令和3年度「教職の魅力向上への課題に関する調査研究」

  5. 文部科学省「教職調整額の経緯等について」

  6. NHK「教員給与 半世紀ぶり引き上げ方針 “定額働かせ放題”は…」2024年5月13日

  7. 中央教育審議会 令和4年12月19日 「「令和の日本型学校教育」を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について(答申)【概要】」

  8. GIGAスクール構想とは、「1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現すること」(文部科学省「GIGAスクール構想について」

  9. 「多様な専門性を有する教師の養成と教職課程の見直し」(都留文科大学准教授・山辺恵美子)収録:教育の未来を研究する会『最新 教育動向2024』明治図書2023年

  10. 中央教育審議会 令和4年12月19日 「「令和の日本型学校教育」を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について(答申)【概要】」

  11. 文部科学省「教員免許状に関するQ&A」

  12. 認定特定非営利活動法人Teach For Japan「フェローシップ・プログラム」

  13. 認定特定非営利活動法人 Teach For Japan の中原健聡代表理事に対して、2024年8月30日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

  14. 認定特定非営利活動法人 Teach For Japan のフェロー経験者に対して、2024年8月25日に筆者が実施したヒアリング調査をもとにしている。

  15. 茨城県教育委員会「令和6年度採用 茨城県立高等学校等校長選考試験(公募)について」

  16. エン・ジャパン ソーシャルインパクト採用プロジェクト「学校教育の当たり前を変える。茨城県が教員免許不問の「校長」を公立7校で公募」

  17. 日本経済団体連合会「夏季フォーラム2024軽井沢宣言」の「④グローバルリーダーの育成-産業界の役割」

【参考文献】

  • 神代健彦 後藤篤 横井夏子『これからの教育学』有斐閣2023年

  • 教育の未来を研究する会『最新 教育動向2024』明治図書2023年

西野 偉彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

西野 偉彦

にしの たけひこ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 教育(子ども・若者の学校教育から社会人の学び直しまで)、Z世代やα世代の生活行動・価値観・社会参画

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