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人生100年時代のリスキリングで求められる「社会人基礎力」とは

~コミュニケーション力や協働力を向上させるために~

西野 偉彦

目次

1.「経済財政白書2024」で指摘されたリスキリング

2024年8月、内閣府は「令和6年度 年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)」(以下、「経済財政白書2024」)を公表した。その中の「第2章 人手不足による成長制約を乗り越えるための課題」には、「リスキリング」のあり方も盛り込まれている(注1)。

リスキリングは、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること」と定義されている(注2)。2022年10月の臨時国会における所信表明演説で、個人のリスキリング支援に対して国が5年で1兆円の予算を投じることが触れられ、注目度が高まった。

リスキリングの分野は企業や個人によって様々だが、日本経済新聞が2023年に実施した調査によると、「プログラミングなどのIT関係」が27%、「AI・機械学習」が24%、「データサイエンス」が19%と、デジタル・トランスフォーメーション(DX)関係のスキルが多く挙げられている(注3)。実際、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、企業等におけるDXの取組みが広がる中で、DXの推進を担う人材の不足は一層深刻化しており、特にITシステム開発やITサービスなどを提供する企業と比べ、DXの取組みを進める各事業会社における人材の育成が喫緊の課題である、と指摘している(注4)。「リスキリングといえばDX関係」というイメージは、日本社会において定着しつつあるといえるかもしれない。

そのような中で、前述の「経済財政白書2024」の中で指摘されたリスキリングをみると、意外な結果が示されている。企業が正社員に今後求める能力について、2019年と2024年の調査結果を比較した結果、確かに「ITを使いこなす能力」を求める企業は大幅に増加しているが、同時に「コミュニケーション能力・説得力」と「協調性・周囲との協働力」を求める企業も多くなっていることがわかる(図表1)。同白書でも、リスキリングにおいて「コミュニケーション能力・説得力」や「協調性・周囲との協働力」などを挙げる企業が増えると特筆されており、こうした能力を従業員が身につける重要性が増していることがうかがえる。

図表1 企業側からみた正社員に今後求められる能力
図表1 企業側からみた正社員に今後求められる能力

2.コロナ禍で課題となったコミュニケーションや協働のあり方

ただ、社会人における「コミュニケーション」や「他者との協働」は以前から重要とされてきた。それが、なぜ今になって企業が社員に求める能力として脚光を浴びることになったのか。その要因として、コロナ禍による影響が挙げられる。

日本で2020年から始まったコロナ禍では、緊急事態宣言等により個人の行動が大幅に制限された時期があり、コミュニケーションのあり方も大きく変化した。内閣官房の調査によると、「人と直接会ってコミュニケーションをとること」について、2021年、2022年いずれの時点でも「減った」と答えた人が約7割に達し、逆に4人に1人が「人と直接会わずにコミュニケーションをとること」について「増えた」と答えている(図表2)。

図表2 コロナ禍におけるコミュニケーションの変化(2022年)
図表2 コロナ禍におけるコミュニケーションの変化(2022年)

こうしたコミュニケーションの変化により、とりわけ社会人になる直前の大学生において浮き彫りになった課題が、「周囲の状況にうまく対処するために身につけた意思決定・行動指針などの特性(コンピテンシー)」(注5)の低下である。塾・予備校グループがコロナ禍の約3万人の大学生を対象に実施した調査によると、コンピテンシーを構成する要素のうち、特に「行動持続力(主体的に取り組み完遂する力)」や「親和力(人に興味を持ち共感・信頼する力)」、「協働力(役割を理解し相互に助け合う力)」などがコロナ前と比較して低下したことが明らかになっている(注6)。

同様の状況が高校生などの若年層にも生じている可能性があることは想像に難くない。コロナ禍によって、他者との直接的なコミュニケーションや協調・協働を行う機会をもちにくかった若い世代を受け入れる企業としては、これまで以上に従業員に対して「コミュニケーション力」や「他者との協調性・協働力」を求めることは必然的だろう。

さらに、こうした力は企業に入る学生だけに求められものではない。テレワークの普及などにより対面で接する機会が減少したことで、「経済財政白書2024」にもリスキリングの対象として明記されているように、従業員のコミュニケーション力や協働力が低下した可能性がある。つまり、企業などの中核人材においても「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキル」として、改めてコミュニケーション力や協働力などが求められているのである。

3.リスキリングとして注目される「社会人基礎力」

どのようにして「コミュニケーション力」や「他者との協調性・協働力」を向上させればよいのだろうか。そのヒントになるのが「社会人基礎力」という概念である。

社会人基礎力は、もともと経済産業省が2006年に「多様な人々と仕事をしていくうえで必要な基礎的な力」として提唱したものである。企業と学生との間で「身につけておく能力基準」にギャップがあったことから、その認識のズレを解消するために定義された(注7)。その後、2018年に同省は、「第四次産業革命による産業構造や就業構造の変化や「人生100年時代」を迎えつつある中で、学び直すことの重要性が高まっていることから、「社会人基礎力」は今や全ての年代が意識すべきものとして捉えなおす必要がある」として、就学前教育から社会人の学び直しまで、各ライフステージにおいて求められる教育・能力開発に位置付け直した(注8)。

社会人基礎力は、「前に踏み出す力(アクション)」、「考え抜く力(シンキング)」、「チームで働く力(チームワーク)」の3つの能力及び12の能力要素から構成されている(図表3)。

図表3 「社会人基礎力」の3つの能力/12の能力要素
図表3 「社会人基礎力」の3つの能力/12の能力要素

もちろん、この社会人基礎力の3つの能力及び12の能力要素は、コロナ禍の前に設定されたものであり、コロナ禍による働き方やコミュニケーションの変化には対応していない。ただ、「経済財政白書2024」で指摘されたリスキリングとしての「他者とのコミュニケーション力や協働力」は、社会人基礎力の3つの能力のうち「チームで働く力(チームワーク)」に含まれており、前述の大学生のコンピテンシーで低下している「親和力」や「協働力」などにも密接に関わる。つまり、今後の社会人基礎力では、個人においても企業においても「多様な人々とともに、目標に向けて協力する力」を身につけることにより力点を置くことが求められる。

さらに、社会人基礎力では、人生100年時代においてライフステージの各段階で活躍し続けるために必要な「3つの視点」で捉えることが重要であるとして、「目的(どう活躍するか)・統合(どのように学ぶか)・学び(何を学ぶか)」を挙げている。中でも「統合(どのように学ぶか)」の視点では、就学前教育から中高年社会人に至るまで、「多様な人との関わり」「共に尊重・協働」など、他者とのコミュニケーション力や協働力のあり方を問い続けていくことが必要であるとしている(図表4)。

図表4 「人生100年時代の社会人基礎力」の「気づき」の設定
図表4 「人生100年時代の社会人基礎力」の「気づき」の設定

4.コミュニケーション力・協働力を育み続けるために

このように、他者とのコミュニケーション力や協働力は、企業などに入る学生や若手社会人だけが意識的に身に付ければよいものではなく、生涯にわたってリフレクション(振り返り)をしながら様々な局面に応じてアップデートし続けていくスキルであり、コロナ禍による働き方やコミュニケーションの変化を受け、企業などで活躍する人材の観点でもますます求められる要素となったといえる。

OECD(経済協力開発機構)が2000年から3年ごとに15歳の生徒を対象に実施している「生徒の学習到達度調査(PISA)」で、2017年に公表された「協同問題解決能力」を測った調査がある。この「協同問題解決能力」とは、「複数人が解決に迫るために必要な理解と労力を共有し、解決に至るために必要な知識・スキル・労力を出し合うことによって問題解決しようと試みるプロセスに効果的に取り組むことができる個人の能力」とされている(注9)。この調査で日本はOECD加盟国で1位となっており、課題解決に関するコミュニケーション力や協働力は、学校教育において身に付けることが十分可能であることを示唆している。

同様に、社会人にとっては、企業においてチームワークが求められるプロジェクト型業務などに従事する中で、コミュニケーション力や協働力を育むことができるはずだ。もちろん、コロナ禍による働き方の変化に対応して、コミュニケーション力や協働力の向上に関する企業内研修を実施したり、大学院などで提供されているリカレント教育の講座を活用することもできるだろう。

前述の「人生100年時代における社会人基礎力」を参考にしつつ、一人ひとりが人生においてウェルビーイングを追求していくためにも、他者とのコミュニケーション力や協働力を磨き続けるという意味の「リスキリング」が一層求められている。

西野 偉彦


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。

西野 偉彦

にしの たけひこ

ライフデザイン研究部 主任研究員
専⾨分野: 教育(子ども・若者の学校教育から社会人の学び直しまで)、Z世代やα世代の生活行動・価値観・社会参画

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