求められる小規模な訪問介護事業者への支援強化

~2024年度上半期の介護事業者の倒産件数の増加を踏まえて~

櫻井 雅仁

目次

1.介護事業者の倒産件数が増加

2024年上半期(1~6月)の「介護事業者(老人福祉・介護事業)」の倒産は81件(前年同期比50.0%増)となり、介護保険法が施行された2000年以降最多件数を更新した。業種別では、「訪問介護」40件(同42.8%増)、「デイサービスなど通所・短期入所」25件(同38.8%増)、「有料老人ホーム」9件(同125.0%増)となり、主要3業種すべてが上半期での最多を更新した(株式会社東京商工リサーチ発表)(注1)。

なかでも、訪問介護事業者の倒産件数の増加には留意するべきと考える。介護保険法では、要介護状態になった場合でも、可能な限り居宅において能力に応じ自立した日常生活を送ることができるように配慮された保険給付が求められている。この理念を実現する地域包括ケアシステムにおいて重要な役割を果たす訪問介護事業者の倒産増加は、介護保険制度の根幹を揺るがすものと考えられる。

本稿では、訪問介護事業者、特に地域に密着して地域包括ケアシステムを支える小規模な介護事業者(以下、小規模事業者)の倒産増加について考察する。

2.訪問介護事業者倒産の原因

(1)財務面での原因

東京商工リサーチの調査によると、倒産の理由は販売不振(売上不振)が34件(同85.0%)で最多となっている。また、訪問介護事業者の倒産のうち、従業員数10名未満の小規模事業者が36件(構成比90.0%)と大半を占めている。これは、小規模事業者が財務面での苦境から倒産に至ったことを示していると考えられる。

2024年度の介護報酬改定において、訪問介護の基本報酬は2%超減額となった。訪問介護事業の収支差率が7.85%と他の介護事業に比べて高いと評価されたことが理由とされている。しかし、「令和5年度介護事業経営実態調査」によると、小規模事業所(訪問回数ベース)の収益率は非常に低く、5%を下回る事業所が半数を超える(注2)(図表1)。

さらに、こうした事業所の収益力は脆弱であり、最も小さい階層の事業所の利益は月1万円にも満たず、経営環境の変化を吸収する余力はほとんどないといえる。訪問介護事業所では、収益の大半が公定価格で規定される介護保険による収入であり、物価高騰の影響を価格転嫁で吸収することはできない。こうしたことから、費用の上昇などの経済環境の変化が経営に甚大な影響を与えることになる。物価の高騰・高止まりが続く一方で、介護保険制度の仕組み上、次の介護報酬の改定は基本的に3年後に行われる。現状でも、訪問介護事業所の約36%が赤字経営といわれており(図表2)、今後も赤字に転落し、さらには倒産に至る可能性がある小規模事業者が多く存在するのではないか。

今回の介護報酬改定では、訪問介護における「特定事業所加算」の内容が変更され、この加算で減額分を補えるとの考え方も示されている。しかし、特定事業所加算の目的の1つが介護サービスの質的向上であるため、加算を受けるには「体制要件」、「人材要件」、「重度者等対応要件」という多項目の要件を満たすことが必要になり、小規模事業所が要件を満たすことが難しいのではないか。やや古いデータではあるが、厚生労働省の調査(注3)によると、訪問介護事業所の56.7%が特定事業所加算を算定していない。また、要件を満たしても利用者負担の増加を避けるため、加算を算定しない、あるいは下位レベルの加算を算定するケースもある。特定事業所加算を小規模事業所の経営維持の前提と考えることは困難と考えられる。

図表1 訪問介護 1施設・事業所当たり収支額等(延べ訪問回数階級別)
図表1 訪問介護 1施設・事業所当たり収支額等(延べ訪問回数階級別)

図表2 訪問介護事業所の収支差率別分布
図表2 訪問介護事業所の収支差率別分布

(2)人材面での原因

小規模事業者の経営にとって、人材確保も大きな問題となっている。厚生労働省によると、介護職員の不足数は2026年度に約25万人、2040年度には約57万人へと右肩上がりとなることが予測されている(注4)。公益財団法人介護労働安定センターによると、事業所規模(従業員数ベース)が小さいほど訪問介護員の離職率は高い(注5)。理由としては、給与、人事・福利厚生制度の充実度、事業所の経営の安定度などが考えられる。特に、給与水準の低さはかねてより問題視されている。2024年度の介護保険制度の見直しでは、介護職員の処遇改善に向けて処遇改善加算の仕組みが改善され加算率も引き上げられたが、目指すベースアップの水準が2024年度に2.5%、2025年度に2.0%であり、おおむね他の業種に劣後し、物価上昇にも追い付かない。また、厚生労働省によると、前制度下における加算の届出状況は事業所の規模が小さいほど悪く、届け出た場合でも加算水準は低い(注6)。事務負荷が大きいこと、要件を満たすノウハウや体制整備の余裕がないことなどが理由だろう。新たな制度が施行される6月1日以降、仕組みが改善され事務負荷が軽減される中で、小規模事業所が加算要件を達成し、十分な加算を得ることができるのか、実態を注視したい。

大規模事業者との人材獲得競争の激化も小規模事業者にとっては課題となっている。特に異業種から参入する介護事業者は、親会社の経営力を背景に、給与、キャリア展開、福利厚生、将来的な事業展開などについて従業員に魅力的なオファーができるのではないか。こうした背景から、小規模事業者から大規模事業者へ訪問介護人材が流出していることも考えられる。

3.想定される小規模事業者倒産の影響

今回の倒産事業者数は、訪問介護事業者全体からみれば、それほど大きな数字ではないとの見方もあろう。しかし、地域に密着し、地域包括ケアシステムの重要な役割を担う小規模事業者が財務・人材面での経営難から事業を閉じざるを得ない状況に歯止めをかけることができないとすると、それは看過できない問題である。

小規模事業者の倒産が利用者に与える影響は地域の状況によって異なるだろうが、概ね以下の点が想定される。

  • 介護サービスの突然の中断

特に事業者数が少なく代替サービスの確保が難しい地域では、介護サービスの空白期間が生じ、利用者およびその家族などの生活に大きな支障をきたす恐れがある。代替サービスが確保された場合でも、介護計画の変更などによる負担や馴染みのサービス提供者との関係喪失による精神的不安定が懸念される。

  • 介護サービスの選択肢の減少およびサービスの質の低下

利用者の意向に合致する事業者を探すことが困難になると同時に、寡占が進むことにより、多様なニーズへの柔軟な対応が損なわれたり、サービスの質が低下したりすることが懸念される。

また、介護保険制度にとっても以下のような影響が想定される。

  • 地域格差のない、十分なサービス提供体制の持続可能性への懸念

  • 地域での高齢者に対する切れ目のないサービス提供が困難になり、地域包括ケアシステムの根幹が揺らぐ懸念

小規模事業者の倒産は、介護サービス利用者やその家族の日常に大きな影響をおよぼすと同時に、介護保険制度の適切な運営にも悪影響を与えることが懸念されるため、適切な対策を講じることが必要であろう。

4.考えられる今後の対応

2024年度の介護保険法・介護保険法施行規則改正において、介護サービス事業者が収益・費用の内容、人員の関する事項などの経営情報を都道府県知事に報告することが義務付けられた。介護サービス事業者の経営状況を詳細に把握・分析し、介護保険制度に係る施策の検討等に活用することが目的である。介護事業者の経営に対する環境変化の影響を踏まえた的確な支援策の検討も目的の1つとされている。法令改正の趣旨に則り、経営難に陥っている小規模事業者に対する財政支援策を早急に講じるべきではないだろうか。

法令改正に伴う経営情報の報告は年度決算後になるので、その後の検討では時機を逸する恐れがある。方法としては、経営改善を目的とした低利融資、助成金、緊急支援金などの制度化や、訪問介護事業の実態を踏まえた介護報酬の見直しなどが考えられる。財源ありきの議論ではなく、他の社会保障施策に見られるように、介護保険制度・地域包括支援システム維持を前提とした議論が望まれる。小規模事業者が、より上位レベルの特定事業所加算の算定要件を満たせるよう、自治体が支援を行うことも考えられる。

人材確保については、一般的には給与・福利厚生の改善、資格取得支援、キャリアアップ研修など人材育成プログラムの充実などが考えられるが、小規模事業者が単独でこれらを行うのはハードルが高い。自治体が処遇改善加算の取得や人材育成プログラムの構築・遂行について、ノウハウや好事例を提供し、複数の事業所による協働を促すなどの支援を行うことが考えられる。

さらに、上記の財務・人材面での改善を含め、小規模事業所が持続的な経営を実現するために、自治体が経営ノウハウの提供などの支援を行うことも考えられる。具体的には、介護保険制度の知識、経営・財務計画の策定、人材管理、コンプライアンス、デジタル技術の活用などの経営ノウハウに関する研修実施、あるいは個別相談・指導や同業者とのネットワーク構築、関係機関とのマッチング支援など、さまざまな取組みが考えられる。

こうした自治体による小規模事業者への支援策は、すでに行われているものも多いと思うが、質・量ともに拡充されることを期待したい。

2024年度の介護保険制度の見直しで、地域包括ケアシステムを支える介護人材確保および介護現場の生産性向上を目的として、介護経営の協働・大規模化の推進が重要であるとされた。この施策により、人的資源の効果的・効率的な活用、デジタル技術の導入などによる生産性向上などを進め、介護サービスの供給体制の強靭化を図ることは重要である。ただし、地域の実情をふまえた介護サービスの質的維持・向上や切れ目のないサービス提供、加えて地域による格差がない状態が確保されることが前提である。地域に密着して地域包括ケアシステムを支えてきた小規模な訪問介護事業者が、その役割を果たしつつ、今後の展開をも発展的に思考できる状態にあることが、介護保険制度の持続可能性向上に関する重要な要素になるのではないかと考える。

【注釈】

  1. 株式会社東京商工リサーチ「2024年上半期の「介護事業者」の倒産 最多の81件 訪問介護、デイサービス、有料老人ホームがそろって急増」2024年7月4日

  2. 厚生労働省「令和5年度 介護事業経営実態調査

  3. 厚生労働省「平成30年介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査 (令和2年度調査)」

  4. 厚生労働省 報道発表資料「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」(2024年7月12日)
    介護職員の不足数は2022年度介護職員数との比較。

  5. 公益財団法人 介護労働安定センター「令和5年度 介護労働実態調査 事業所における介護労働実態調査」によると、事業所規模別の訪問介護員の離職率は「4人以下:20.8%」、「5人~9人:13.1%」、「10人~19人:11.9%」、「20人~49人:11.4%」、「50人~99人:11.0%」、「100人以上:10.5%」であり、規模が小さいほど離職率は高い。

  6. 厚生労働省「令和4年度介護従事者処遇状況等調査結果

櫻井 雅仁


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