公共交通機関でのベビーカー利用のバリア

~子ども連れの人がより外出しやすい社会を~

水野 映子

目次

公共空間の物理的なバリアフリー化が進んだことにより、子ども連れの人が電車やバスなどの交通機関で外出するためのハード面の環境は整備されてきた。たとえば、エレベーターや子ども連れの人も利用できる多機能トイレなどは増えた。一方で、周囲の人の対応というソフト面では、ベビーカーでの乗車に対して冷たい人がいるなど、子ども連れの人が利用しやすい環境にはまだなっていないという声も聞かれる。そこで本稿では、特にベビーカーで公共交通機関を使用するうえでのハード面・ソフト面の環境の変化と現状の問題に注目する。

1.ベビーカー使用環境の変遷

電車やバスなどの公共交通機関でのベビーカー使用については、およそ10年前の2013年から、国土交通省の「公共交通機関等におけるベビーカーに関する協議会」(注1)を中心に議論されていた。背景には、ベビーカーを折りたたまずに電車・バスに乗ることなどについて、ベビーカー使用者と周囲の人との間で意識の差があり、トラブルや事故も生じていたことや、ベビーカー使用のルールが交通事業者によってまちまちだったことなどがある。また、車内でベビーカーを置くスペースなどに示すマークも、統一されていなかった。

そこで同協議会での議論の結果、公共交通機関では原則としてベビーカーを折りたたまずに使用できることになり、ベビーカー使用者に対する周囲の理解・配慮を促す啓発活動がおこなわれることとなった。また、ベビーカーを安心して利用できる場所や設備(電車やバスの車両のベビーカースペース、エレベーターなど)に表示する「ベビーカーマーク」(図表1左)も決められた。

同時に、ベビーカー使用者に対しては、安全を守るための心がけ(シートベルト着用、ストッパーによる固定、子どもを降ろしての階段・エスカレーター使用など)を呼びかけることになった。また、ベビーカーの使用を禁止する場所や設備(エスカレーターなど)に表示する「ベビーカー使用禁止マーク」(図表1右)も決定された。

なお、それまでのマークに描かれたベビーカー使用者は、母親などの女性をイメージさせるスカート姿のイラストもあったが、図表1のマークでは性別を限定しないイラストが採用された。これらのマークは、2015年にはJIS(日本工業規格)の案内用図記号に追加された。

図表1
図表1

電車やバスの車両には、もともと優先席の向かい側などにベビーカーや車いす使用者のための広いスペースが設けられていたが、ベビーカーマークが制定された後は、そのスペースの床や壁、そのスペースがある車両の外側などに、このマークが車いすマークとともに表示されるようになった(注2)。併せて、ベビーカー・車いすスペース自体の整備も進められてきた。

また車両のスペースに関しては、子ども連れの人の利用にさらに焦点を当てた取り組みも一部でおこなわれている。たとえば東京都は、2019年7月から都営地下鉄の車両に、社会全体で子育てを応援する機運を醸成することを目的とする「子育て応援スペース」を設置している。このスペースは、機能としては通常のベビーカー・車いすスペースと同じであり、子ども連れの人でなくても利用できるが、子どもに人気のキャラクターのイラストで装飾されている点などが他と異なる。つい先日(2023年2月26日)からは、新たな路線に「子育て応援スペース」が追加されたことにより、このスペースがある路線は全4路線となった(注3)。

2.マークも使用ルールも認知度は未だ低い

このように、公共交通機関でのベビーカーの利用環境は変化してきたが、生活者はこれらのことをどの程度認識しているのだろうか。

前述のベビーカーマークについては、2015年に策定された第3次の「少子化社会対策大綱」において、その認知度を2020年までに50%にすることが数値目標の一つとして設定された。しかし、この目標は達成されなかったため、2020年策定の第4次の同大綱でも、2025年までに認知度を50%にすることが引き続き目標として掲げられている(注4)。

2022年に国土交通省が一般の生活者を対象に実施した調査においても、認知度(ベビーカーマークの意味を知っていた人の割合)は43.1%であり、半数を下回っている(図表2①)。また、電車やバスなどの車内では原則としてベビーカーを折りたたまずに使用できることについても、「知っている」と答えた人は54.7%と半数強にとどまっている(図表2②)。すなわち、ベビーカーマークについても、公共交通機関の車内でのベビーカー使用のルールについても、半数前後の人しか知らない。

図表2
図表2

3.なぜベビーカーに場所を空けないのか

では、ベビーカー使用者は公共交通機関の利用時に、周囲の人に十分配慮されているのだろうか。

前述の調査では、ベビーカー使用経験者に対し、乗車時に周囲の人に手助けしてもらいたい(してもらいたかった)ことと、手助けしてもらったことも尋ねている。まず、手助けしてもらいたいことをみると、1位には「ベビーカーのために場所を空けてもらいたい」(59.9%)があがっており、2位以下の「乗降を手伝ってもらいたい」(23.2%)や「乗降する順番をゆずってもらいたい」(19.4%)を大きく引き離している(図表3)。

一方、手助けをしてもらったこととして「ベビーカーのために場所を空けてもらった」をあげた人の割合は40.5%であった。前述の「ベビーカーのために場所を空けてもらいたい」と答えた人の割合との間には20ポイント近い差がある。このことは、ベビーカーのために場所を空けてほしいのに空けてもらえない人が多いことを示唆している。実際、ベビーカー使用者が乗ってきても、ベビーカーマークがあるスペースでさえ空けない人が散見される。

図表3
図表3

なおこの調査で、ベビーカーの使用経験にかかわらず全ての回答者に対し、ベビーカーを折りたたまずに乗車することについての賛否を尋ねた結果では、9割以上が賛成と答えた(図表4①)。また、ベビーカー使用者が周囲の人と接触したり、妨げになったりしないようにするなど気遣いをしていると思っている人も9割近い(同②)。ベビーカー使用者自身が周囲の人に気遣いをしていると思っている割合はさらに高く、100%に近い(同③)。

図表4
図表4

先にも触れたが、ベビーカーマークなどについての議論がされていた10年ほど前は、ベビーカーの乗車に対する反対意見や、ベビーカー使用者のマナーに対する批判が多いことが指摘されていた。そのことを考えると、周囲の人の意識もベビーカー使用者自身の行動も、変わったように思われる。

にもかかわらず、ベビーカーに場所を空けない人がいるとすれば、その多くは、空けることに反対しているから空けないというよりは、ベビーカーの乗車に気づいていない、または気づいても空ける必要性をあまり感じていない可能性がある。また、ベビーカー使用者の中にも、折りたたまずに乗ってよいことを知らない、ベビーカーマークやベビーカースペースの存在を認識していないために、必要以上に気を遣っている人がいることも考えられる。

子ども連れの人がより安心して公共交通機関を利用できるようにするためには、まずはベビーカーマークやそれが表示されたスペースの認知度、およびどのスペースでもベビーカーを折りたたまないで乗車できることの認知度の向上が不可欠だろう。周囲の人はいうまでもないが、子ども連れの人自身もそれを知ることで、もう少し気兼ねなく乗れるようになるのではないか。そして、いずれはベビーカーマークやベビーカースペースの有無にかかわらず、子ども連れの人が外出しやすい社会になることを望みたい。

【注釈】

  1. 同協議会の議論の経緯や結果などについては、以下に掲載されている。
    http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_mn_000010.html
  2. ベビーカーマークやベビーカースペースがあるかどうかにかかわらず、どの車両でも原則としてベビーカーを折りたたまずに乗ることができる。
  3. 東京都の取り組みは以下の通り。その他、一車両全体を子育て応援車とした鉄道会社もある。
    東京都「報道発表資料:都営三田線に『子育て応援スペース』を導入します」(2023年2月20日)
    https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2023/02/20/18.html
  4. 内閣府「第4次少子化社会対策大綱の施策に関する数値目標の進捗状況」(2021年3月31日時点)
    https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/law/pdf/r021225/b2_suuti-mokuhyou.pdf

水野 映子


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