ライフデザイン白書2024 ライフデザイン白書2024

企業の枠を超えた「連携型リスキリング」

~コンソーシアム設立にみる今後のリスキリングの方向性~

白石 香織

要旨
  • パンデミックや戦争といった歴史的な惨事が、DXやGXといった社会の変革を加速させ、リスキリングの必要性を高めている。欧州では、ロシアのウクライナ侵略を受けて、化石燃料分野から再生エネルギー分野へと人材をシフトする「緑のリスキリング」が加速している。その中で注目すべきは、政府が指揮をとり、官民が連携しつつ社会全体でリスキリングを進めている点である。
  • 日本では企業同士や政府、教育機関などが有機的に協働する「連携型リスキリング」の必要性については、まだ社会に浸透しているとはいえない。しかし、日本が今後直面する雇用構造の変化や労働力の減少といった課題を考慮すると、変化に順応し世界で勝ち残るためには、企業の枠を超えた「連携型リスキリング」がカギとなると考える。
  • 足下では「日本リスキリングコンソーシアム」「人的資本経営コンソーシアム」といった官民による「連携型リスキリング」が形成され始めている。両者とも企業の枠を超えたプラットフォームであり、学びの提供だけでなく、転職や副業など仕事につなげる機会を提供している点で先進的といえる。
  • 「連携型リスキリング」を推進する上で重要なのは、「学び」を「仕事」につなげ、効果的に循環させる仕組みづくりである。カナダ政府が失業者向けに行うリスキリングでは、労働者の「学び」から「仕事」までを「トータルソリューション」で支援し、さらには労働者のスキルと労働市場の需要との「マッチング機能」が備わっている点が参考になる。
  • リスキリングとは、いわば大きな変化に強靭な社会、企業、個人をつくるうえで欠かせない基礎体力づくりのようなものである。産学官で「連携型リスキリング」を推進し、社会全体で基礎体力をつけておけば、今後も起こり続ける惨事や変革を乗り越え、日本全体の成長につなげていくことができるだろう。
目次

1.なぜ、社会全体で「連携型リスキリング」を進める必要があるのか

パンデミックや戦争といった歴史的な惨事が、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)といった社会の変革をさらに加速させている。この社会の急速な変化は、従業員の学び直しであるリスキリングの必要性をも高める。新型コロナウィルス感染症の蔓延により、日本企業におけるDXが加速し、デジタルを中心とした新しいスキルの習得が求められるケースが増えている。欧州では、ロシアのウクライナ侵略を受けて、化石燃料分野から再生エネルギー分野へと人材をシフトする「緑のリスキリング(注1)」が加速している。欧州のリスキリングで注目すべきは、政府が指揮をとり、官民が連携しながら社会全体でリスキリングを進めている点である。

世界経済フォーラムは、2020年に出したリスキリング革命実現に向けたレポート“Towards a Reskilling Revolution- A Future Jobs for All”において、社会全体でリスキリングを行う重要性を説いている。同レポートでは「リスキリングが企業の協力により規模の経済を生み出せれば、失業リスクを抱える労働者の45%を共同でリスキリングでき、そこに政府が加われば同労働者の77%をリスキリングできる」と指摘する。

日本では個社単位でのリスキリングの必要性について認識は高まりつつあるが、企業同士や政府、教育機関などが有機的に協働して行われる「連携型リスキリング」に対する意識はまだ浸透していない。しかし、下記2点の理由により、企業の枠を超えたリスキリングを行うことは、日本が大きな変化に順応し世界で勝ち残るためのカギとなると考える。

1つは、足下のDXやGXといった大きな変化は、社会全体で起きている点にある。雇用構造やビジネスモデルが大きく変わるときに、個社や業界単位でのリスキリングでは対応しきれないことが多い。先に述べた欧州のエネルギーの大転換においても、雇用面で大きな変化をもたらしている。イギリス政府が2022年5月に発表した労働者とスキルの統合戦略“North Sea Transition Deal -Integrated People and Skills Strategy”によると、2030年までに石油・ガス分野での雇用は約49,000人減る一方で、洋上風力発電分野での雇用は約66,000人増えると予測している。このため、石油・ガス分野で働く従業員が洋上風力の分野に労働移動できるよう、イギリス政府は国策としてリスキリングを推進している。

日本においても、変革の波は雇用構造に変化をもたらす。経済産業省が2022年5月に出した「未来人材ビジョン」では、2050年に産業ごとに必要となる労働者数を予測しており(図表1)、「飲食店・宿泊業」「卸売・小売業」「農林水産業」といった産業では減り、逆に「医療・福祉」「教育・学習支援」「情報通信業」では需要が増えるとされている。個社で新しい分野に人材を移動すると同時に、社会全体で成長分野へ労働力をシフトしていくことが、生産性の向上および労働環境の安定につながると考える。後述するが、こうした労働市場における需要を把握し、成長する分野に人を 動かしていくことが、社会全体でのリスキリングを推進する上で重要なポイントとなる。

図表1
図表1

2つ目の理由として、将来的な労働力減少を補うために、社会全体で生産性を向上していくことが急務となる点が挙げられる。図表2にある通り、2050年の日本の生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)は2020年の約7400万人から約5300万人へと約7割に減少すると予測されている。

図表2
図表2

現在の日本の経済規模を維持するためには、単純計算で生産性を1.4倍押し上げる必要がある。日本がとるべき施策として考えられるのは、図表2右側に示した2点である。まず、減少する約3割の労働力を補うために、AIやロボットと人間による「デジタル協働」を実現させる必要がある。次に、限られた労働力を最大限活用するためには、人材を適材適所に配置する「マッチング」が求められる。この2つの施策を実現するうえで、不可欠になるのがリスキリングである。

身近な例を挙げてみると、ある大手コンビニエンスストアチェーンでは、商品陳列を行うロボットを試行的に導入している。今後、陳列作業をロボットが担い、人間が遠隔操作を学ぶことができれば、「デジタル協働」によって1人の労働者が数人分の業務を担うことが可能となる。そうすれば、人間が担う仕事の質は変わる。ロボットに効率的な作業指令を出すプログラミング、ロボットのメンテナンス管理といった仕事にシフトすることになるだろう。そこで、現存の労働者および潜在的な労働者(女性や高齢者、障がい者、外国人)を必要に応じてリスキリングし、新しい仕事に「マッチング」できれば、労働者の能力を最大限に活用することができると考える。

このように、今後、日本が直面する雇用構造の変化および労働力の減少といった課題を考慮すると、社会全体でリスキリングを行えるかが、成長のカギを握っていると言っても過言ではない。本稿では、次章で述べる足元のリスキリングのコンソーシアム設立の動きに着目したうえで、海外事例を参考にしながら、社会全体での「連携型リスキリング」を行う重要性とその方向性について示していきたい。

2.リスキリングコンソーシアム設立の動き

日本においても「連携型リスキリング」設立の動きが出ている。1つは、2022年6月16日に発足した官民連携による「日本リスキリングコンソーシアム」である。総務省や経済産業省、民間企業、地方自治体49団体の協力のもと「学び続けよう、未来のために」とのキャッチフレーズを掲げ、2026年までに50万人の利用を目指している。女性、シニア、経営層、求職者、学生など、多様な層が対象で、企業が提供する豊富なプログラムを受講できる。特徴的なのは、就職や副業、フリーランスのマッチングサイトが紹介されており、仕事につなげるサービスも提供している点である。

もう1つは、 2022年8月25日に設立予定の「人的資本経営コンソーシアム」である。当コンソーシアムの活動は、「人への投資」に積極的な日本企業に世界中から資金を集め、次なる成長へと繋げることを目的としている。経済産業省と金融庁の支援のもと、日本の主要企業が連携し、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有、企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示の検討、投資家との対話などを行うことを視野に入れている。具体的には、リスキリング事例の共有、リスキリングメニューの共同開発や、参加企業間での兼業・副業人材の受け入れも検討するという。「人的資本経営コンソーシアム」に関して公表されている情報は当レポートの発行時点(2022年8月15日)で限定的であるため、以下の記述は筆者の予想が入った見解となることをご了承いただきたい。

上記の2つのコンソーシアムは、一企業の枠を超えたリスキリングを提供しており、学びを就職や副業という仕事につなげる取り組みを提供している。違いは、一般個人向けか参加企業の従業員向けのプラットフォームかという点にある。「日本リスキリングコンソーシアム」は、誰でも参加することができるオープンなプラットフォームである。個人が自ら学び直しをして転職活動や副業につなげる一連のプロセスを一元化し、学習や就職リソースを集約した形態をとる。一方、「人的資本経営コンソーシアム」は、コンソーシアムに参加した企業に属する従業員が対象のクローズドなプラットフォームとなると考える。従来は企業が各社で行っていた研修や異動・出向という人事プロセスを、参加企業間で連携して行うことで、規模の経済を活かした枠組みとなるのではないかと予想する。

3.コンソーシアム設立の意義と課題

足下におけるリスキリングコンソーシアム設立の動きは、企業の枠を超えて「連携型リスキリング」を推進する上での大きな足がかりとなる。これまで政府や民間企業を中心に増えてきたリスキリング・プラットフォームは、「学習」に特化するケースが多かった。しかし、前述の2つのコンソーシアムは「学び」の提供だけに特化せず、「仕事」につなげる機会を提供および検討している点で先進的だといえる。今後、「連携型リスキリング」を推進していくうえで重要なのは、効果的に「学び」を「仕事」に結びつける仕組みづくりだと考える。

経団連と国公私立大学トップからなる「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が2022年4月に出した報告書「産学協働による自律的なキャリア形成の推進」では、Soceity5.0や「新しい資本主義」を実現するには、「仕事と学びの好循環」が重要であることを指摘している。同報告書では「経済界・教育界が政府と連携し、多くの働き手が仕事と学びの間を行き来するようになることで、人材の多様性や価値の向上が期待できる」と述べている。今後、「連携型リスキリング」を進める上では、産学官が協働して「学び」と「仕事」をつなげ、いかに効果的に循環させていけるかが目下の課題となると考える。

たとえば、前章で紹介した「日本リスキリングコンソーシアム」では、受講者が学びを終了した後、仕事を探すには、サイト内に紹介されている就職エージェントに自身で登録し、就職・転職活動を行う必要がある。つまり、「学び」から「仕事」への橋は架かっているものの、現状では循環させるのは受講者自身である。それ故、就職というゴールに到達するには個人の高い意欲と努力が求められる。

4.官民による「連携型リスキリング」の海外事例

「学び」から「仕事」を循環させる仕組みとして、カナダ政府が人材ベンチャーと連携して進める失業者向けサービス「スキル・パスポート」が参考になる。AIによって労働市場と労働者のスキルを分析し、マッチする仕事や必要となる学びをリアルタイムで提案する技術を持っている点が、スキル・パスポートの特長である。

たとえば、図表3にある通り、受講者が自身の経歴を入力すると、AIがデータを分析し、保有するスキルを言語化、可視化してくれる(スキル可視化)。この可視化されたスキルをもとに、「この分野をリスキリングすれば、将来的にこの仕事に就くことができる」という提案をしてくれる(学習支援)。提案されたリスキリング講座を受講しスキルを身に着けた上で、勧められた仕事に応募することも可能である(就職支援)。

図表3
図表3

カナダ政府の取り組みが、「学び」と「仕事」を上手く循環させているポイントは2点ある。1つは、受講者の学習から就職までの一連のサイクルを途切れることなく、「トータルソリューション」にて提供できている点である。リスキリングを通して一人ひとりの人材が適した仕事を見つけるために必要となるプロセスが、一つの場所に集約されているため、受講者は効果的にステップを踏むことができる。2つ目は、「マッチング機能」である。受講者の持つスキルと労働市場で需要が高い仕事をマッチングし、就職先や学習先を提案する機能が備わっている。これにより、学びから仕事への流れを有機的に循環させることができる。こうした仕組みは、今後、日本が「連携型リスキリング」を進めるうえで、大いに参考になると考える。

それでは、「連携型リスキリング」プラットフォームの中に、「トータルソリューション」「マッチング機能」の要素をどのように採り入れたら良いだろうか。たとえば、「人的資本経営コンソーシアム」では、参加企業間でリスキリングメニューを開発したり、従業員の副業先を斡旋したりする仕組みを検討している。「トータルソリューション」として、学習と副業がうまく将来のキャリアにつながる仕組みになれば理想的である。たとえば、図表3にあった「スキルの可視化」が加わり、スキルやキャリアの棚卸をしたうえで、将来を見据えた学習・副業先を選定・応募できれば良い。可視化のツールとしては、就職支援企業との連携、厚生労働省の職業情報提供サイト(日本版O-NET)が提供する自己分析ツールの活用や、キャリアコンサルタントの導入などが検討に値する。

また、「日本リスキリングコンソーシアム」のような一般向けのプラットフォームでは、海外事例にあったような労働市場との「マッチング機能」を強化することも一案であろう。政府の統計データやハローワークにおける就職状況のデータなどを基に、労働市場の需要と労働者の持つスキルとをマッチングする仕組みを、民間と共同で開発できれば理想である。また多様なキャリアにマッチングする学習の提供を行うという観点では、企業が提供するデジタル講座だけでなく、教育機関と提携し、大学や大学院が提供する講座を含めることでさらなる拡充が図られると考える。このように、今後、日本が「連携型リスキリング」を推進していくにあたっては、現行のリスキリング・プラットフォームと、産学官が持つ既存のリソースを組み合わせ、「学び」と「仕事」の効果的な循環を促す仕組みづくりを行うことが重要である。

5.「連携型リスキリング」で強靭な社会・企業・個人をつくる

社会が大きく変化するなか、日本が成長し続けていくには、企業の枠をこえて「連携型リスキリング」を推進することが、今後ますます必要になってくる。足下では、企業と政府が連携したコンソーシアムが設立され始めており、リスキリングを連携して行おうという良い流れが出てきた。この流れを一時的なものとしないためにも、産学官で「学び」から「仕事」を循環させる仕組みを取り入れた「連携型リスキリング」を推進していくことが重要となる。

リスキリングとは、いわば大きな変化に強靭な社会、企業、個人をつくるうえで欠かせない基礎体力づくりのようなものである。歴史家ニーアル・ファーガソン氏は「大惨事(カタストロフィ)の人類史」(2022)において「次にどのような惨事が襲ってくるかは知りようがない。私たちのささやかな目標は、社会と政治制度を今より回復力(レジリエンス)のあるものにする―そして理想的には反脆弱にする―ことであるべきだろう。」(P13)と述べている。戦争やパンデミックなど、起こるはずがないと思っていた惨事が次々と起こり、社会をこれまでにないほど大きく変革させている。社会全体で基礎体力をつけておけば、今後も起こり続ける惨事や変革を乗り越え、日本全体の成長につなげていくことができるだろう。

以 上

【注釈】

  1. 欧州ではGXに伴い必要となるスキルや仕事を「グリーン・スキル」「グリーン・ジョブ」と呼び、リスキリングを積極的に行っている。こうした動きを、日本経済新聞(2022年7月24日)「脱炭素、いざリスキリング 欧州で進む『公正な移行』」では、「緑のリスキリング」と表現している。
  2. 労働需要の推計にあたり、「高成長シナリオ」では、デジタル化と脱炭素化が進展し、高い成長率を実現できると仮定。一方、「低成長シナリオ」では、デジタル化と脱炭素化が停滞し、高い成長率を実現できないと仮定している。

【参考文献】
  • World Economic Forum(2020)“Towards a Reskilling Revolution- A Future Jobs for All”

  • OPITO(2022)“North Sea Transition Deal-Integrated People and Skills Strategy”

  • 経済産業省(2022)「未来人材ビジョン」

  • 国立社会保障・人口問題研究所(2017)「将来推計人口(平成29年推計)」

  • 採用と大学教育の未来に関する産学協議会(2022)「産学協働による自律的なキャリア形成の推進」

  • ニーアル・ファーガソン(2022)「大惨事(カタストロフィ)の人類史」

  • 日本経済新聞(2022年7月25日)「『人への投資』100社超連携」

  • 日本経済新聞(2022年7月24日)「脱炭素、いざリスキリング 欧州で進む『公正な移行』」

  • 日本リスキリングコンソーシアムHP「https://japan-reskilling-consortium.jp/

白石 香織


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