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なぜ先進国日本で電力危機が起こるのか?

~電力需給逼迫から考える要因と対策~

牧之内 芽衣

要旨
  • 2022年3月、経済産業省は制定以降初となる電力需給逼迫警報を発令した。以降、6月には全国規模での節電が要請され、東京電力管内では4日連続となる電力需給逼迫注意報が発令されるなど、日本の電力危機が顕在化している。
  • 3月の逼迫は非ピーク時にも関わらず発生した。5日前に発生した福島県沖地震による一部発電所の停止と季節外れの寒さという、主に2つの稀な要因が重なったためだ。一方、季節性の電力需給の逼迫であれば、予見性が高いため対策が打ちやすい。
  • 対策としては、緊急時のレジリエンス(強靭性)を高める方法や、電源の余力確保、恒常的に電力消費量を抑える方法などが考えられる。欧州の一部の国では、「戦略的予備力」として緊急時のための予備力を確保しており、普段は停止させている発電設備を緊急時に稼働させるシステムがある。
  • 地域間で電力融通を行う連系線(送電設備)の容量が十分ではないとの問題は以前から指摘されていた。一部の連系線についてはすでに増強が検討されているが、3月の逼迫で露呈した地震に対する脆弱性から、連系線のレジリエンスも重要である。その他にも、節電に金銭的インセンティブを用いる「デマンドレスポンス」も対策として考えられる。
  • 欧州議会はEUタクソノミー(分類枠組み)で原子力とガスを持続可能な発電力として認定した。日本政府も「経済財政運営と改革の基本方針2022」において、安定的なベースロード電源である原子力発電について「安全優先の再稼働」を強調している。また、日本の住宅の32%は無断熱というデータがあり、電力需要自体を減らす観点では住宅の断熱も有効である。
  • 日本は2050年カーボンニュートラルの目標へと歩みを進めているが、脱炭素もエネルギーの安定供給あってこそではないか。災害や急激な気候変動にも対応可能な電力供給に向けて、幅広い議論が進むことを期待したい。
目次

1.「電力需給逼迫警報」

2022年3月21日、経済産業省は2012年の制定以降初となる電力需給逼迫警報(注1)を東京電力管内に発令し、翌22日には東北電力管内にも発令した。これは、真冬並みの寒さによる電力需要の増大や、5日前に発生した福島県沖地震により一部の発電所が停止していたことなど複数の要因が重なったことによる。

また、5月27日には、大規模停電の恐れが高まった場合には大企業などを対象に「電力使用制限」の発令を検討すると明らかにした。違反すれば罰金が科される強制的な措置で、実際に発令されれば2011年に東日本大震災の東京電力福島第一原発事故に伴う需給逼迫に際して発令されて以来となる。

そして、6月7日に政府は足元の電力需給について「極めて厳しい状況」との見解を示し、7年ぶりとなる全国規模での節電を要請した。27日には東京電力管内で電力需給逼迫注意報が発令され、4日間にわたって継続された。なぜ先進国であるはずの日本でこのような状況になったのか。要因を分析した上で、今後の課題を整理する。

2.2022年3月22日電力需給逼迫の要因

3月の逼迫は、5日前に発生した福島県沖地震と季節外れの寒さという、主に2つの稀な要因が重なったために発生した。

寒さの影響をみると、3月22日の最大需要電力予想値は19日20時時点で4,300万kWであったのに対し、予想最高気温が5.6°C、最低気温が4.7°Cそれぞれ低下したことにより、21日には想定需要が540万kW増加し4,840万kWとなった。このように想定需要が予想値を上回ったことで、需給の逼迫につながった。

資料 1 3 月 22 日の需要電力見通しの変化(東京電力管内)
資料 1 3 月 22 日の需要電力見通しの変化(東京電力管内)

なお、悪天候により太陽光発電の出力が低かったことを原因とする論調もあるが、これは小さな要因の一つに留まる。東京電力管内にある太陽光発電の設備容量は1,780万kWだが、3月22日の供給力は設備容量の約一割の175万kWに留まると見積もられていた。太陽光発電の供給力は、自然変動性を踏まえて小さく見積もられることが常である。天候が良ければここまでの逼迫は防げた可能性はあるものの、太陽光発電の出力の小ささをトリガーとして逼迫が起こったわけではない。

次に、地震の影響について見てみると、3月16日に発生した福島県沖地震を受けて、計14基・647.9万kWの火力発電所が停止し、そのうち6基・334.7万kWは3月22日時点でも停止したままだった(資料2)。

資料 2
資料 2

さらに、地震や定期点検の影響で、東北から東京向けの500万kW分の地域間連系線(電力会社間で電力融通を行うために使う送電設備)のうち、半分の250万kW分が利用不可能だった(資料3)。そのため、東北東京間の連系線は運用容量を一時超過(注2)して使用されることとなった(資料4)。

資料 3 東北東京間連系線の運用容量(3 月 15 日・3 月 22 日)
資料 3 東北東京間連系線の運用容量(3 月 15 日・3 月 22 日)

資料 4 東北東京間連系線潮流実績(3 月 16 日~3 月 25 日)
資料 4 東北東京間連系線潮流実績(3 月 16 日~3 月 25 日)

また、冬の高需要期(1・2月)終了に伴う発電所の計画的な補修点検の最中であり、今冬の最大需要(5,374万kW)であった1月6日と比べ、計511万kWの発電所が計画停止中であったことも災いした。

3.ピーク時の電力需給逼迫

3月の逼迫が比較的稀な要因によって引き起こされた一方で、季節的な電力消費量ピーク時の逼迫については予見性がある。

電力広域的運営推進機関によると、2022年7月の電力予備率(注3)は東京電力管内をはじめ、大手10社のうち8社で3.7%まで低下する見込みだ。外気温と室温の差が夏よりも大きくなる冬の場合はさらに深刻で、23年の1月には東京の予備率は1.5%になる見通しだという(資料5)。

資料 5 2022 年度夏季・冬季の電力需給見通し
資料 5 2022 年度夏季・冬季の電力需給見通し

4.検討すべき電力需給逼迫対策

3月の逼迫は非ピーク時に発生した予見が難しい危機である一方、夏季・冬季のピーク時の逼迫は予見されている。対策としては、緊急時のレジリエンス(強靭性)を高める方法や、ベースロード電源の確保、常日頃からの電力消費量を抑える方法などが考えられる。以下の対策は予見が難しい危機時・ピーク時いずれにも有効と考えられるが、それぞれの特徴を見ていきたい。

1. 戦略的予備力

予測の難しい非ピーク時の逼迫対策としては、緊急時のための予備力を確保する仕組みが必要だ。現在日本で行われている容量市場は、「4年後に供給が可能な状態にできる電源」をオークション方式で募集する仕組みである。将来の電力供給の安定化に資する一方で、緊急時の電力不足への対応には課題がある。実はこの容量市場は、容量メカニズム(注4)の一つに過ぎない。スウェーデンやフィンランド、ドイツなどでは容量市場に代わって「戦略的予備力」という仕組みを採用している。あらかじめ安定供給に必要な供給予備力を決めておき、緊急時に稼働させるという仕組みだ。あくまで緊急時に使うための電源であり、なるべく卸電力市場での価格形成を歪めないよう、普段は市場に投入しないのが原則である。緊急時に稼働させるものは主に老朽化した火力発電設備で、もし稼働させた場合には割高な負担が発生するように設定されていることから、発電事業者が供給力の確保に努め、なるべく戦略的予備力の稼働を避けようとするインセンティブも与えられる。実はドイツでは、日本で採用されている容量市場も検討されていたが、双方を比べると費用に10倍も差があることがわかり、費用が少なくて済む戦略的予備力を採用したという経緯がある。予備力とする容量をどのように決めるか、あるいは、緊急時のみ稼働する設備のために、誰が、どれだけの費用負担を許容するかといった問題はあるが、日本でもこのような緊急時の仕組みについて検討の余地があると思われる。

2. 地域間連系線の強化

日本の電力系統は北海道や東北、東京といったエリアごとに需給バランスが管理されており、エリア同士は地域間連系線という送電線で結ばれている。そのため、あるエリアで逼迫が起こっても、他のエリアから連系線を通じて電力供給をすることができる。しかし、送電可能な容量が十分ではないとの問題は以前から指摘されていた。これを受けて、増強が必要な系統の洗い出しや詳細を検討するためのマスタープランが策定中となっている。2021年5月には電力広域的運営推進機関により中間整理が取りまとめられ、2022年度中に完成する予定だ。すでに北海道本州間の連系設備や東北東京間連系線、東京中部間連系線は増強の検討が進められており、2027年度中の増強完了が予定されている。3月の逼迫では地震の影響で東北と東京を結ぶ連系線のおよそ半分が使用できなくなったことを踏まえると、災害時に対応可能なレジリエンスのある連系線の早期整備も重要である。

3. デマンドレスポンス

3月の逼迫時には経済産業大臣から「節電へのご協力のお願い」が繰り返し発信され、結果的に多くの企業や国民が協力して、間一髪で停電を免れた。しかし、金銭的インセンティブのない「お願い」ベースでは、義務や報酬が不透明なため、何度も繰り返すと効果が落ちることが指摘されている。そのような場合に有効な対策のひとつが「デマンドレスポンス(需要調整)」だ。

デマンドレスポンスとは、需要が高く見込まれる時間帯に高い電気料金を設定したり、ピーク時に使用を控えた消費者に対し対価を支払ったりすることにより、ピーク時の電力消費を抑え、電力の安定供給を図る仕組みのことである。デマンドレスポンスは火力発電所の稼働を抑え、CO2の排出抑制にもつながる。また、需要家にとっても自らの取組みを通じて需要を抑制することで電気料金高騰対策に資する。政府は小売電気事業者の節電プログラムにポイントを上乗せする方針を打ち出しており、ポイント制度自体への賛否は分かれるものの、電力への不安解消という点においては金銭的インセンティブを用いることは評価できる。

4. カーボンニュートラルを睨んだベースロード電源の確保・活用

季節、天候、昼夜を問わず、一定量の電力を安定的に低コストで供給できる電源をベースロード電源という。3月逼迫時の事例に鑑みれば、原子力発電所も地震で停止する可能性があるものの、火力とともに昼夜を問わず安定的に発電できるベースロード電源であり、これらの余力の有無がピーク時・非ピーク時問わず逼迫に影響していることは論を待たない。原子力発電所の再稼働が進まないことや、再生可能エネルギーの普及などの影響で火力発電所が減ったことは電力需給逼迫の要因の一つとして論じられている。

欧州議会は7月6日にEUタクソノミー(注5)で、原子力とガスを持続可能なエネルギーと認定した。世界的に資源確保の不透明さが増しているため、カーボンニュートラルに向けたトランジション期(過渡期)の措置として、発電中に温暖化ガスを排出しない原子力と、石炭より排出が少ないガスに民間投資を集め、気候変動やエネルギー供給の対策を進める考えだ。日本でも政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022」で「安全最優先の原発再稼働」「厳正かつ効率的な審査を含む実効性ある原子力規制」を進めると明記している。7月14日には岸田首相が記者会見し、今冬最大9基の原子力発電所を稼働し、火力発電所も10基の供給能力を確保すると表明した。今まで「最大限の活用」という表現に留めてきた原子力発電の活用についての姿勢が積極方向へと変化している。

5. 電力需要そのものを減らす

電力需要自体を減らすという意味では住宅の断熱も有効だ。日本の住宅のうち、現行の断熱基準(建築物省エネ法(注6)のH28省エネ基準の断熱基準)を満たすものはわずか10%しかない。32%は無断熱など、1980年に制定されて以来の省エネ基準をひとつも満たしていない(資料6)。6月13日、2025年度から住宅などの新築物件に省エネ基準適合を義務付ける建築物省エネ法などの改正法が成立した。これを機に、日本のエネルギー消費量の約3割を占める建築物分野における省エネ取組みの強化が進むことを期待したい。

資料 6 住宅ストック(約 5,000 万戸)の断熱性能
資料 6 住宅ストック(約 5,000 万戸)の断熱性能

5.おわりに

日本は2050年カーボンニュートラルの目標へと歩みを進めているが、脱炭素もエネルギーの安定供給があってこそではないか。「S+3E(Safety+Energy Security、Economic Efficiency、Environment)」と呼ばれる、安全性の確保を大前提とした安定供給・経済効率性・環境性のバランス確保が求められる。日本では地震のような災害が起きやすい以上、戦略的予備力やレジリエンスのある連系線の増強などで備えておく必要がある。設備で対応できない逼迫には、金銭的インセンティブの働くデマンドレスポンスでの対応も検討に値する。また、ベースロード電源を確保し、安定的な発電を得ることが喫緊の課題だろう。そして、断熱を強化することで、平常時から電力需要を抑えることができる。災害や急激な気候変動にも対応可能な電力供給に向けて、幅広い議論が進むことを期待したい。

【注釈】

  1. 電力の予備率が3%を下回ると予想される場合、または実際に下回った場合に、大規模停電を防ぐために発令される警報。他にも、予備率5%以下で発出される電力需給逼迫注意報などがある。
  2. 運用容量は安定供給のために定められているため、一時的に超えても問題はない。全国の電力需給状況や連系線の運用状況を監視している電力広域的運営推進機関(広域機関)の定める送配電等業務指針では、需給逼迫に伴って運用容量を超過する場合、広域機関に事前または事後に説明することで、一時的に運用容量を超過することが認められている。
  3. 電力需要のピークに対し、供給力の余裕がどれだけあるかを示す指標。安定供給のためには最低でも3%の予備率が必要とされるが、気温の変化や発電所のトラブルも想定されるため、一般的には7~8%の予備率を確保できる状態が望ましい。
  4. 電力の供給信頼性を確保するために必要とされる設備容量を確保するための仕組みのこと。なお、この「供給信頼性を確保するために必要とされる設備容量」のことを「アデカシー」(adequacy)と呼ぶ。
  5. 「タクソノミー」とは分類を意味する英語で、EUタクソノミーは地球環境にとって企業の経済活動が持続可能であるかを判断するEUの分類枠組みを意味する。
  6. 省エネ法は正式には「エネルギーの使用の合理化等に関する法律」といい、石油危機を契機として、工場や輸送機関等でエネルギーを効率的に利用していく目的で1979年に制定された。建築物省エネ法は建築物のエネルギー消費性能の向上を図るため、省エネ法の管轄である資源エネルギー庁から一部を国土交通省へ移管する形で2015年に制定された。

【参考文献】

牧之内 芽衣


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