リスキリング時代に広がるオープンバッジの活用

~学びを仕事につなげ、円滑な労働移動へ~

白石 香織

要旨
  • 政府は「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)」「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、デジタルなどの成長分野への労働移動に、今後3年間で約100万人を対象に4000億円規模の施策を行うと発表した。人々が新しいスキルを習得し、労働移動を促す「リスキリング」に、国が本腰をいれたことを意味する。
  • 欧米の教育機関や企業を中心に、2013年頃から学習歴やスキル、経験などをデジタルで全世界に証明できるオープンバッジが活用され始めている。日本でも2020年頃から大学や資格団体が導入を始め、最近では企業の活用事例も出ている。
  • 欧米の企業では、リスキリングやスキルベース採用といったスキル習得を重視する雇用環境を反映し、研修や採用にオープンバッジを組み入れている。大学では学位より短期間で獲得できる学びを認定することで、学習者のすそ野を広げ、生涯学習につなげようとしている。
  • 企業が導入するメリットは、(1)学習歴やスキル、経験などが可視化されることで従業員のモチベーション向上や評価に結びつきやすくなるため、自律的な学びにつながる、(2)バッジを軸に必要な人材を探すことができ、経歴確認も可能であることから、効率的かつ効果的な採用につながる、(3)学歴だけでなく様々なスキルや経験を評価できるため多様な人材の育成につながる、の3点が挙げられる。
  • オープンバッジが持つメリットを最大限活用すれば、社会的な適材適所を推進し、日本全体の人材高度化、ひいては生産性向上につなげることができる。一方で、世界が導入する中、日本が乗り遅れた場合、優秀な国内外の人材を逃してしまい兼ねない。
  • 日本での普及にあたっては、産官学一体となって進めていくことが不可欠である。まずは、オープンバッジを活用する場を増やすために、企業が採用や研修の場で導入しやすい環境整備が求められる。将来的に、種類や数が増えすぎて価値の低下を招き、「悪貨は良貨を駆逐する」事態に陥らないよう、アメリカの事例も参考にしながら、バッジの信頼性を社会全体で確保していく必要がある。
目次

1.オープンバッジとは?

2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太の方針)」「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」で、政府は人への投資として、今後3年間で約100万人を対象に、4,000億円規模の施策を行うと発表した。さらに骨太の方針では「働く人が自らの意思でスキルアップし、デジタルなど成長分野へ移動できるよう強力に支援する」と明記された。これは、円滑な労働移動を促すために、人々が新しいスキルを習得する「リスキリング」に、国が本腰をいれたことを意味する。このような中、世界に目を向けると、学びや経験を可視化することでリスキリングを効果的に促進しうる「オープンバッジ」の活用が広まりつつある。

これまで資格や学位を取得すると、証明書を紙やカード、PDF等で受け取ることが一般的であった。近年では、欧米の教育機関や企業を中心に、学位や成績、スキルをデジタルで証明するデジタル認証(Digital Credential)の活用が広がっている(注1)。中でも、個人の学習や経験、活動や実績等の幅広い証明を行い、共有・公開できるオープンバッジ(注2)が活用され始めている。2013年頃に導入が始まったオープンバッジは、2020年には世界全体で約4,330万個が発行されている。2018年から2020年までの2年間では約1.8倍に伸びており、近年、急速に広がっていることがわかる(資料1)。日本でも企業研修や検定試験、授業等でオープンバッジが使われ始めている。

資料1 世界のオープンバッジ発行数の推移
資料1 世界のオープンバッジ発行数の推移

例えば、あなたがプログラミングのオンラインコースを受講したとしよう。受講後に、教育機関や資格団体等から修了証明として、オープンバッジがオンライン上に発行される。そして、それを「オープンバッジ・ウォレット」と呼ばれるスキルの財布に集約することができる。他の団体が発行したバッジも集めることが可能(注3)であるため、自身のスキル・ポートフォリオが可視化できるのが特長だ。

また獲得したオープンバッジは、SNSや履歴書、メール(署名欄)等で、外部に共有・公開し、バッジの有効性について検証ができる。例えば、取得者本人やメール、SNS等で共有された人は、バッジをクリックすると「取得者名」「取得したスキルや資格に関する内容」がわかる。さらに、バッジ画面上の「検証」ボタンを押すと、現時点でそのバッジが有効であることを即座に確認できる。最近は、ブロックチェーン技術を採り入れたバッジが開発され、偽造や改ざんされていないかについてもすぐに検証できるのも特長である(注4)。バッジは取得者本人が管理することから、煩雑だった証明書の請求や再発行といった手間も省かれる。

また、オープンバッジはスキルや知識といった学びの証明だけでなく、リーダーシップといったソフトスキル、ボランティア活動といったイベント参加の経験等、様々な種類がある(資料2)。一方で、バッジのレベルや難易度は玉石混淆であり、海外ではバッジの発行乱立を懸念し、後述するが、評価基準を設ける動きも出ている。

資料 2 オープンバッジの種類
資料 2 オープンバッジの種類

2.国内外での活用事例

オープンバッジは欧米を中心に2013年頃から大学や資格団体、グローバルIT企業を中心に普及が進んだ。日本でも2020年4月よりオープンバッジが発行されるようになった(注5)ことを契機に、大学や資格団体が導入を始め、最近では企業や政府の活用事例も出てきている。以下では、国内外の「企業」「大学・資格団体」「政府・公的機関」において、オープンバッジ導入における社会的背景や活用事例を紹介していきたい。

(1)企業での活用

欧米のグローバル企業を中心に、オープンバッジが急速に普及している背景には、新しいスキル習得を重視する雇用環境の変化がある。大きな社会変革の中で企業が生き残るためには、成長分野への労働移動が必要となり、そのために従業員が新しいスキルを習得するリスキリングの必要性が高まっている(注6)。こうした変化を反映し、欧米の企業では学習歴を可視化して、新しいスキルを計画的に習得できるように、企業研修等にオープンバッジを採り入れている。

さらに、IT人材不足に悩む米国では、学歴や職務経験よりもスキルを重視するスキルベース採用(Skills-based hiring)が導入され始めている。ある米国IT企業は、学歴がなくても高いITスキルを持つ人を、従来のホワイトカラーやブルーカラーでもない「ニューカラー」(注7)と定義した。同社は、このニューカラー人材の採用を強化し、今では採用数全体の10~15%を占めているという。このスキルベース採用を行う際に、オープンバッジが証明するスキルを軸に、ビジネスSNSや人材バンクから最適な人材を探しあて、採用につなげている。

日本では導入されたばかりということもあり、採用に活用する企業はまだ少ないものの、リスキリングの観点から研修の中にオープンバッジを採り入れる動きが出てきている。例えば、あるスキルを身に着けると社内の専門人材と認定される制度にオープンバッジを活用したり、バッジ獲得を昇進条件としたりする企業もある。他にも、営業担当が名刺やビデオ会議のバーチャル背景にオープンバッジ・ウォレットのQRコードを掲載し、取得したスキルや資格を可視化したり、社内のバッジホルダー同士のコミュニティ形成を試みたりするなど、先行する企業が活用法を模索している。

(2)大学・資格団体での活用

海外では、オンラインで無料の公開講座を大規模に提供するMOOCs(Massive Open Online Course)をはじめとする教育のオープン化が進んでいる。その一環として、学位以外にも短期間の学びを証明するツールとして、オープンバッジの活用が増えている。例えば、全世界で15万人の受講生を持つペンシルベニア大学・ウォートン・オンラインは、AIからリーダーシップまで幅広い科目を一般向けに提供しており、修了すればオープンバッジが発行される。このように、大学入学者でなくても学習する機会を増やし、オープンバッジで認定することで学習者の裾野を広げ、さらに学習履歴を構築していくことで、生涯学習の促進にもつなげる狙いがあると考える。

オープンバッジを継続教育で活用している事例もある。米国公認会計士協会では、会計士の資格を更新する際に、オンラインコースで一定の単位を取得することを義務づけており、コース修了時にオープンバッジを発行している。これにより資格取得後も継続して知識のアップデートをしていることを外部に証明できる。継続教育を可視化できる仕組みは、医師や 教師等、免許を要する職業にも応用できそうである。

日本ではプログラミングやデータサイエンスといった社会の注目度が高い科目にオープンバッジを付与し、学生の就職活動でのアピールにつなげようとする大学が増えている。履修科目としてすぐに反映しづらい最新の分野については、単発の授業やセミナーを提供してオープンバッジで証明することもできる。こうした大学では、学内コンテストの受賞者やワークショップ参加者へのバッジ付与といった実績や経験を証明するための活用も検討している。

(3)政府・公的機関での活用

企業や教育機関での活用が広がる中、政府レベルでも雇用促進を目的に、活用の検討が行われている。EUの政策執行機関である欧州委員会は、欧州内での国境を越えた就職の支援を行うポータルサイトESCO(European Skills, Competences Qualifications and Occupations)を2017年に開設した。その中で学習成果を可視化し、企業とのマッチングを図るため、オープンバッジ導入の検討が進んでいる。日本でも経済産業省や文部科学省が学びを仕事や地域活動につなげるプラットフォーム(注8)を構築しようとしており、学習を可視化するツールとしてオープンバッジ導入が検討されている。

博物館や政府機関などの公的機関では、早くから生涯学習を目的に活用が進んでいた。例えば、NASA(アメリカ航空宇宙局)では、生徒や教師向けにSTEAM教育(注9)に関するオンラインコースを無料で提供しており、修了者にオープンバッジを発行している。ニューヨーク近代美術館でも、過去にマルチメディア・アートに関する6週間のコース修了者に、オープンバッジを発行する取り組みを行っていたことがある(注10)。

3.オープンバッジを企業が導入するメリット

オープンバッジは研修や採用、生涯教育、雇用促進といった目的で、国内外において様々な活用がなされている。そうした中、日本企業がオープンバッジを導入するにあたり、以下の3つのメリットがあると考える。

(1)自律的な学びにつなげる

研修制度にオープンバッジを組み入れるメリットの一つとして、従業員の学習へのモチベーション向上が挙げられる。バッジという可視化されたものを獲得して集めるというプロセス自体が、心理的に学習へのやる気を引き出すようである。オープンバッジを人事制度に組み入れている米国IT企業では、バッジを導入したことで、導入前と比べてオンラインコースへの参加者が1.3倍、修了者が2倍以上、合格者は7倍近く増えたという(注11)。

さらに、オープンバッジによって学習やスキルの現状が可視化され、それが評価されて新しい仕事や処遇につながれば、さらなる学びへの意欲を引き出すこともできる。その際、必要なスキルとのギャップや将来のパスを示すことで、従業員の自律的な学びやキャリアにつなげることができるだろう。

(2)効率的な採用につなげる

日本においても大学や資格団体でオープンバッジの発行が増えてくると、採用活動で使われる場面も増えてくるだろう。例えば、企業が「このポジションに就くには、このバッジが必要」ということを明確に示すことができれば、求める優秀な人材を効果的に異動・採用することができる。今後、政府の人材育成ポータルや民間の人材バンク等に、オープンバッジが組み入れられれば活用の幅も広がるだろう。

また採用時の経歴確認を効率的に行える点もメリットとなる。従来より欧米では採用時の学歴詐称や証明書の偽造が社会的な問題となっており(注12)、紙やPDFによる証明書と比べて、オープンバッジは偽造しにくく、検証しやすい点が普及の追い風となっている。今後、日本人だけでなく外国人材の登用が進み、国を超えて学歴や資格、スキルの検証を行う場合、オープンバッジの有用性が高くなるだろう。

(3)多様な人材の育成につなげる

オープンバッジは、学歴だけでなく一人の人材が持つ様々なスキルや経験を立体的に評価することができる。学位や資格といった大きな学びから、科目単位の小さな学び、加えて活動や実績、経験等も認定することができる。さらには、その企業独自のスキル、社内で培ったノウハウや実績等、これまで測りづらかった能力をバッジとして可視化することで、評価することが可能となる。つまり、今までは学位や資格といった看板を掲げられず埋もれていた人材にも光を当てることができ、多様な人材の育成・活用につなげることができる。

4.学びを仕事につなげ円滑な労働移動へ

今後、成長分野への労働移動を促すためのリスキリングが、これから日本が成長力を取り戻すための鍵となるのは間違いないだろう。そうなれば、学びを仕事につなげる潤滑油としてのオープンバッジの役割は、ますます重要となってくる。

オープンバッジを最大限活用することで、従業員の自律的な学びの促進、企業の効率的かつ効果的な採用の実現、また多様な人材育成も可能となる。将来的には、オープンバッジを集めることで、日本でも就職先・転職先や新しいキャリアが見つかる、あるいは国内外の大学に入学ができるということが実現するかもしれない。こうした活用が広がれば、社会的な適材適所を進め、日本全体の人材高度化につなげることができると考える。反対に、世界がオープンバッジを導入する中、日本が乗り遅れた場合、バッジでスキルや経験を証明して、大学への入学や企業に就職しようとする優秀な国内外の人材を逃してしまうことにもなり兼ねない。

こうしたことからも、日本でオープンバッジを広めていくには、産官学一体となって推進していくことが不可欠である。まずは、発行されたオープンバッジを活用できる場を増やすことが重要である。企業が導入事例等を通じメリットを認識し、研修や採用で活用しやすい環境整備が求められる。また、海外ではオープンバッジの種類や数の増加による価値低下を避けるため、評価基準についての議論が始まっている。アメリカの国際継続教育訓練協会(IACET)は、ガイドラインとして、バッジの重要性や獲得にかかる労力に基づいて区分を行った分類表を公表した(注13)。将来、オープンバッジが日本で流通していく中で、「悪貨は良貨を駆逐する(注14)」という事態に陥らないよう、バッジの信頼性を社会全体で確保していくことも必要となるだろう。

以 上

【注釈】
1)オープンバッジ以外のデジタル認証の代表例としては、卒業証書や成績証明といったフォーマルなデジタル証明(Digital Certificate)がある。これらには個人情報が含まれることが多く、共有や公開を前提としていない。一方、オープンバッジに含まれる内容は取得者名と取得内容に限定され、共有・公開を前提としている。

2)海外ではデジタルバッジと呼ばれることもある。2011年に米国の非営利団体Mozillaが世界標準規格「Open Badges1.0」を公開し普及したことから、日本では規格名に沿ってオープンバッジの名称を使うことが多い。なお、2017年より1EdTech™ (前IMS Global Learning Consortium)が運営を引き継ぎ、「Open Badges 2.0」を世界標準規格として認定している。

3)1EdTech™が認定している同じ規格のオープンバッジであれば、インポートしてウォレットに入れることができる。

4)バッジの有効性を検証できるのは、Open Badges2.0の標準仕様。この拡張仕様としてブロックチェーン技術を採り入れたオープンバッジ「ブロックサーツ(Blockcerts)」が開発され、有効性の検証に加えて偽造・改ざんの検証も可能となった。

5)2020年4月に一般財団法人オープンバッジネットワークが、1EdTech™ の認証を得て、日本で初めてバッジ発行サービスを開始した。バッジ発行サービスを利用する企業や教育機関は、同財団の会員登録が必要であり、会員数は2022年6月1日時点で、125団体。

6)白石香織(2021)「コロナ後、企業存続のカギはリスキリング ~リスキリングを契機とした学び続ける仕組みの構築」参照。

7)オフィスで働く高学歴のホワイトカラーでも、肉体労働に従事するブルーカラーでもなく、非伝統的な教育プロセスを経てテクノロジー分野で働く人を「ニューカラー」と名付けた。

8)文部科学省は「生涯学習プラットフォーム(仮称)(検討中)」、経済産業省では「デジタル人材プラットフォーム『マナビDX』(2022年3月~運用開始)」においてオープンバッジの活用を検討している。

9)Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5つの単語の頭文字を組み合わせた教育概念。

10)現在、美術館独自でオンラインコースおよびオープンバッジの提供はしていない。MOOC(Coursera)のオンラインコースに移行し、11講座を無料で提供している。

11)IBM official blog(2019年)“Do digital badges really provide value to business?”参照。

12)米国HR企業の調べによると、経歴調査を行った260万人の応募者のうち、41%が履歴書に掲載している学歴について、23%は証明書や免許などについて虚偽の報告をしているという。

13)IACETは、オープンバッジを①Association②Learning③Competence with Validationの3区分に6種類のバッジを分類した“IACET Open Digital Badging Taxonomy”を公表している。

14)イギリスの財政家T・グレシャムが16世紀に唱えたもので、一つの社会で材質の悪い貨幣と良質の貨幣とが同一の価値をもって流通している場合、良質の貨幣は退蔵・溶解・輸出などで市場から消えて、悪い貨幣が流通し、結果インフレにつながるという法則。


【参考文献】

  • 経済産業省(2021)第4回デジタル時代の人材政策に関する検討会「デジタル人材に関する本日の論点」
  • 文部科学省(平成29年度)「ICT を活用した『生涯学習プラットフォーム(仮称)』の 構築に関する調査研究(2)」
  • JETRO(2020)「保有スキル等の見える化手段と活用状況(アメリカ、カナダ、ドイツ)」
  • 田中恵子(2020)「欧州におけるオープンバッジのコンピテンシー連携についての考察」
  • 内閣府(2022)「経済財政運営と改革の基本方針2022」
  • 内閣官房(2022)「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」
  • 白石香織(2021)「コロナ後、企業存続のカギはリスキリング ~リスキリングを契機とした学び続ける仕組みの構築」https://www.dlri.co.jp/files/ld/160077.pdf
  • AICPA official blog(2016)“Showcase Your Expertise: How Digital Badges Will Shape Your Profile”
  • IBM Training and Skills Blog(2019)“Do digital badges really provide value to businesses?”(2018)“How do we skill up the next generation of IT talent? IBM has a plan with new collar”
  • Accredible official blog(2021)“How to Prevent Fraud Using Digital Credentials”
  • GlobeNewswire(2013)“MOMA to Use Credly to Issue Digital Badges for Online Course Completion”
  • IACET“Taxonomy for IACET Badges”

白石 香織

白石 香織

しらいし かおり

総合調査部 マクロ環境調査G 主任研究員
専⾨分野: 労働政策、国際政策

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ

Recommend

おすすめレポート