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- 時評『投資への関心の高まりの光と影』
2023年12月に政府が掲げた「資産運用立国実現プラン」のもと、投資への関心は着実に広がっている。中でも、2024年のNISA(少額投資非課税制度)の制度拡充を背景に、NISAの口座数は2,559万口座(2024年末時点・出典:新NISA白書2024)、売買代金は年間買付額約17.4兆円(出典:同)と2023年1年間の買付額5.2兆円と比較して3.3倍に伸び、若い世代も投資に踏み出している。こうしたNISAの活況は、家計のリスク分散に資する明るい変化といえる。前述の「資産運用立国実現プラン」の目的も、家計金融資産の半分以上を占める現預金が投資に向かい、企業価値向上の恩恵が家計に還元されることで、更なる投資や消費につながり、企業の持続的な成長が家計に分配される好循環を実現していくことにある。
一方で、SNSを起点とする投資詐欺の増加や偽の著名人アカウントを利用した投資コミュニティへの招待、誤情報の拡散など、“影”の側面も無視できない。実際に、SNS型投資詐欺・SNS型ロマンス詐欺の認知件数は増加している(出所:警視庁・2025年上半期)。成功体験を装った投稿、グループチャットへの招待、無料セミナーからの囲い込み等、手口は益々巧妙化している。特に情報の質を見分ける経験が乏しい層では、受け手の検証負担が高まっている。当社でも、エコノミストの名前を騙る偽のSNSアカウントの存在が複数確認されており、自社のHP上で注意喚起を繰り返し行っている。こうした誤情報が溢れる中では、金融教育の在り方が一層重要になる。
では、正しい金融教育はなぜ届きにくいのか。それは教育がプル型であるためだろう。興味がある人は自ら情報を検索し、書籍や動画にアクセスするが、実際にリスクを抱える人ほど能動的には学びに来ない可能性がある。また、高年齢層では、デジタル機器への苦手意識や専門用語への抵抗感も強く、正しい情報を入手する行動自体が高いハードルとなる。その結果、受動的に流入してくるSNS等の情報が意思決定に影響する構造が生まれている。ここに、詐欺情報が容易に届く一方、正しい金融教育が届きにくいという“情報の非対称”がある。
詐欺は、“情報が押し寄せる”構造にある。そして、ダイレクトメッセージや広告、友人経由の紹介を通じて即時の利益を約束するなど、人の“速い思考”を刺激する設計になっている。これに対して正しい金融教育は、抽象的な内容を扱い、長期的な便益を語ることが多い。つまり“遅い思考”に働きかける構造にある。こうした構造的ギャップこそが、金融教育が届きにくい最大の要因である。
解決の糸口はいくつか考えられる。例えば、教育のプル型だけではなく、プッシュ型の手法も取り入れることが有効だろう。公共料金等の同封リーフ、病院の待合室、地域サロンの掲示板など、高齢層の日常動線に合わせた紙媒体や対面での反復的な接触設計が有効である。また、「二要素認証を1回設定すれば、乗っ取り確率が大幅低下する」といった、具体的な行動と守れる金額を結びつける表現も効果的だ。さらに、投資判断を“遅くする”仕掛け─例えば「投資は一晩寝かせてから判断する」「チェックリストで3項目以上当てはまれば中断する」など─を標準運用とする工夫も有効である。もちろん信頼の媒介者として、顔の見えるチャネルを有する金融業界の役割も重要である。
投資の広がりは歓迎すべきだが、同時に情報の非対称も増幅している。プッシュ型情報の波に対抗するには、正しい金融教育を“受け取りやすくする”設計を意識することが求められる。金融教育を、受け手の行動や心理に合わせた形で届けること─それこそが、広がる投資の光を守る確かな方法となるだろう。
朝倉 香織
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。