時評『少子高齢化・人口減少社会における豊かさの追求』

藤井 邦幸

日本において長年問題視されている少子高齢化の課題は、既に一部の地域や業種に深刻な影響を及ぼしており、社会全体の在り方を根本から再考する必要に迫られている。高齢化が社会に及ぼす影響は多岐にわたるが、労働力の高齢化の影響も看過できない課題である。総務省の労働力調査によれば、2023年には就業者の最多層が40代から50代へと移行した。今後、高齢化による身体的能力の衰えや新たなアイデア・技術の吸収の遅れに伴い、生産性の低下が懸念される。さらに、このような労働市場の変化に伴い、国民の価値観もまた変容していくと考えられる。

内閣府の調査によると、生活における「物の豊かさ」と「心の豊かさ」のどちらを重視するかという問いに対し、20代・30代の若年層は「物の豊かさ」を重視する傾向が強い一方、50代・60代と年齢が上がるにつれて「心の豊かさ」を重視する傾向が強まっている。これらの傾向から、高齢化が進む日本社会では、「心の豊かさ」を求める層の増加が予想される。

では、今後「心の豊かさ」を求める政策に全面的に舵を切るべきであろうか。「心の豊かさ」の追求は確かに重要である。しかし、高齢者の「心の豊かさ」を支える社会保障制度を維持するためには莫大な財源が必要であり、また教育やインフラなどの公共サービスを維持するためにも一定レベルの経済成長が不可欠である。さらに、エネルギー自給率と食料自給率が著しく低い日本においては、海外から資源や食料を安定的に調達するために強固な経済力が求められる。経済的基盤が脆弱になれば、「心の豊かさ」を支える土台も揺らぎかねない。

日本の未来における豊かさの実現には、経済成長による「物の豊かさ」と「心の豊かさ」のバランスが求められる。双方を同時に追求する戦略が不可欠であり、「心の豊かさ」に関してはウェルビーイング指標等を活用し、国民の精神的な豊かさを継続的に把握し、政策に反映させることが重要である。

一方、経済成長については技術革新の力を最大限に活用することが求められる。少子化による労働力減少により、これまでは経済成長については悲観的な見方が支配的であったが、近年のAIやロボット技術の急速な進化により、一筋の光が見えてきている。ロボットの導入は製造業にとどまらず、AIとの統合によりサービス業、医療、物流、小売業など幅広い分野に広がっており、介護ロボットや農業用ロボットといった技術が人手不足を補う手段として注目されている。

日本は製造業におけるロボットの導入において世界でも屈指の実績を築いてきた一方で、AIの導入に関しては他国に比べて大幅に遅れをとっている。その一因として、保守的な企業文化がAIの活用を阻害していることが挙げられる。このような文化を改革し、新技術の導入を積極的に進める企業風土を育てるためには、経営層の意識改革と社内でのイノベーションを促す仕組みが必要である。また、成功事例の共有や社会的理解の促進によって、AI導入のメリットを広く伝え、企業や個人がAI技術を積極的に活用する動機づけを行うことも重要である。

このように日本の未来における豊かさの実現には、「物の豊かさ」と「心の豊かさ」のバランスが不可欠である。しかし、この二つの方向性を同時に追求し実現することは容易ではない。真に豊かな社会を築くためには、政府による適切な政策支援、企業による技術革新と風土改革、そして国民一人ひとりの意識変革が不可欠である。政府、企業、国民がそれぞれの役割を認識し、協力し合うことで、初めて持続可能で豊かな社会の構築が可能になるだろう。この新たな時代にふさわしい「豊かさ」の実現に向けて、社会全体で取り組んでいくことが求められている。

藤井 邦幸


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