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ESGインサイト『働きやすさだけでは選ばれない「ゆるブラック」企業』

髙宮 咲妃

目次

「ゆるブラック企業」とは

「ゆるブラック企業」とは、いわゆる「ブラック企業」のような長時間労働やハラスメントの問題は無く、一見「ホワイト企業」にみえる職場だが、ハラスメントを恐れて仕事に対する適切な指導やコミュニケーションが少ない、担当職務について自身の能力を活かす機会が少なく、やりがいが無い等で従業員が「働きがい」を感じにくい企業のことをいう。

「ホワイト企業」や「ブラック企業」とのちがい

ホワイト企業、ブラック企業、ゆるブラック企業を整理した図が資料1である。横軸に「働きやすさ」、縦軸に「働きがい」を置き、双方高い企業をホワイト企業としている。

資料1 「ホワイト企業」「ブラック企業」 「ゆるブラック企業」の概念整理
資料1 「ホワイト企業」「ブラック企業」 「ゆるブラック企業」の概念整理

「働きやすさ」は厚生労働省「令和元年版労働経済の分析」において、「労働者が安心して働き続けられる環境」と定義されている。具体的には、有給休暇の取得しやすさ、柔軟な働き方ができるか、仕事と育児・介護との両立ができるか、職場の人間関係、コミュニケーションが円滑かどうか等が挙げられる。

一方、「働きがい」は学術的に「ワーク・エンゲージメント(=仕事に関連するポジティブな心理状態)」ともいわれている。具体的には、仕事(ワーク)にエンゲージしている状態、つまり、仕事に対して生き生きと熱意をもって没頭している状態をいう。  

前掲書にて、安心して快適に働ける「働きやすい」職場環境は「働きがい」の前提であり基盤として指摘されている。左の象限に分類される「働きやすさ」が低い企業は、たとえ個々の従業員が「働きがい」を感じていたとしてもそれは持続可能なものではなく、一時的なものであり、そのような職場環境はやりがいを搾取するタイプのいわゆる「ブラック企業」にカテゴライズされると考えられる。

一方で、右下の象限に位置するゆるブラック企業は、基盤である「働きやすさ」においては高い指標を示しているものの、従業員の「働きがい」は無く、従業員は生き生きと熱意をもって働いていない状態である。

なぜ「ゆるブラック」が問題なのか

2013年に「ブラック企業」が新語流行語大賞にノミネートされるなど、日本でも過労死が問題になり、国連からも長時間労働や過労死の是正を求められた。特に2015年以降は、労働に関する法律が整備され、その成果もあって残業時間は減り、有給休暇が取得しやすくなる等、業界・業種を問わず就業環境は改善傾向にある。しかし、厚生労働省の調査によると、1,000人以上の大企業の大卒社員の離職率は足元上昇傾向にあり、若者の離職率は改善していない(資料2)。

資料2 新規大卒就職者の事業所規模別就職後3年以 内の離職率の推移(※1000人以上規模企業
資料2 新規大卒就職者の事業所規模別就職後3年以 内の離職率の推移(※1000人以上規模企業

その理由の一つがゆるブラック企業にあるとも指摘されている。各メディアの報道では「職場が勤務時間を気にして、短時間で終わる仕事しか与えてくれない」「スキルアップが見込めず、このままでは他の部署や他社で通用しなくなるという危機感がある」といった、ゆるい職場を理由に早期退職した若者の声もあがっている。

一方、ミドルエイジ層の離職理由をみてみる。独立行政法人労働政策研究・研修機構が30歳~54歳のフルタイム雇用者を対象に実施したアンケートでは、性別・年齢層に関係なく離職理由として「満足の行く仕事内容ではなかった」の回答比率が最も高かった(資料3)。仕事内容への不満というと「仕事内容がゆるい」「希望職務ではない」等、様々考えられるが、結果的にワーク(仕事)にエンゲージできず(「働きがい」が低下し)、離職を選んだと考えられる。

資料3 前職の離職理由(自己都合離職者,複数回答)
資料3 前職の離職理由(自己都合離職者,複数回答)

昨今、同じ企業で定年まで働く終身雇用の前提が崩れつつある。転職を視野に入れ、自身の市場価値を高めたいと考える人や、人生100年時代に向けて長期化する職業生活の中で、生涯を通じて有用なスキルを身につけられる環境を求める人も多い。

企業としても、ゆるブラック企業の状態を放置するリスクはある。従業員の「働きがい」やモチベーションを維持できないまま放置すると、業務の生産性や効率が下がり、事業全体の成長に支障をきたす。そのようなリスクを回避するためにも従業員の「働きがい」を向上させる職場環境の整備が求められる。

真のホワイト企業を目指して

「働きがい≒ワーク・エンゲージメント」を向上させるための重要な要素の1つに「自律的キャリア(プロティアンキャリア)」がある(注)。

自律的キャリアとは、個人の価値観を大切にしながら必ずしも組織に留まらず、自分の責任でキャリアをマネジメントし、形成していこうとするキャリア観(HALL,1996)であり、近年、新しいキャリア観として提唱されたものである。

従来のキャリア観においては、キャリア形成の担い手は「組織」であるため、異動や職務の割り振りも組織主導で行われる。つまり、「従業員個人のキャリア」について、企業と個人の十分なコミュニケーションは無い。そのため、従業員は与えられた担当職務に対する不満や不安が蓄積し、「働きがい」の指標を下げていると考えられる。

従業員の「働きがい」を高めるためには、まず企業が、キャリアを有しているのは「組織」ではなく、「個人」なのだと認識することが重要である。その前提のなかで、従業員にキャリア情報の提供やキャリア・コーチング等のコミュニケーションを行うほか、個々人が自身のキャリアを発達させるための仕事の提示、キャリア発達に寄与する人間関係の促進等のサポートが必要となる。その結果、従業員は自身のキャリアにおいて必要な職務なのだという納得感をもちつつ仕事に取組むことができ、仕事への熱意も向上する。こうした環境整備を行うことでゆるブラックからの脱却ができ、真のホワイト企業への道が開くだろう。

(注)Akkermans et al.(2013)にて、キャリアコンピテンシー(キャリアに関する主体性がある、キャリアの志向が明確化されている等の項目から構成される)がワーク・エンゲージメントに肯定的な影響を与えていることが明らかになっている。

(参考文献)

Akkermans,J.,Schaufeli,W.B.,Brenninkmeijer, V. and Blonk,R.W.B.(2013)“The Role of Career Competencies in the Job Demands-Resources Model”

HALL,D.T.(1996) “Protean career of the 21st

髙宮 咲妃


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

髙宮 咲妃

たかみや さき

総合調査部 副主任研究員
専⾨分野: well-being

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