- Research Report
-
2026.08.17
AI・テクノロジー
次世代技術
デジタル化・DX
暗号資産(仮想通貨)
マネー
Web3.0
AI(人工知能)
資産形成・資産運用
オルタナティブ投資
金融取引はオンチェーンへ移るのか
~IMFの論考から読み解く新たな金融基盤とウォール街の構造変化~
柏村 祐
- 要旨
-
- ブロックチェーン技術による金融の「オンチェーン化」が進む中、既存の金融機関が「中抜き」されるとの懸念があるが、現実は異なる。本稿ではIMFなどの論稿をもとに、金融機関のビジネスモデルの変容と、個人投資家に求められる「金融株」の新たな評価軸を提示する。
- トークン化は、従来の銀行一体型モデルを「インフラ・資産・サービス」の3層構造へと転換させる。すでに米国債などのトークン化資産の発行は急増しており、オンチェーン金融は実験段階から実際の市場へと移行し始めている。
- 決済や記録管理などの定型業務はスマートコントラクト(コード)に代替される一方、法的責任やガバナンス、裁量判断は引き続き金融機関が担う。金融機関は消滅するのではなく、コードと「分業」するハイブリッドモデルへと進化する。
- 個人投資家にとって、金融株の評価軸は足元の業績や利回りだけでなく、「次世代の金融OSへの適応力」が重要になる。テクノロジーとの分業を通じて新たな付加価値を生み出せる企業を選別する視点が欠かせない。
- 目次
1. 金融機関は「中抜き」されるのか~インフラ変革が突きつける問い
ブロックチェーン技術が登場した当初、「銀行や証券会社などの仲介者は不要になる」というディスラプション(破壊的創造)のシナリオがまことしやかに語られた。しかし、現在のウォール街で起きているのは、それとは異なる動きである。巨大金融機関は排除されるどころか、自ら金融資産をデジタル化するトークン化技術への取り組みを強化し、伝統的な金融資産や取引をブロックチェーン上で管理・処理する「オンチェーン化」を推し進めている。世界の資本市場ではいま、取引の裏側を支える決済をはじめとする金融インフラを、ブロックチェーンなどの分散型台帳を活用した仕組みへと移行させる、根本的な構造転換が進みつつある。では、金融インフラが置き換わったとき、これまでその役割を担ってきた既存の金融機関はどうなるのだろうか。テクノロジー企業に主導権を奪われ、単に「中抜き」されてしまうのだろうか。
本稿では、IMF(国際通貨基金)などの論稿を手がかりに、金融インフラの変革によって、金融機関のビジネスモデルがどのように変わるのかを読み解く。テクノロジーは金融機関の役割を奪い、既存の業界構造を崩すのか。それとも、金融機関が新たな収益機会を獲得し、進化するための武器となるのか。このインフラ革命が金融業界にどのような再編をもたらすのかを検討したうえで、個人投資家が今後、「金融株」をどのような視点で評価すべきかを問う。
2. トークン化がもたらす金融システムの構造転換
(1) 金融は「銀行一体型」から「3層構造」へ
これまで私たちが当たり前のように利用してきた金融システムは、特定の金融機関による「垂直統合型」のモデルであった。従来の商業銀行は、自らのバランスシート上で預金(負債)を発行し、自前のシステム(インフラ)で決済を処理し、顧客に対してアプリケーションや決済ネットワーク(サービス)を提供してきた。
しかし、IMFが2026年7月に発表したレポートによれば、ブロックチェーン技術を用いたトークン化は、この金融の基本構造(OS)を根本から変容させる。IMFはトークン化された金融システムを「インフラ層」「資産層」「サービス層」の3層構造(トークン化スタック)として整理している。最下層の「インフラ層」は、取引が記録・決済されるブロックチェーンなどの分散型台帳が担う。その上に位置する「資産層」では、ステーブルコインやトークン化預金、トークン化証券などの価値が発行される。そして最上位の「サービス層」では、サードパーティの事業者がウォレットや取引所、資産管理などのアプリケーションを提供する。この構造変化の下では、資産の発行とインフラの運営を切り離すことが可能となり、共有インフラ上で各層のサービスを柔軟に組み合わせることが可能になる。これは、金融サービスがよりオープンで相互運用可能なエコシステムへと移行する大きな転換点となる。

(2) オンチェーン金融は「実験」から市場へ移り始めた
こうしたトークン化の動きは、もはや概念実証(PoC)や一部の技術者による実証実験の段階にとどまらない。実際の金融市場において、資産のオンチェーン化は急速な広がりを見せている。
オーストラリア準備銀行(RBA)が2026年3月に示したデータによれば、公開ネットワーク上でのトークン化資産の発行額は近年急増している。資料2が示す通り、2023年から2026年にかけて、米国債を筆頭に、コモディティ、社債など、多様な実物資産や金融資産のトークン化が拡大している。
実際、ウォール街の動きも加速している。RBAによれば、米国ではトークン化されたレポ市場の1日あたりの取引額が約4,000億ドルに迫り、米証券取引委員会(SEC)の規則変更を受け、ナスダックもトークン化株式の取引実現に向けた取組を進めている。またIMFによれば、JPモルガン・チェースやバンク・オブ・アメリカ、シティグループ、ウェルズ・ファーゴなどの大手米銀は、トークン化預金を清算する新たなネットワークの構築を進めている。
この背景には、24時間365日利用可能な取引基盤による流動性へのアクセス改善や、資金と資産を単一台帳上で同時に交換する「アトミック決済」による、決済リスクやカウンターパーティリスクの削減など、明確な経済的価値(バリュープロポジション)が存在する。ウォール街をはじめとする世界の金融市場では、その潜在的な恩恵を見据え、本格的にオンチェーンへ化に向けた取り組みが本格化し始めている。

(3) 金融機関は「消える」のではなく「コードと分業」する
金融取引がオンチェーンへ移行し、スマートコントラクトによる自動化が進むと、既存の金融機関や金融市場インフラ(FMI:中央証券振替機関や中央清算機関など)は不要になるのだろうか。IMFの2026年7月のワーキングペーパーは、トークン化は単なる「中抜き」ではなく、「制度的再設計」であると指摘している。
確かに、資産の発行、記録管理、決済、担保の移転、取引報告といった「ルール化しやすい定型的な業務」は、スマートコントラクト(コード)によってオンチェーンで自動実行されるようになる。これにより、業務の摩擦は減り、効率性は飛躍的に向上する可能性がある。
しかし、すべての金融機能がコードに還元できるわけではない。法的確実性の担保、説明責任を伴うガバナンス、規制遵守(コンプライアンス)、そして市場ストレス時におけるマージン(証拠金)の調整やデフォルト管理といった「裁量的な判断」は、引き続き法的な責任を負う主体(金融機関)が担う必要がある。つまり、金融機関が消滅するのではなく、スマートコントラクト(コード)と金融機関との間で役割分担が再編される「ハイブリッドモデル」へと進化していくのである。金融機関には今後、コードが確実に機能するための「信頼のアンカー」としての役割がより強く期待されることになる。

3. 個人投資家に求められる「金融株」の新たな評価軸
オンチェーン化が進む世界においても、金融機関が消滅するわけではない。しかし、そのビジネスモデルは抜本的な再設計を迫られる。第2章で見たように、決済や記録管理などの定型業務は、あらかじめ定められた条件に従って自動的に処理を行うスマートコントラクトに代替され、次第に差別化が難しい標準的な機能となっていく。一方で、金融機関の役割は、法的責任を引き受けること、法令遵守を徹底すること、危機時に状況に応じた判断を下すことなど、金融システムの信頼を支える「アンカー」へと重心を移していく。つまり、金融機関の価値は、取引を処理することから、その取引の安全性と信頼性を保証することへと変わっていくのである。
この変化は、金融機関の競争力を左右する重要な要因になるだろう。従来の「すべてを自前で抱え込む」垂直統合型のビジネスモデルに固執する企業は、身軽な新興企業に対してコスト競争力を失い、市場から淘汰されるリスクが高い。生き残るのは、トークン化がもたらす「3層構造(インフラ・資産・サービス)」の中で自社の強みを再定義し、外部のネットワークやコードと柔軟に連携(分業)できる企業である。
個人投資家にとって、この構造転換は、金融セクター(銀行株や証券株など)への投資戦略を見直す重要な契機となる。これまで金融株を評価する際には、金利環境や利ざや、配当利回りなど、足元の収益性が主な判断材料となってきた。しかし今後は、これらに加えて、ブロックチェーンを基盤とする次世代の金融インフラ、いわば「金融OS」への適応力を見極める視点が欠かせない。
具体的には、外部のサービスと連携できるよう自社システムを開放し、トークン化資産や新たな金融インフラを、いち早く顧客サービスに取り込めているか。また、スマートコントラクトを活用して業務を自動化し、オペレーションコストを大幅に削減する具体的な道筋を描けているかが重要となる。個人投資家にとって重要になるのは、目先の業績だけにとらわれず、テクノロジーに任せる領域と、人や組織が担うべき領域を見極め、その「分業」を通じて新たな付加価値を生み出せる金融機関かどうかを、投資先として判断する視点である。こうした変化への対応力が、今後の金融機関の成長力と企業価値を左右することになるだろう。
【参考文献】
-
Adrian, Tobias, Yaiza Cabedo, and Tommaso Mancini-Griffoli (2026) "The Rise of Tokenization: Deciphering New Trends in Payments and Asset Tokenization", IMF Note 2026/006, July 2026.
-
Jones, Brad (2026) "After Acacia: The Next Era of Financial System Innovation?", Reserve Bank of Australia, March 25, 2026.
-
Cabedo, Yaiza, Tommaso Mancini-Griffoli, Fabian Schär, and Nicolas Zhang (2026) "The Evolution of Financial Market Infrastructures in a Tokenized Economy", IMF Working Paper WP/26/136, July 2026.
柏村 祐
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 柏村 祐
かしわむら たすく
-
政策調査部 主席研究員
専⾨分野: AI・資産運用・デジタル資産
執筆者の最近のレポート
-
AIは相場の「次の暴落」に人間より先に気づくのか ~ニュース解析で探る、相場予測の実力と落とし穴~
AI・テクノロジー
柏村 祐
-
株と債券は「24時間取引」になるのか ~オンチェーン化が変える、世界の市場インフラ~
AI・テクノロジー
柏村 祐
-
AI詐欺から資産形成を守る「奪われない力」 ~AI勧誘・投資詐欺・暗号資産送金が突く個人マネーの盲点~
AI・テクノロジー
柏村 祐
-
AIエージェントは資産運用の「実行役」になれるのか ~「相談相手」から「実行役」へ、エージェント型取引と投資家保護~
AI・テクノロジー
柏村 祐
-
AI半導体バブルはどこまで続くのか ~AI半導体投資の過熱と、インフラ投資回収の限界~
AI・テクノロジー
柏村 祐