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金利上昇とインフレがもたらす日本経済および家計への影響と構造転換

永濱 利廣

要旨
  • 日本経済はデフレを脱却し、インフレへと移行している。日銀は利上げを敢行し、長年の超低金利政策からの転換を進めている。
  • 価格転嫁により売上や賃金を伸ばす大企業に対し、コスト高を吸収できない中小企業の倒産が増加している。中長期的には成長分野への資金と人材のシフトにより生産性向上を促す契機となる可能性も。
  • インフレと金利上昇は、家計に3つの二極化をもたらす。①労働・消費: 大企業の賃上げ層は購買力が向上する一方、中小・非正規・年金生活者は実質所得が減少。②住宅ローン: 変動金利利用者は、金利上昇による返済負担のリスクを抱える。③資産形成: 預金だけでは資産が目減りするため、新NISAなどを活用できる層と、預金のみの層との間で資産格差が拡大。
  • 日本経済の健全な成長には、リスキリングや中小企業の構造改革といった政府の「セーフティネット」が不可欠。同時に、個人にもキャリアアップや資産運用による「自立的な生活防衛」が求められる。
目次

1.30年ぶりの「金利と物価がある世界」への回帰

長年にわたりデフレと超低金利環境が常態化していた日本経済は、大きな転換期を迎えている。2020年代中盤、コロナ禍以降のグローバルな供給制約や円安を契機とした「コストプッシュ型インフレ」は、構造的な労働力不足を背景とした「ディマンドプル型インフレ」へとその性質を変化させつつある。これに伴い、日本銀行は長年続けたマイナス金利政策を解除し、2026年6月には政策金利を1.00%と約30年ぶりの水準に引き上げるなど、段階的な利上げを敢行してきた(図表1)。

2.インフレがもたらすマクロ経済と企業への影響

物価の上昇は、経済の「好循環」を生む起爆剤になり得る一方で、そのスピードや中身によって企業の格差を拡大させる要因となる。

図表
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インフレ経済の本質的なメリットは、企業が適切な価格転嫁を行うことで「売上」が増加し、それが企業の投資や賃上げ原資に回ることにある。デフレ期には「安さ」が第一とされたが、物価がマイルドに上昇する環境下では、企業は商品やサービスの付加価値を価格に反映しやすくなる。これにより、国の経済規模を示す名目GDPが拡大し、税収の増加や、過去の固定債務の「実質的な目減り」という形で財政面にも好影響を与える(図表2)。

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しかし、現在のインフレは、原材料費や人件費の急激な高騰の側面を強く残している。大企業やブランド力のある企業は価格転嫁に成功し業績を伸ばす一方、下請け構造の末端にある中小・零細企業は、コストを十分に価格転嫁できず、収益が圧迫される「インフレの二極化」が深刻化している。また、インフレに追いつけない企業では、労働力不足と相まって「物価高倒産」や「人手不足倒産」が増加しており、産業の強制的な淘汰が進むリスクも孕んでいる(図表3)。

図表
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3. 金利上昇がもたらす日本経済へのインパクト

「金利がある世界」への移行は、資金の配分や通貨価値にドラスティックな変化をもたらす。

日銀の利上げは、長く続いた日米をはじめとする諸外国との「金利差」拡大を抑制する効果を持つ。これにより、過度な円安を抑制し、輸入エネルギーや食品の過度な価格上昇も抑制することが期待されている。そして、実際そうなれば、日本経済全体のコスト負担を軽減する。

また、金利が上昇すると、企業の利払い負担が増加し、事業継続が困難になるところも出てくるだろう。短期的に雇用の流動化を伴う痛みが生じても、中長期的に成長分野への資金と人材のシフトが促されれば、日本経済全体の生産性を向上させる可能性もある(図表4)。

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4. 家計への具体的な影響と生活防衛の格差

インフレと金利上昇が同時進行する経済環境は、個人消費や資産形成のあり方を根本から変える。特に家計への影響は、「資産のポートフォリオ」や「就労形態」によって180度異なる結果をもたらす。

インフレ環境下で家計が豊かさを実感できるかどうかは、「賃上げ率が物価上昇率を上回るか」にかかっている(図表5)。春闘などで5%を超える高い賃上げ率を達成できる大企業や成長産業の従事者は、購買力が維持・向上するため、消費を拡大させることができる。しかし、賃上げの恩恵が行き届きにくい中小企業勤務者、非正規雇用者、あるいは固定収入である年金生活者にとっては、物価上昇は事実上の「増税」と同じであり、実質所得の減少による生活困窮と消費の冷え込みを招く。

図表
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家計にとって最大の「金利リスク」は、住宅ローンである。日本の住宅ローン利用者の多くが「変動金利」を選択している。日銀の政策金利引き上げに伴い、短期プライムレートが上昇すれば、変動金利の適用金利も上昇する。多くの銀行には「5年ルール」や「125%ルール」があるため、ただちに毎月の支払いが急増するわけではないが、返済額の内訳で「利息」の割合が増え、元金が減らない「未払利息」のリスクが生じる。一方で、これから住宅を購入する層や、固定金利を選んでいた層、あるいはすでにローンを完済したシニア層にとっては、このリスクは限定的である。

また、金利上昇により、銀行の定期預金金利などもわずかに上昇する。これは「現金・預金」が大半を占める日本の高齢者層にとってはポジティブな要素に見える。しかし、インフレ率が2%であるのに対し、預金金利が0.5%であれば、実質的に現金の価値は毎年1.5%ずつ目減りしていることになる。このため、家計は資産を守るために、利回りの上がってきた個人向け国債や、新NISAなどを活用して「株式や投資信託」などのインフレに強い実物・リスク資産へと資金をシフトせざるを得なくなる(図表6)。結果として、投資の知識や余剰資金を持つ層と、預金しか持たない層との間で「資産格差」が急速に拡大することになる。

図表
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5.変革期を生き抜くための課題

総じて、金利上昇とインフレの到来は、日本経済を「停滞の30年」から連れ出すために必要なプロセスであると言える。マイルドな物価上昇とそれに見合う金利・賃金の上昇は、経済の代謝を促し、健全な成長をもたらす。

しかし、その移行期においては、物価高に苦しむ社会的弱者や、住宅ローン負担に直面する現役世代、価格転嫁のできない中小企業への「きめ細やかなセーフティネット」が不可欠である。政府には、一律の給付金のような対症療法ではなく、労働流動性を高めるリスキリング支援や、中小企業の高付加価値化への構造改革を後押しする政策が求められる。また、家計の側も、国や企業に依存するだけでなく、自身のキャリアアップによる「賃上げ力の確保」と、資産運用による「インフレへの生活防衛」を能動的に行う、自立的な経済行動へのパラダイムシフトが求められている。

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

永濱 利廣

ながはま としひろ

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

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