インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

タイ4-6月GDPは前期比年率+2.35%、駆け込みが輸出押し上げ

~先行きはトランプ関税の影響、地政学リスク、政策運営の制約要因など不透明要因が山積~

西濵 徹

要旨
  • トランプ米政権の関税政策により、タイ経済は深刻な影響を受けることが懸念される。当初は36%と高水準であった相互関税は、協議の末に19%に引き下げられた。しかし、対米輸出が名目GDP比で1割に上るなかで悪影響は避けられない。また、足元では関税発動を前に輸出に駆け込みの動きが出ており、先行きはその反動減に加え、価格競争力の低下が懸念される。製造業への依存度が高いタイ経済にとっては、輸出の不振は雇用を通じて家計消費など内需に悪影響を与えるなど景気の足かせとなることも懸念される。
  • こうしたなか、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.35%と伸びが鈍化しており、前年同期比でも+2.8%と4四半期ぶりの伸びとなるなど頭打ちが確認されている。駆け込みの動きを反映して財輸出は拡大する一方、サービス輸出は低迷している。また、足元のインフレはマイナスのうえ、中銀による利下げにもかかわらず個人消費は弱含むとともに、設備投資も停滞している。さらに、足元では隣国カンボジアとの関係悪化による地政学リスクも重なり、景気の先行きに対する不透明要因が山積している。
  • 政府は今年通年の経済成長率見通しを+1.8~2.3%に上方修正したが、昨年を下回る見通しは変わらない。今後、政府や中銀は政策への依存を強めると見込まれるが、財政政策への依存はコロナ禍を経て急拡大するなど財政健全化が急務となるなか、公的債務の拡大が制約要因となる。為替市場ではドル安やリスク選好を背景にバーツ相場は底堅く推移しているが、政策運営次第で環境が変化する可能性はくすぶる。

このところの世界経済や金融市場は、トランプ米政権の関税政策に翻弄されている。米国は今年4月、貿易赤字の縮小を目的に、すべての国に一律10%、一部の国や地域に税率を上乗せする相互関税を課す方針を表明した。当初、米国はタイへの相互関税を36%と周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国のなかでも比較的高水準とした。これは、米国にとってタイは国別の貿易赤字額が11番目と上位にあるとともに、ここ数年赤字幅が拡大したことも影響している。一方、タイにとって対米輸出額は名目GDP比で1割強に達するため、仮に高関税が課されればタイ経済のマクロ面で深刻な悪影響が出ることは避けられない。なお、米国は相互関税を一旦発動した後、一律分(10%)を維持する一方、各国・地域に対する上乗せ分を90日間停止して個別に協議を行ってきた。タイと米国との協議はこう着状態が続いたものの、米国は今月から発動するタイへの相互関税を19%と周辺国と同程度とすることで合意している。よって、周辺国との関税率の差が価格競争力に影響を与える事態は回避されるとともに、当初懸念された悪影響も一定程度緩和されると期待される。しかし、足元の対米輸出にはトランプ関税の発動を前にした『駆け込み』の動きが確認されており、先行きはその反動による下振れのほか、関税賦課による価格競争力の低下やサプライチェーン見直しなどの影響が懸念される。また、タイはASEAN主要国のなかでも経済に占める製造業の比率が相対的に高く、輸出の低迷は雇用を通じて個人消費を抑制するなど、幅広い経済活動に悪影響が広がることも懸念される。

図表
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こうしたなか、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.35%とプラス成長で推移するも、前期(同+2.73%)から鈍化している。中期的な基調を示す前年同期比ベースの伸びも+2.8%と前期(同+3.2%)から鈍化して4四半期ぶりの伸びとなるなど、足元の景気は頭打ちの動きを強めている。上述したように、トランプ関税の本格発動を前にした駆け込みの動きを反映して財輸出は大幅に拡大する一方、外国人来訪者数が頭打ちの動きを強めていることを受けてサービス輸出は2四半期連続で減少しており、中国経済を巡る不透明感が外需の足かせとなっている。さらに、足元のインフレ率はマイナスで推移しており、家計部門にとっては実質購買力の押し上げに繋がると期待されるものの、トランプ関税をきっかけにした外需の不透明感が雇用の重石となるとともに、個人消費を下押ししている。インフレが落ち着いた動きをみせるなか、中銀は昨年10月以降に断続的な利下げに動いているものの、トランプ関税を巡る不透明感を理由に設備投資意欲は大きく後退しており、固定資産投資は3四半期連続のマイナスで推移している。また、当期については在庫投資による成長率寄与度が大幅プラスとなっていると試算されるため、足元の景気の実態は数字以上に厳しい状況にあると捉えることができる。

図表
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加えて、足元においては隣国カンボジアとの関係悪化も経済活動に悪影響を与えることが懸念される。今年5月の両軍による偶発的な軍事衝突をきっかけに、両国ではナショナリズムの高まりも追い風に緊張状態が強まるとともに、先月末には両軍が数日間衝突して民間人を含む多数の死傷者が発生した。その後は、ASEAN議長国であるマレーシアのほか、米国と中国が関わる形で停戦合意に至ったものの、停戦発効後も事態収束の見通しは立ちにくい状況が続いている。こうした事態を受けて、中銀は今月の定例会合で昨年以降の利下げ局面において4回目の利下げを決定し、景気下支えへの動きを強めている(注1)。しかし、先行きは財、サービス両面で外需を巡る状況は厳しい展開が予想されるとともに、サプライチェーンの途絶など、景気を取り巻く環境は不透明な状況が続く可能性はくすぶる。なお、今年前半の経済成長率は+3.0%となっており、これを受けて政府は今年通年の経済成長率見通しを+1.8~2.3%と従来見通し(+1.3~2.3%)から下限を引き上げたが、依然として昨年(+2.5%)を下回る伸びに留まるとしている。よって、政府、及び中銀は景気下支えに向けた政策支援を一段と強化することが見込まれるものの、中銀では10月にウィタイ次期総裁が就任し、利下げに意欲をみせる一方、金利水準は周辺国と比べて低いなど利下げ余地は限られる。こうしたなか、財政政策への依存度が一段と高まることが予想されるものの、コロナ禍を経て公的債務残高は大幅に拡大しており、足元では財政健全化への取り組みが急務となるなかで政府がそうした姿勢を強めれば、さらなる財政悪化を招くことになる。金融市場においては、トランプ米政権の政策運営に対する不透明感が米ドル安を招くとともに、トランプ氏による『TACO(腰砕け)』を期待してリスク選好が強まっている。よって、上述したように先行きの同国景気には不透明要因が山積しているにもかかわらず、足元の通貨バーツの対ドル相場は底堅い動きをみせている。しかし、先行きについては、政府や中銀の政策運営の行方如何ではバーツ相場を取り巻く環境が変化する可能性に留意する必要がある。

図表
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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