- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- タイ中銀は3度目の利下げ、トランプ関税のリスクに備えを強化
- Asia Trends
-
2025.04.30
アジア経済
アジア経済見通し
アジア金融政策
タイ経済
為替
トランプ関税
タイ中銀は3度目の利下げ、トランプ関税のリスクに備えを強化
~トランプ関税を念頭に経済見通しを下方修正、バーツ相場の混乱一服も難しい政策対応が続くか~
西濵 徹
- 要旨
-
- タイ銀行は、30日の定例会合で政策金利を2会合連続で25bp引き下げて1.75%とする決定を行った。同国経済を巡っては、世界経済の不透明感や米中貿易戦争、米国による同国への関税強化など不透明要因が山積している。中銀による利下げは昨年来3回目であり、景気下支えを目的としたものと捉えられる。
- 足元のインフレ率はエネルギー価格の下落や通貨バーツ相場の強含みを追い風に低位安定しており、中銀にとっては利下げしやすい環境にあったと捉えられる。声明では、世界経済や物価の先行きへの不確実性に加え、成長率の下方修正、金融市場を巡る不透明感を挙げており、政策対応は困難さを増している。
- 中銀は、物価安定と経済成長、金融安定のバランスを重視しつつ、今後も慎重な対応を続ける方針を示している。足元のバーツ相場はトランプ関税発表直後の悪影響を克服しているが、実体経済に対する悪材料が山積しているなか、先行きの金融政策はこれまで以上に難しい判断を迫られる局面が続くと見込まれる。
タイ銀行は、30日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を2会合連続で25bp引き下げて1.75%とする決定を行った。今回の利下げは、昨年来の利下げ局面において3度目となる。足元の世界経済や国際金融市場は、米トランプ政権の関税政策を巡る不透明感に揺さぶられている。米トランプ政権は、すべての国に一律で10%の関税を課した上で、一部の国を対象に非関税障壁に応じて関税を上乗せする相互関税を課す方針を示した。今月初めには一律部分に加え、上乗せ部分を一旦発動させるも、直後に中国以外の上乗せ分を90日間延期するなど政策は二転三転している。しかし、中国による報復措置を受けて米トランプ政権は中国に対する上乗せ分を大幅に引き上げ、米中双方が145%、125%と高水準の関税を課すなど貿易戦争に発展している。さらに、米トランプ政権はタイへの相互関税を36%としたほか、対米輸出額が名目GDP比で1割を上回るなか、仮に相互関税がすべて発動されれば経済に深刻な悪影響が出ることは必至である。金融市場では中銀の政策運営に対する見方が交錯してきたものの、景気下支えを重視したものと捉えられる。

なお、このところのインフレ率はプラユット元政権が実施した燃料補助金によるエネルギー価格の下押しに加え、商品市況の上昇一服の動きなども追い風に落ち着いた推移をみせている。他方、ここ数年は米FRB(連邦準備制度理事会)による金融引き締めを受けた米ドル高が通貨バーツ相場の重石になるとともに、政府のバラ撒き志向の強い財政運営が経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化を招くとの懸念もバーツ相場の足かせとなり、輸入インフレに繋がることが懸念されてきた。しかし、昨年末以降の米ドル高の一服を受けてバーツ相場は底入れに転じるとともに、その後は中銀がタカ派姿勢を堅持してきたことも周辺国通貨に比べてバーツが強含みする一因になってきた。結果として、足元のインフレ率は引き続き中銀目標の下限を下回る推移をみせるなど落ち着いた動きをみせており、中銀にとっては利下げしやすい環境にあると捉えられる。こうした事情も、トランプ関税による実体経済への悪影響が懸念されるなか、一段の利下げを後押ししたと考えられる。

なお、会合後に公表された声明文では、今回の決定を巡って「5(25bpの利下げ)対2(据え置き)」で票が割れたことを明らかにしている。その上で、世界経済について「トランプ関税が金融や貿易構造に大きな変化をもたらす上、不確実性が高く、先行きも緩やかな成長に留まる可能性が高まっている」とした上で「主要国の貿易政策を巡る予見可能性の低下が経済や物価見通しの懸念要因となっている」との認識を示した。さらに、同国経済について「予想を下回ると見込まれ、下振れリスクも高まっている」とした上で、「貿易協議が長期化して米国の関税が現在の水準に留まれば今年の経済成長率は+2.0%になる」一方で「貿易摩擦が激化して米国の関税が引き上げられれば今年の経済成長率は+1.3%になる」として従来見通し(+2.5%をわずかに上回る)から下方修正している。また、物価動向について「国際原油価格や政府の政策支援も重なり目標を下回る推移が続く」としつつ、「世界的な保護主義の動きやそれに伴う世界的なサプライチェーンの変化が将来的なインフレ見通しに影響を与える可能性がある」としている。一方、金融環境について「依然引き締まっており、貸し出しの伸びや信用の質は悪化が続いている」としたほか、「貿易政策の動向は企業や家計部門に悪影響を与える可能性がある」との見方を示す。そして、「貿易政策を巡る不確実性が金融市場のボラティリティを高めており、バーツ相場の動向を注視する必要性は高まっている」としている。その上で、先行きの政策運営について「物価安定や経済の持続的成長、金融安定の維持を目指す枠組の下、経済の先行きは依然として非常に不確実である」との見方を示しつつ、「経済や物価見通しやそのリスクを注視しつつ適切な対応を講じる」とするなど舵取りの難しさが増している様子がうかがえる。足元のバーツ相場はトランプ関税公表後の混乱の影響を克服している様子がうかがえるものの、実体経済への悪影響が懸念されるなかで中銀の政策対応はこれまで以上に厳しい展開が続くことは避けられない。

西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
-
経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
執筆者の最近のレポート
-
タイ中銀が「背水の陣」で予想外の利下げ、構造問題に対応できるか ~バーツ高に加え、構造問題への対応で財政政策と協調も、余地が限られるなかで困難さが増すか~
アジア経済
西濵 徹
-
オーストラリアは1月もインフレ確認、RBAはタカ派傾斜を強めるか ~豪ドル高・NZドル安が続くなか、RBAのタカ派傾斜は豪ドル相場を支える展開も~
アジア経済
西濵 徹
-
中国商務部、日本の20企業・団体への軍民両用品の輸出禁止 ~中国は経済的威圧を着実に強化、日本として中国リスクの低減に向けた取り組みは不可避~
アジア経済
西濵 徹
-
米連邦最高裁が相互関税に違憲判決、新興国はどうなる? ~当面は追い風となり得るが、米国の「脅し」が通じにくくなるなか、日本としての立ち位置も重要に~
新興国経済
西濵 徹
-
堅調な動きをみせる豪ドル相場の背景とは ~RBAのタカ派傾斜、労働市場の堅調さ確認、ハト派に傾くRBNZとの違いも影響している~
アジア経済
西濵 徹
関連テーマのレポート
-
タイ中銀が「背水の陣」で予想外の利下げ、構造問題に対応できるか ~バーツ高に加え、構造問題への対応で財政政策と協調も、余地が限られるなかで困難さが増すか~
アジア経済
西濵 徹
-
オーストラリアは1月もインフレ確認、RBAはタカ派傾斜を強めるか ~豪ドル高・NZドル安が続くなか、RBAのタカ派傾斜は豪ドル相場を支える展開も~
アジア経済
西濵 徹
-
堅調な動きをみせる豪ドル相場の背景とは ~RBAのタカ派傾斜、労働市場の堅調さ確認、ハト派に傾くRBNZとの違いも影響している~
アジア経済
西濵 徹
-
インドネシア中銀はルピア安に直面も、追加利下げを諦めていない ~中銀は景気下支えを重視する姿勢を崩さず、市場が納得できる「ストーリー」を提示できるか~
アジア経済
西濵 徹
-
フィリピン中銀、追加利下げに加えて「ハト派」姿勢を強める ~利下げ局面の終了間近の認識撤回、底入れしたペソ相場を取り巻く環境は再び変化するか~
アジア経済
西濵 徹

