- HOME
- レポート一覧
- 経済分析レポート(Trends)
- ドイツ債務ブレーキ見直しの裏技
- 要旨
-
-
ドイツの国防費増額や経済再生には、財政均衡化を定めた債務ブレーキの見直しが急務とされる。だが、今回の選挙では債務ブレーキの改正に反対する極右政党と、国防費の増額に反対する極左政党が、改正を阻止可能な3分の1以上の議席を獲得した。次期政権の財政運営の柔軟化が難しくなるとの見方が浮上している。
-
状況打開に向け、新議会が招集される前の旧議会で債務ブレーキの見直しを進めようとの機運が高まっている。憲法改正という重大な決定を改選前の議会で進めることができるかは、政治上・法律上の問題を提起しかねない。新議会招集まで1ヶ月弱の時間的な制約があることから、債務ブレーキの全面的な見直しに着手するのではなく、国防費の増額を目的に2022年に設立された基金の増額や類似基金の創設が検討されている。
-
23日の連邦議会選挙の結果を受け、ドイツでは中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と中道左派の社会民主党(SPD)の二大政党が連立政権の発足を模索している。議席獲得に必要な5%のボーダーライン上にいた3党のうち2党が脱落したこともあり、二大政党の獲得議席は議会の過半数を上回った。得票率4.97%で議席獲得に僅かに届かなかった極左の新党・ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)は、投票結果の再集計を求めている。第二党に躍進した極右・ドイツのための選択肢(AfD)は、CDU/CSUに閣外協力を持ち掛けるが、次期首相就任が濃厚なCDUのメルツ党首はこれを拒否する。これまで政権を率いてきたSPDは、第二次世界大戦後で最低の議席獲得にとどまった。二大政党間の政策的な立場は異なり、SPD内にはCDU/CSUが主導する大連立内で埋没することに危機感を持つ声もある。SPDは過去数回の選挙で、連立合意の受け入れ是非を党員投票に諮ってきた。このように幾つかの不安要素はあるが、他の連立の選択肢がなく、政治安定を重視するお国柄、ショルツ首相が党首辞任を示唆していること、国民政党としての責任、ドイツの経済・産業を取り巻く厳しい環境、米国のトランプ政権への対応の必要性、ウクライナ停戦を巡る事態の緊迫化などに鑑みれば、数ヶ月の協議を経て大連立が発足する公算が大きい。
大型減税を主張するCDU/CSUと歳出拡大を目指すSPDが手を組むには、柔軟な財政運営の障害となっている財政均衡化ルール(債務ブレーキ)の見直しが急務となる。憲法(基本法)で定められた債務ブレーキの見直しには、連邦議会の3分の2以上の賛成が必要となる。だが、今回の選挙では債務ブレーキの見直しに反対するAfDと、債務ブレーキの見直しには賛成するが、国防費の増額に反対する極左・左翼党(Linke)が3分の1以上の議席を獲得し、改正を阻止できる(図)。そもそも、CDU/CSU内にも債務ブレーキの見直しに慎重な意見もあり、メルツ党首も歳出削減などに取り組んだうえで見直しを検討する可能性を示唆している。選挙結果を受け、次期政権の財政運営の柔軟化が難航し、国防費の増額や経済再生に向けた取り組みが遅れるとの見方が浮上している。
こうした状況を打開するため、新議会が招集されるのを待たず、現会期中に債務ブレーキの改正作業を終えることを環境政党・緑の党が提案していると現地メディアが報じている。改選前の議会構成では、債務ブレーキの改正に賛成する可能性があるCDU/CSU、SPD、緑の党が3分の2以上の議席を持つ。新議会招集は連邦議会選挙から30日以内と定められており、残り1ヶ月弱しかない。次期政権が発足するまでの暫定政権が憲法改正という重大な決定を改選前の議会で進めることができるかは、政治上・法律上の問題を提起しかねない。改正に反対するAfDなどが、民主主義を蔑ろにする行為であるとして、主要政党に対する格好の攻撃材料とすることは目に見えている。過去には、1998年の連邦議会選挙後に新議会が招集される前に、コソボ派兵を旧議会で決議したことがある。また、憲法改正をごく短期間で終えた前例としては、東西ドイツ統一前の改正作業がある。今回の状況がこれらに匹敵する緊急性を有するのかは議論の余地があろう。
CDU/CSUやSPD内には強行突破に慎重意見もあるが、米ロ主導でウクライナ停戦に向けた協議が進むなか、米国からの国防費の増額要求に応じる必要性や、ウクライナへの支援増強が必要となる可能性が高まっており、こうした事態の緊急性に鑑み、新議会招集前の債務ブレーキの改正機運が高まっているとされる。その場合も、新議会招集までの時間的な制約があることから、債務ブレーキの全面的な見直しに着手するのではなく、国防費を北大西洋条約機構(NATO)が目標とするGDP比2%に引き上げる目的で2022年に設立された総額1000億ユーロの国防費基金の増額や類似基金の創設が検討されている模様だ。国防費の増額資金を確保することに成功した場合も、次期政権が掲げる減税や歳出拡大を可能にするには、新議会招集後に債務ブレーキの更なる見直しが必要となる公算が大きい。国防費以外の財源捻出を目的とした場合、左翼党が見直しに同意するのかなど、不透明な要素も多い。今後の議論に注目したい。

田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

