米国経済を支える個人消費好調の背景

~“超過貯蓄”は使い果たしても、純資産の拡大が家計に安心感を与えている~

佐久間 啓

要旨

2024年11月14日、FRBのパウエル議長は、ダラス地区連銀などが主催したイベントで講演し、「最近の米国経済は目覚ましく好調で、世界の主要国のなかでも群を抜いている」、「個人消費は、可処分所得の増加と堅調なバランスシートに支えられ力強い伸びを維持している」、「経済は利下げを急ぐ必要があるというシグナルを送っていない」とし、利下げを急がない姿勢を示した。

一方で、米ISM製造業指数は、2022年11月に49.0と好不調の節目である50を割れて以降、2024年3月に一度50.3と50を上回ったものの、それ以外はずっと40台後半の低空飛行が続いている。過去、これだけ長期間、このレベルにステイしていたことはない。リセッション入りのサインと言われる42.4にはまだ距離があるものの、製造業の景況観は曇ったままだ。

そうしたなかで、米個人消費は、コロナ禍で積み上がった“超過貯蓄”も使い果たし、インフレと高金利に悩まされ徐々に減速していくという意見も多かった。しかし、金利敏感な住宅部門の活動は鈍いものの、米国経済の屋台骨を支える“個人消費”は堅調さを維持している。今回のMarket Side Mirrorでは好調な個人消費の背景を探ってみたい。

足下の米個人消費は好調

直近、2024年9月の個人消費支出を見ると、総合では季節調整済み前月比で+0.5%。7月の+0.6%、8月の+0.3%に続き好調を維持している。消費のうち、34%程度を占める“物”への支出は9月前月比+0.5%。7月、8月はそれぞれ、+1.0%、▲0.2%なので2か月ぶりのプラスとなった。消費のうち、66%程度を占める“サービス”への支出は9月前月比+0.5%、7月、8月はそれぞれ、+0.4%、+0.5%と安定した伸びを維持している。インフレの動向を加味した実質消費支出で見ると総合では9月前月比+0.4%。“物”への支出は+0.7%、“サービス”へ支出は+0.2%となっている。全体でみれば、2022年後半から2023年半ばにかけて、インフレ高進からやや弱含む動きも見せたが、足元ではインフレの落着きもあり、“何事もなかったように”堅調な動きとなっている。

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所得、可処分所得、“超過貯蓄”

こうした好調な個人消費支出を支えるのは、個人所得、可処分所得の動きだ。個人所得はパンデミック対策の数次にわたる大規模経済対策での給付金支給、失業手当の拡充等から、特に2020年4月・5月(トランプ政権による2.2超ドルの経済対策)、2021年3月・4月(バイデン政権による1.9兆ドルの経済対策)にかけて、大きくトレンドを上回る所得となっており、合わせて可処分所得も大きく上振れしていた。その後も、所得、可処分所得とも、インフレと労働需給タイト化のなかで賃金上昇が続いたこともあり順調に拡大している。

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堅調な可処処分所得の拡大を受けて、消費支出も拡大しているが、インフレによって、名目の支出額は2015年から2019年のトレンド線(年率+4.1%)から大きく上方に乖離している。そして、通常、所得の大幅な伸びがなければ、インフレは実質消費を抑える(単純に言えば、値段が上がったので購入数量を落とすため)と言われるが、実質消費支出の動きを見ると、パンデミック期間中は行動制限もあり、2015年から2019年のトレンド線(年率+2.6%)を下回る動きであったが、パンデミックが明けるとそれまでのトレンド線に回帰し、その後は、ほぼトレンド線に沿った動きとなっている。つまり、米国の消費者は、インフレが進むなかでも、実質消費を落とすことなく消費活動を続けているがことわかる。

パンデミック後の旺盛な消費を支えたのは何か?タイトな労働需給のなかで賃金の上昇が続いたことが大きな要因であるが、“超過貯蓄”の存在も大きかったはずだ。

可処分所得から消費を行い、残った部分が貯蓄になる。貯蓄の可処分所得に対する比率が貯蓄率だ(消費支出の可処分所得に対する比率は消費性向)。2015年以降、貯蓄率は、概ね一桁台後半で推移していたが、2020年から2021にかけて、大規模な財政出動による可処分所得の拡大に対し、行動制限等で消費が抑えられたため大きく上昇。2020年3月から2021年5月まで10%を大きく超える貯蓄率を記録していた。この通常レベルを超える貯蓄率で積み上がった貯蓄が“超過貯蓄”だ。

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かなりザックリとした試算であるが、超過貯蓄は最大2.1兆ドル程度あったと推定される。この超過貯蓄がインフレに伴う名目支出増を支え、実質消費を支える大きな要因となっていると考えられる。ただ、この“超過貯蓄”は試算方法によって、出てくる数値に大きな差があり、本当はどの程度あったのかについてのコンセンサスはない。また、その影響等についても多くの議論があるのは事実だ。いずれにしても、“超過貯蓄”については、「すでに使い果たしている」、「もうほとんど残っていない」という見方が多い。“超過貯蓄”が実質消費を支えていたとは言い切れないが、今後の個人消費行動には注意が必要なことは確かだろう。

#個人のバランスシートの状況 次に、所得、貯蓄といったフローではなく、株式、不動産も含めたストックに焦点をあてて考えてみたい。米国の家計部門のストックについてはFRBのDistributional Financial Accounts(DFA)で四半期毎の推計データが公表されている。資産は不動産、株式等、年金、個人事業資産、耐久財、その他に分けられ、負債は住宅ローン、消費者ローン、その他に分けられている。直近データは、2024年2Qまで。それによれば、アメリカ家計部門の資産は173兆7,349億ドル(前年比+6.9%)、負債19兆3,485億ドル(同+2.7%)、純資産(資産-負債)が154兆3,864億ドル(同+7.5%)となる。好調な米国経済を反映して、株式等、不動産が増加、いずれの項目も過去最高を更新している。アメリカの家計は負債を拡大させながら消費を回しているというようなイメージを持たれることがあるが、データを見る限り負債も拡大しているが、それ以上のスピードで資産を拡大させていることが分かる。

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資産の内訳をみると、不動産が27.8%、株式等が24.4%(2つ合わせて52.2%)、年金が18.1%、個人事業資産が8.9%、耐久財等が4.6%、その他が16.1%。米国の家計資産は不動産価格と株価(年金資産も株式占率が大きいことを考えると株価のウェウトは更に大きい)によって大きく影響を受けることが分かる。アメリカでは資産価格効果が大きく消費に影響すると言われるが、これらのデータを見ればその意味が分かり易い。

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一方、負債については、不動産ローンが67.9%、消費者信用が26.0%、その他が6.1%。負債は、2003年から2006年まで、前年比10%を超える拡大(主に不動産ローン)が続いていたが、今次局面では、2021年から2022年初頭にかけて、一時的に前年比二桁に迫る伸びを見せたものの、総じて落ち着いた動きを見せている。

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ニューヨーク連銀の「Quarterly Report On Household Debt And Credit」でみると、経済規模の拡大で負債の金額自体は拡大しているものの、全体として、そのスピードは比較的落ち着いており、資産サイドの動きと合わせ、家計のバランスシートは健全性を維持していると言える。延滞率(90日以上延滞)を見ても、不動産関連ローンについては全く問題ないレベルで推移しているほか、学生ローンについては、政策対応もあり足下では延滞率が劇的に低下している。ただ、ここは政策対応次第でもあり、注意が必要だろう。また、クレジットカードローンで延滞率の上昇がみられる点は、今後の消費動向への影響含め懸念されるところだ。ここも注意深く見ていく必要がありそうだ。

純資産の順調な拡大で、2024年2Qの米国家計の純資産の可処分所得比は739.5%。この比率は、2007年3Qの635.0%をピークに、グローバル金融危機で一旦2009年1Qには514.8%まで低下。その後、FRBは大規模資産買入を進め、バランスシートを拡大させて、何とか資産価格の底割れを防いだこともあり回復軌道に。2017年には金融危機以前のレベルを回復している。2020年には大規模金融緩和、財政出動もあり純資産が大きく拡大したことから2022年1Qには787.7%まで拡大。2022年には株価の調整があったことから若干低下したものの、足元700%を超える水準を維持している。こうした過去最高水準の純資産の存在が、資産効果として、足元で家計に一定の安心感を与え、堅調な実質消費を支える一つの要因と考えられる。

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ただ、純資産の拡大はマクロベースでは、消費を支える大きな要因であるが、別の問題も孕んでいる。DFAのデータによれば、2024年2Qの純資産の保有を所得階層別にみると、トップ1%が全体の23.3%を占め、トップ1%を含む上位20%の所得階層で全体の70.7%を占めている。所謂「パレートの法則(80:20の法則)」通りと言えるような富の偏りが見られる。ただ、上位20%の所得階層の比率は、1990年末には59.7%、2000年末に63.9%、2010年末に67.7%と上昇が続いてきたが、2016年の71.7%をピークに頭打ちになってきている点は認識しておいた方がいいだろう。

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純資産の内訳を所得階層別にみると、上位層は株式や、個人事業資産の占率が高く、相対的に中間層は年金、低所得層は不動産の占率が高くなっている。株価上昇の資産効果は所得上位層で特に大きく、不動産価格の低迷は低所得層に相対的により大きく影響するということだ。

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純資産の偏りは、所得階層別だけではなく、人種、学歴、年齢でみても大きい。経済はマクロで語られることが多いが、偏りが大きい塊を、単に“一つの塊”として扱う怖さは自覚しておきたい。

以上みてきたように、マクロベースでみた米国の家計が、可処分所得が順調に伸びるなか、超過貯蓄の存在や純資産の拡大もあって、インフレで様々な物やサービスの価格が上昇するなかでも実質的な消費水準を落とさなかったことが、米国経済の「目覚ましい好調」に繋がっているということだ。ただ、足下で、実質消費を支えた超過貯蓄は使い果たしたと見られており、エンジンを一つ失っている。インフレ低下という消費にとっての好材料があるものの、賃金動向次第で消費行動は変わってくるだろう。加えて、資産価格の上昇は約束されたものではない。

2025年に向けては、トランプ大統領、かつ“トリプルレッド”で、財政出動拡大、規制緩和が進み、経済拡大への期待は大きい。一方で、“MAGA(Make America Geart Again)”関連政策が、世界貿易、世界経済にネガティブな影響与えるリスクや、具体的な法律、規則の制定に時間がかかるようだと企業の投資行動が一時的に低迷するリスクもある。資本市場では、第1期トランプ政権期に、“ヘッドラインリスクに注意”と言われていた。トランプ大統領の発言で市場が大きく動いてしまうリスクに気をつけろ、ということだが、経済を動かすのは、ヘッドラインラインではなく、具体的な政策、つまり法令だ。本流の流れは見失わないようにしたい。

以上

佐久間 啓


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。