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円安牽制に動く植田総裁

~日本銀行の政治学~

熊野 英生

要旨

植田総裁は、円安に対して牽制発言をしてきた。政治情勢が日銀にとって厳しくなる中で、行きすぎた円安は望ましくないことを強調するのは、日銀にとって唯一の突破口になる。植田総裁は、「今後は時間的余裕をもって見ていくという表現は使わない」と踏み込んだことを語っている。

目次

総裁会見で牽制発言

10月31日の金融政策決定会合では、政策判断自体は現状維持であった。昼過ぎに発表された公表資料では、9月会合のコピーと見まがうほど修正が少なかった。しかし、変化があったのは、15時30分からの植田総裁の記者会見であった。これまで「時間的余裕がある」という言葉は、8月初から米国経済のダウンサイド・リスクがあったから使っていた。それが少しずつ後退して「霧が晴れつつある」ので、「今後は使わない」ことにするとはっきりと述べている。筆者の脳裏には、これは「もしかして、いつでも追加利上げができるというシグナルを発したのではないか?」と直感した。発言を受けて、ドル円レートのリアルタイム・チャートはいくらか円高に動いた。日銀の追加利上げが意識されると、日米金利差が縮小して円安是正に向かうという思惑からだ。

この発言の真意を考えると、政治情勢の影響もあるとみる。衆院選後に日銀の追加利上げが年内から来夏にかけて困難になるという思惑の高まりに、しっかりと「No」と言いたかったのだろう。日銀としては選挙結果に拘わらず、政策の自由度は確保できているとアピールしたかったのだ。

ターゲットは為替

このところ、為替レートは再び円安に向かう流れができ始めているようにみえていた(図表)。植田総裁は、ここで1ドル153円台の円安を牽制することで、潜在的な物価上昇圧力を押し止めたい意向なのだろう。前述の植田総裁の発言は、特に為替レートをターゲットに口先介入をしてみたと感じられる。

(図表)ドル円レートの推移
(図表)ドル円レートの推移

よく見てみると、総裁会見の発言では、円安進行にブレーキをかけたいという伏線がいくつも張られていることがわかる。動こうと思えば、自分たちは動けるという意思表示でもある。

  • 為替は過去よりも物価に影響しやすい。

  • 不確実性があるときは(追加利上げは)ゆっくり進めるが、あまり強調すると低金利が長くなるという期待形成が強くなりすぎる。

  • 米国経済に対するリスクに関して、少し霧が晴れつつある。

  • リスクに特に注目するのはやめて、今は普通の政策決定のやり方に戻っている。

これらの発言は、10月31日の総裁会見で特徴的だったものをピックアップしたものだ。米国経済のリスクが遠のいたというのは、「ドル高警戒=円安警戒」のシグナルだ。普通の金融政策とは、物価変動に応じて政策を動かすということで、その物価には輸入価格が大きな影響を持つ。このところの円安進行は、日銀の追加利上げが難しくなるという観測が強まったことが背景なので、低金利が継続する期待形成が定着するのは望ましくないと言った。

何より日銀が嫌うのは、金融政策が政治的意向を強く受けていると世の中から見られている状態だ。「金融政策の政治からの独立」という大義をアピールし、金融政策のことは自分たちが決めるという自負が、市場観測に対して上記のような発言をさせたのだろう。

なぜ、植田総裁がここにきて、為替レートが円安に振れることに歯止めをかけようとしているのかという動機を考えると、日銀を取り巻く厳しい状況を突破するには、為替レートの円安進行を理由付けに使うしかないという読みがあるからだろう。世の中に、あまり円安が進むとよくないというコンセンサスができつつある。政治家も、物価対策ならば仕方がないと考える人が多くなってきた。

政治に関しては、当然ながら、石破政権の政策運営がこれから厳しくなる。たとえ日銀の追加利上げは政治的に通りにくくなるとしても、石破首相の支持だけは強めたい。そのためには、今、日銀は極力、石破政権のために汗をかいている姿を見せる必要がある。

例えば、物価上昇リスクがあれば、それをなるべく事前に抑えておきたい。その物価上昇につながる要因には円安がある。2023年11月の平均為替レートは、1ドル149.8円である。もしも、2024年11月が1ドル153円で推移すると、前年比2.1%となり、輸入物価上昇圧力が働く。食料品やエネルギーの価格上昇が進み、与党の政策運営に逆風になる。だから、それを予防するために円安を牽制するのだ。日銀にすれば、①将来の利上げの可能性を示唆して、「政策の自由度に変わりがない」とアピールすることができると同時に、②物価上昇圧力を円安牽制で抑える、という両面の効果が期待できる。石破政権に対して、物価抑制のための政策運営をしていれば、日銀はできる限りの範囲で汗をかいている姿を見せることになって、今後の政策の支持をとりつけやすくなる。

今後のポリシーミックス

現在、多くの人が心配するのは、財政規模の過剰な肥大化である。石破政権が国会で法案を通すために、国民民主党の選挙公約を採用するという妥協を行って、その結果、財政支出が増える公算は大である。これは、マクロ的にみれば、需要刺激になって物価上昇をあおるものになる。

日銀は、物価上昇圧力に対して、今まで以上に追加利上げに動く必要性を感じるだろうが、政治的にはそう簡単に動けないだろう。「財政出動(緩和)+追加利上げ(引き締め)」というポリシーミックスは、金融と財政が逆方向になっているようにみえる。しかし、望ましいのは、物価上昇を抑えて経済成長することだ。そのためには、名目経済成長率が上がるのをみて政策金利を引き上げて、物価抑制をすることで、なるべく実質成長率を高めにする選択になる。日銀は、円安の行き過ぎを是正するという建前を軸にして、がんじがらめにならないように突破口を見い出すつもりなのだろう。

今後の焦点は、国民民主党と石破政権がどう対話していくかである。国民民主党は「高圧経済」という方針を掲げる。イエレン財務長官が、FRB議長だった時期に使っていた言葉だ。しかし、そうしたハト派スタンスが2021年からのインフレに至る素地を生み出した。だから、パウエル議長は、従前のハト派姿勢を捨てて、タカ派に変身している。環境が変わり、一回り昔の旗印を未だに使っている姿には違和感を覚える。インフレ時代に「高圧経済」などと言っているのは、金融引き締めをさせないためのレトリックとして使っているように見える。石破首相には、そうした口実を見抜いて、インフレ圧力を容認しないことを願いたい。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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