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物価はイラン攻撃の終結合意でどうなるか?

~物価にある下方硬直性~

熊野 英生

要旨
  • いよいよイラン攻撃の終結に向けて、米国とイランとの合意が結ばれそうだ。合意が6月19日に締結された後、60日間の交渉で核開発の扱いなどの議論が進められる。その議論をうまく決着できないリスクは残る。
  • 焦点の1つは、原油市況の下落の影響で、これが消費者物価を押し下げていくかどうかである。しかし、まだ末端まで価格転嫁が十分に進められていないことを考えると、物価上昇は2026年内にかけて進むだろう。原油市況が下がっても、それが物価下落をもたらしにくい下方硬直性が働く。
  • 原油高騰によるインフレ圧力が、一時的なものに止まらないとすれば、各国の中央銀行がいずれ利上げの方向に積極化していくことを誘発していく可能性もある。これは、株価にマイナスである。

今度こそ合意を

トランプ大統領は、イランとの戦闘終結に向けた合意文章に6月19日に署名すると発表した。「戦闘がこれで終わる」とトランプ大統領が発言するのは、これで38回目だという報道もある。本当に今回で終わりになってほしい。

ここで焦点になるのは、①ホルムズ海峡の開放である。現状、米国が海上の逆封鎖を実施しているから、これもなくなる。そのときには通行料も課されない見通しである(イラン側の要求で、料金徴収が別の名目で残る可能性はある)。

もう1つ、②合意の締結後、60日間の期間中に、核開発の制限・放棄に向けた話し合いが行われる。米国はイランへの制裁解除を行う意向だが、そのタイミングはイランと米国の間に認識のズレがある。

4月7日に停戦合意が行われたときは、核開発の放棄と制裁解除の議論が紛糾して、決裂した。さらに言えば、イランの停戦条件にレバノンが含まれていることも火種として残る。イスラエルは、レバノン攻撃を停止しようとしていない。このことが問題化して、60日間の交渉が不安定化する可能性はある。問題の根元は、イスラエルのネタニヤフ首相にある。トランプ大統領は、ネタニヤフ首相を制止しようとしているが、それを無視した攻撃が続いている。イスラエルは、少し制御不能になっている印象がある。

トランプ大統領にとっては、様々な問題があるとしても、この合意を恒久的な停戦に持っていきたいはずだ。米国は、7月4日に建国250周年に当たる独立記念日を迎える。独立記念日は、この60日間の交渉の最中になる。その後、11月3日には中間選挙を控えている。トランプ大統領には失敗できない環境にあるのだ。

対するイランは、トランプ大統領の事情を知っているから、内心では有利に展開できると思っているだろう。60日の交渉を経ても、イランの核開発の停止を完全に履行できない可能性について、筆者はとても心配である。

2026年中は物価上昇継続

原油市況(WTI)は、この合意観測を受けて大幅に下がっており、6月15日は一時70ドル台をつけた。2月28日の戦闘開始前の67ドルに比べるとまだ2割近く高いが、戦闘開始以降では最も低くなっている(図表1)。話題になっているナフサ価格も、これに連動するかたちで下がってくるはずだ。実際原油下落の進行によって、ナフサ価格もかなり下がっている。

図表
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では、原油市況がピークアウトしたのならば、これからはガソリン、灯油やそのほかの石油製品は値下がりするのだろうか。筆者は率直に言って、早期の値下がりは限定的と考える。なぜならば、企業はすでに上昇した原油コストをまだ十分には価格転嫁できておらず、逆に流通の末端に行くほどにこれからしばらくは値上げを継続するのであろう。もちろん、ガソリン、灯油のように、市況に強く連動するような素材価格はある程度下がるだろうが、それは川上の財に限定されそうだ。川中の中間財、川下の最終財、そして末端の小売価格に行けば行くほど、下がりにくくなるだろう。

物価の下方硬直性

どうして原油高騰によって値上がりした財価格が下がりにくいのだろうか。それは、価格転嫁の進捗が遅れていることに起因する。ここからはそのロジックを少し丁寧に説明してみたい。

まず、原油高騰は、イラン攻撃が2月28日に始まり、6月16日まで約3か月半が経過した。この期間に多くの中小企業が段階的に値上げを進めていき、まだコストの価格転嫁の途上にある。中小企業庁が価格転嫁の進捗状況を調べたアンケート調査では、2025年9月(直近)の原材料の転嫁率は55.0%、エネルギー費は48.9%であった。

例えば、原油価格が20%上昇し3か月程度かけても、その半分(10%分)しか転嫁ができていないとしよう。その後原油価格が、市況の反落で▲10%下がっても、中小企業は過去に転嫁し切れなかった分を原油下落分で回復するだけで、すぐに製品価格を引き下げることはしないだろう。従って、企業に未転嫁の部分が多く残っているほど、市況の値下がりを製品価格に反映させにくいと考えられる。これが、石油関連製品における価格の下方硬直性の原因になる。

ほかにも、今回、2026年内に価格上昇が継続しそうな理由がある。政府は、ナフサ不足に対応するため、中東以外からのナフサ調達を急いできた。そこでは高値で量的確保をした部分もあるだろうから、それが今後のコスト上昇に跳ね返ってくる可能性がある。原油も同様で、政府は米国等から輸入を確保していると報じられる。高コストで確保した原油を備蓄に回して、下がった市況で新たに調達した原油を市中に流通させることも政府の対応としては考えられる。この点は現時点ではよくわからないのが実情だ。

原油コストの下がりにくい要因は、もっと別にも考えられる。終結に向けた合意で、ホルムズ海峡が開放されると報じられても、そこにはイランが敷設した機雷は障害としてある。その除去には30日位を要する。米国からは、海峡通過の正常化には1~2週間はかかるという声がある。

こうした機雷の問題以外に、日本からのタンカーが3週間かけてホルムズ海峡に行き、原油を積んで帰ってくるまで往復6週間(約40日間)かかるという物理的問題もある。輸送されて来るまでに最速でも70日間の期間を要する。60日の交渉の先行きが不透明な間は、船主がタンカーをホルムズ海峡に向かわせるのを躊躇する可能性もある。船主は、コストをかけてタンカーを走らせるから、将来の不透明感が残っているうちは、出発の判断を下しにくいだろう。

株価や金融政策に及ぼす影響

6月15日の日経平均株価は、戦闘終結の期待感が高まって、前日比+3,297.46円(4.99%)と過去2番目の大幅上昇となった(図表2)。ここには原油市況の下落が与えた心理的効果もあるのだろう。

図表
図表

しかし、株価にとって油断できないリスクは、各国中央銀行の利上げである。6月11日にECBは利上げして、7月の理事会でも連続利上げをする可能性を示している。日銀も6月会合で利上げを決める公算だ。注目は、年内利上げの予想が高まっているFRBの出方である。戦闘終結で利上げ観測が後退する場面もあるが、米国経済は堅調なのでインフレ懸念の再燃も十分にある。仮に、ウォーシュ新議長がタカ派姿勢を見せた場合には、各国株価は大きなショックを被るだろう。トランプ大統領からすれば、せっかく合意を19日に結ぶのに、その直前のFOMC(現地6/16-17)でタカ派姿勢を示されたのでは合点が行かないという感情を抱くだろう。6月でなくとも、今後、FRBがインフレ圧力を一時的なものではなく、継続的なインフレの流れだと理解を示せば、それは株式市場における波乱になる。

各国の中央銀行が、3~6月の原油高騰による物価指標の押し上げが、半年程度の一時的なもので終わるのか、それとも継続的なものに変わっていくのかは、今後、見極めを要する重要なテーマになるだろう。

筆者は、原油高騰がインフレ率に波及する効果が一時的ではないとみている。一見、原油高騰は地政学的要因で起きているように説明されるが、世界のマネー全体が緩和的だから原油などに流れやすいのだと理解できる。最近の価格高騰は、半導体、銅・アルミなど非鉄などにも顕著に見られる。これも過剰なマネーが成長分野に回りやすくなっているからだろう。そして、AI関連株価の急上昇もやはり潜在的に世界のカネ余り状態があるから、そこに資金が集まりやすい面があろう。だから、イランとの戦闘が終結したとしても、潜在的な過剰マネーは、原油とは別の居場所を探して、その分野の価格を押し上げる変化をもたらすだろう。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一ライフ資産運用経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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