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驚かされる少子化の地域格差

~都道府県ランキングの謎~

熊野 英生

要旨

都道府県、政令指定都市のデータを使って、独自に少子化指標をつくると、地域間で2倍近い大きな格差が確認された。東京都区部や政令指定都市は、少子化が進んでいる。九州は少子化が相対的に進んでいない。親元を離れた地域に住んでいる若い夫婦は、潜在的な子育てコストが高くなるようだ。

目次

大きい地域格差

いよいよ政府が少子化問題に本腰を入れていきそうだ。もはや旧聞に属するが、「異次元の少子化対策」と呼んでいる「異次元」の部分には、岸田首相の意気込みを感じる。名前負けしないくらいに良いアイデアを出して欲しいものだ。

本稿では、少子化問題を考えるときに、地域間格差という視点でみてみたい。厚生労働省「人口動態統計」の2022年速報では、都道府県別の出生数と婚姻数が発表されている。少子化の代理指標として、独自の尺度「出生数÷婚姻数=出生割合」を作ってみた。1年間に結婚した人数と、1年間に生まれた人数を比べたものだ。全国平均は153.8%である。疑似的に、2人が結婚しているとき、1.54人の子供が生まれている関係になる。

興味深いのは、47都道府県+23特別区・政令指定都市のランキングを作ると、上位と下位で極めて大きな差があることがわかった。まずは、少子化の進む地域の方からみていきたい(図表1)。最も低いのは、東京都区部の104.8%である(2人の婚姻に対して1.05人の子供)。これが長く続くと人口は半分に減る。大阪市107.6%、東京都115.1%、京都市125.7%、川崎市125.9%と続く。東京都区部が突出して低いことがわかる。

図表1
図表1

政令指定都市は、総じて出生割合が低い。大都市では、少子化が進みやすいことがわかる。なぜ、大都市は少子化が進むかという理由は、いくつかの仮説が考えられる。第一に、大都市以外の地域から大都市に流入した若年人口が結婚することである。地元で暮らしていれば、両親が子育てを支援しやすい。反対に、大都市の核家族は、そうした支援が行われにくい。第1子を育てて経済的・肉体的に大変だった夫婦は、第2子・第3子を育てる自信をなくしていく。第二は、託児施設など保育環境がタイト化していて、共働きがしにくいこと。生活コストも高く、経済的余裕もなくなりやすい。第三の理由は、大都市で暮らすと結婚年齢が高くなり、より年長で出産年齢を迎える。経験的に、東京都心では出産年齢が高い人が多いと感じられる。平均初婚年齢(2021年)の妻のデータでは、東京都は29.7歳で全国で一番年長だった。様々な要因が複合して、大都市では少子化が進むことになる。

子供が多い九州

反対に、子供が多いのは九州である(図表2)。出生割合が高いのは、首位が長崎県の197.3%である。2人が結婚したとき、1.97人の子供ができる計算だ。次に、鳥取県196.8%、宮崎県196.5%と続く。九州8県では、長崎県、宮崎県、熊本県、佐賀県、鹿児島、沖縄県はベスト8に6県が入っている。大分県、福岡県は出生割合が少し低い。理由としては、九州には大家族が多いことが挙げられる。両親や兄弟が一緒に住んでいると、家族に子育てを助けてもらえる。第2子・第3子を育てやすい。

図表2
図表2

もう1つ挙げるとすれば、物価水準が安いことだ。生活コストの安さは、経済的負担を低くして、子育ての経済的な余力を作る。意外なのは、持家率や所得水準の高さはあまり強い関連が見られなかったことだ。

例外的に九州で出生割合が低いのは、福岡市である。全国では出生割合が7番目に低い。これは、九州各地から地元を離れて福岡市に集まる若い夫婦は、親元から遠く子育ての協力を得にくいということだろう。東京都区部は、他の大都市以上に親元を遠く離れた夫婦が多いので、その分、潜在的な子育てコストが高くなっているのだろう。

比較的出生割合が高い地域には、中国地方(鳥取県、島根県)と四国地方(徳島県、愛媛県)がある。西高東低の傾向とも言える。しかし、西高東低とは言っても、東北地方の中には出生割合が特に低いとは言えない県もある。山形県、秋田県、青森県、岩手県は決して低くない。しかし、北海道だけは、過去のデータでも、東京都区部と並んで、出生割合が低い。

北海道の謎

なぜ、北海道は出生割合が低いのか。2019年と2020年は、東京都区部よりも低く、全国1位の低さだ。その合理的な説明を探るのは難しい。

筆者の見解では、北海道は面積が広く、都市部の札幌市を含んでいるという事情を思い付く。札幌市の出生割合は128.7%と高い。しかし、札幌市以外の出生割合は154.1%とそれほど低くない。北海道内でも、親元を遠く離れて札幌市で住む人は、子育てで親の支援を受けにくい。その分、お金を支払って保育などに支出する。肉体的負担も大きい。すると、少子化は進む。

東北地方の場合も、宮城県だけが出生割合が151.0%と低い(仙台市は137.4%ともっと低い)。東北地方では、山形県、秋田県などから宮城県に移り住んで親元を離れた人が多いので、やはり子育ての経済的・肉体的負担が大きい。宮城県を含んだ東北地方全体の出生割合は低下する。

同じことが九州にも言える。8つの県のうち福岡県は、出生割合が164.1%と低い(福岡市は129.7%と一段と低い)。九州の他県から若者が集まってくる地域(福岡市)は出生割合を低くしている。北海道でも、札幌市に域内から若者が集まる分、札幌市の出生割合が低下する。北海道という区分(札幌市+札幌市以外の北海道)では、出生割合が低く見えるのだ。

もちろん、このロジックだけで北海道の出生割合の低さは説明し切れない部分はある。それでも、北海道の人口(520万人)のうち約4割が札幌市(200万人)に集中することの効果は大きい。東北・九州で、仙台市・福岡市に集まる割合よりも遙かに高いからだ。北海道は、親元を離れる夫婦が多い分、親族の協力が得にくくなる。潜在的な子育てコストが高いということだろう。

大都市の少子化

九州地方は、物価の安さが子供を増やすことにプラスに作用している。所得の高さではなく、物価の安さの方が子供を増やすには有利なのだ。

では、なぜ、平均所得の高さが、子供を増やすことにプラスにならないのだろうか。平均所得が高いのは、政令指定都市などだが、その政令指定都市は少子化が進んでいる。この現象をどう考えるべきなのか。地域別に高所得の地域ほど出生割合が低いことは、世帯属性を調べたとき、高所得世帯ほど子供が多いという傾向とも反する。

その理由は、潜在コストの高さにあると考えられる。特に、若い世代では、勤労に費やす時間を手放すことは「得べかりし利益の喪失(=逸失利益)」になりやすい。機会費用が大きいという考え方でもある。子供が増えると、特に母親は勤労時間を十分に増やすことが難しくなる。東京都区部では、所得水準が高く、男女とも初婚年齢が高い。

この議論は、少し複雑だ。所得が上がるほど、労働時間を減らすかどうかは、一概に決まってこない側面もあるからだ。時間当たりの給与がどんどん上がっていくと、家計は勤労時間よりも余暇時間(勤労以外の時間)をより大切にして増やす。賃金と労働時間の関係には、変曲点があるようだ。自分は十分に稼いでいると感じると、24時間のうち余暇時間を増やしたいという意識が強まる。しかし、若い世代は時間当たり給与が低く、余暇時間を重視するところまで収入が高くない。若い世代の報酬が、初任給引き上げなどで大幅に上昇すれば、もっと子育ての時間を増やしたいと思うだろう。

少子化対策を考え直す

少子化の原因として、経済的な負担が言われる。アンケートでは、そうした回答が集まりやすい。しかし、政府が給付金を多少上積みしても、その経済的負担は容易に解消しないだろう。現在の少子化対策は、給付金を増やせばそれが経済的負担を軽減し、いずれ子供を増えていくだろうというパラダイムが出来上がっている。「異次元の少子化対策」と言っても、実はそのパラダイムは従来の延長線上でしかない。

「異次元」というのならば、もっと経済的負担を劇的に変える必要がある。N分N乗方式は、経済的負担という意味では効果は大きい。さらに言えば、両親と同居するときは、扶養家族ではない両親を人数に含めた新N分N乗方式の方が効果的になるに違いない。

しかし、そうなると、大家族の税負担が軽くなり過ぎて、都市部の核家族の税負担が重くなるようにみえる。様々な問題点があるので、大家族を大幅に優遇することは難しいのではないか。大家族を優遇して、潜在的子育てコストを低下させる方法は、現実的には難しい「異次元の少子化対策」だと思える。政治的にも、給付金を配るという選択は採られやすいので、その政治的魅惑に打ち勝つような「異次元」の対策は難しい。

筆者は、核家族化が進んで、子育てに両親などが協力しにくくなり、潜在コストが大きくなっている状況を何とか改善しなくてはいけないと考える。

図表3
図表3

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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